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第94話: 終焉の目覚め

砂となって零れ落ちた光は、

もう二度と形を取り戻さなかった。


地面に触れたはずの欠片さえ、

気づけば輪郭を失い、

ただ灰のように風へ溶けていく。


誰も――

言葉を失っていた。


千年という時間が、

あまりにも静かに幕を閉じたからだ。


悠真の指先は、

何かを掴もうとしたまま、

行き場を失って止まっていた。


そこにはもう、

温もりも、重みも、

祈りの気配すら存在しない。


ただ、空白だけがあった。


胸の奥に広がるのは、

絶望よりもなお冷たい――

理解だった。


――届かなかった。


砦を包む沈黙は、

これまで味わったどんな敗北よりも重く、

深く、

逃げ場がなかった。


(……違う)


負けたのではない。


壊したのだ。

自分が。


進化させようと触れた、その瞬間。

千年守られてきた象徴は、

形を保てなくなった。


守れなかった、ではない。


――触れたから、終わった。


その事実が、

刃よりも鋭く、

遅れて心を切り裂く。


周囲の視線を、

感じていた。


責める視線ではない。

怒りでもない。


――それが、

何より残酷だった。


まだ、期待している。

まだ、信じている。


壊した張本人に向かって。


その沈黙こそが、

最も重い断罪だった。


「……お願いだ……もう、やめてくれ」


声にならない呟きが、

喉の奥で崩れる。


これ以上、

自分に未来を預けないでほしい。


もう――背負えない。


沈み込む思考は止まらない。


もし。

自分がここに来なければ。


進化の力など、

持っていなければ。


常闇の剣も、

生まれなかったのではないか。


守るはずだった未来を、

終わらせたのは――

自分ではないのか。


心の奥で、

かろうじて繋がっていた

最後の細い糸が――


音もなく、

完全に切れた。


――背後から、

誰かの嗚咽が小さく、

途切れ途切れに漏れてくる。


それは戦場で共に剣を振るった仲間のものだった。

今はただ震える息と混じり、

血と土の臭いが染みついた空気に溶けていく。


視線が刺さる。

責めているわけではない。


それなのに、

残った仲間たちの瞳はまだ、

かすかに光を宿していた。


「悠真さんなら……」


「まだ……」


そんな期待の残滓が、

沈黙の中で重く、

ねっとりと絡みつく。


誰も口を開かない。

開けない。

開いたら、

この最後の幻想が崩れてしまうから。


その静けさが、

刃よりも深く、

悠真の胸を抉った。


膝から力が抜ける。

それでも、

この空気に崩れ落ちることさえ許されていない気がした。


もう、

顔を上げる理由が分からない。

上げたら、

あの視線と真正面から向き合わなければならない。


世界が、

静かに遠ざかっていく。


音も。

色も。

温度も。


自分だけが

世界から切り離されていくように。


孤独。


そして今、

ついに底へ辿り着く。


未来も、可能性も、意味すらもない。


心が完全に沈みきった――その瞬間だった。


まるで呼応するように――

世界そのものが、鼓動を刻んだ。


ドクン。


遅れて響くのではない。

先に、現実そのものが歪む。


空が裂ける。

大地が軋む。

空間が悲鳴を上げる。


それは地震ではない。

爆発でもない。


――惑星そのものの鼓動。


見えない深淵が、

世界の裏側から

一斉にこちらを覗き込む。


呼吸が止まる。

鼓動が狂う。

魂が、本能だけで震え出す。


触れてはいけなかった領域。

終わったはずの太古の恐怖。


ずっと、

待っていたのだ。


この瞬間を。


遠く。

あまりにも遠い闇の中心で。


確かに、何かが――

目を開いた。


その瞬間。


世界中の誰もが、

同時に悟った。


理由などいらない。

説明も、証拠も。


遠い記憶の底。

触れたことのないはずの、

太古の残響。


進化の対極――完成、不変、永遠。


その中心にいる存在。


ゆっくりと、

闇が世界へ満ちていく。


――魔王が、復活したのだと。



……どれだけ時間が過ぎたのか。


千年か。

万年か。


――いや。

ここでは、時間そのものが死んでいた。


感覚は溶け、

思考すら霧散する。


ただ、

完全な「停止」だけが、そこにあった。


――そして。


閉じきっていた静寂の奥で、

“変化”が生まれた。


次の瞬間。


闇の最深部で、

ゆっくりと――

魔王が目を開いた。


音はない。

光もない。

それでも――世界は理解する。


主が、帰還したのだと。


足元で、長き眠りの残滓がほどけていく。

霧のように崩れ、

虚無へ沈んでいく封印の名残。


完全だった「停止」が、

いま、終わった。


その時。


闇の奥から、

三つの気配が現れ、深く跪いた。


「……目覚められましたか、我が王」


声は擦れている。

だが、抑えきれない歓喜が震えとなって溢れていた。


魔王は答えない。


ただ、立ち上がる。


――それだけで。


重力が、思い出す。

恐怖が、蘇る。

世界が、支配者の存在を再認識した。


そして。


意識が、自然に向かう。


遥か彼方。

距離という意味すら持たぬ遠方。


ただ一つの光。


封印の中で見続けていた記憶が、

鮮やかに浮上する。


あの黒い鎧。

崩れ落ちる肉体。

霧となって溶ける残骸。


『……見つけたぞ……』


未熟。

脆弱。

だが――


あの時と同じ「揺らぎ」を持つ者。



遥か太古。

まだ世界が未完成だった時代。


一人の人間がいた。


弱く、脆く、

取るに足らぬ存在。


……の、はずだった。


「なぜだ」


初めてだった。


理解できぬものに遭遇したのは。


滅ぼしても終わらない。

砕いても届かない。


理の外側で、

未来だけを選び続ける“不確定”の力。


いや、あれは力ではない。

奇跡でも、加護でもない。


終わりへ向かうはずの存在が、

なお先へ進もうとする――

世界の理に対する、静かな反逆。


だからこそ、忌むべきだった。

排除すべきだった。


「……愚かな」


だが結末は知っている。


あと一歩で届きかけた。

あと一度で終わるはずだった。


それでも。


――世界が、勇者を選んだ。



均衡が、揺らいだ。


完成へ閉じるはずだった永遠が、

その瞬間だけ、閉じきらなかった。


終焉は確定せず、

未来が残された。


たった一人の、

未完成の意志によって。


燃える空。

裂ける大地。

蒸発する海。


崩壊寸前の世界。


その中心で――


なお立つ、勇者。


「まだ立つか、人の子よ」


かつての自分の声。

今よりわずかに、熱を帯びている。


対する勇者は血に染まり、

呼吸すら砕けていた。


それでも、

剣だけは握り続けている。


「……終わらせない」


かすれた声。

それでも、確かに届く。


その瞬間――

完成していた闇が、初めて揺れた。


光は弱い。

未熟。

不完全。


だが――

今感じている、あの光と同じだった。


「貴様ごときで、世界は止められん」


「止める?」


勇者は、笑った。


「違う……」


剣が淡く輝く。


「未来は、止まらない」


たった一歩。


その一歩で、

世界の確定が大きく揺らいだ。


魔王の視界が、初めて乱れた。


「……何だ、それは」


力ではない。

魔でもない。


理そのものが、変質していく。


「それが……お前の能力か?」


勇者は答えない。

ただ、前へ出る。


次の瞬間――

魔王の目前に、

血に染まった“あの剣”の幻影が現れる。


己を敗北寸前まで追い詰めた、

あの一撃。

存在の核心へ届きかけた刃。


「我を……

 ここまで追い詰めたのは――」


記憶は、

そこで途切れる。



「ご命令を、我が王」


現在へ引き戻す声。


沈黙。


わずか一瞬。

だがそれは、

世界の未来を測る時間だった。


やがて――


魔王は告げる。


「――蹂躙せよ」


低く。


「戦線を広げよ。

 逃げ場を削れ。

 希望を根こそぎ断て」


怒りではない。

焦りでもない。


ただ、確定した未来を述べる声。


「未完のまま、無に還せ。」


視線が、ただ一つの光へ向く。


遥か遠く。

それでも明確に感じ取れる、あの光。


「あれが完全へ至る前に」


一拍。


「この世から抹消せよ」



闇が、世界へ満ち始める。


軍勢はすでに動いている。

常闇の剣は戦場を蹂躙している。


だが足りない。


核を絶たねばならない。


太古と同じ過ちは、

二度と繰り返さない。


未完成のまま、

芽のまま、

可能性のまま――


葬る。


そして。


魔王は、初めてそれを心の中で呼んだ。


――進化の権能。


闇が、静かに嗤う。


「今度こそ……終わらせる」


そして闇は、静かに、

世界の最後の“進化”を拒絶し始めた――

第94話、最後まで、ご覧いただき本当にありがとうございます。(^^)


リアクションd(^^) もたくさんいただいて嬉しいです! ありがとうございます!


次回は、

第95話『はじまりの場所へ』


「左右から来てるぞ!」


「退路が塞がれる!」


悠真は――


まだ座ったまま。


「悠真、立って」


「……もう、いいんだ、リィナ。どうせ勝てない」


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