第27話: 《烈光の壁》と《炎光のランタン》の力
悠真は丘の上から弓を構え、次なる矢をつがえていた。その矢は通常のものとは違い、白く淡い光を帯びている。
「浄化の矢……!」
低く呟くと、次の瞬間、矢が放たれた。
軌跡はまっすぐ健吾へ――。
「お、おい!?」
矢は彼の体に届く寸前で霧のように消え、代わりに白い光が健吾を包み込む。
眩い輝きが走り、彼の腕を覆っていた黒い毒痕が薄れていった。
「――毒が……消えた?」
健吾は驚愕しながら、自分の手を見つめる。先ほどまで黒ずんでいた指先が、元の色に戻っていた。
「助かった……のか?」
呆然とする彼の前で、悠真は弓を背に収めると、言葉もなく、ただ戦場へ駆け出していく。
「おい、何やってんだよ!」
一真の怒鳴り声を背に受けながら、悠真は前方へと踏み込み。
そして、迫りくる魔物の群れを前に、彼は毅然と立ちはだかった。
「後ろは任せろ。」
落ち着いた声で告げ、腰から盾を外すと、健吾に放った。
「健吾、これを使え!」
健吾が慌てて受け取った盾には、見たことのない文様が浮かび、光が宿っていた。
それは進化したアイテム、**「烈光の壁」だった。
《烈光の壁》
──灼熱の加護を宿した盾。
①物理攻撃を防ぐだけでなく、受けた衝撃を熱波として放出する。
②一定時間、防御力が大幅に上昇し、接触した敵に火傷を与える。
「な、なんだこれ……!」
健吾が驚きながらも盾を構えた瞬間、魔物たちの猛攻が襲いかかる。
だが――
ドンッ!
烈光の壁が激しく輝き、衝撃とともに魔物を弾き飛ばした。さらに、盾の表面から灼熱の熱が放たれ、接触した魔物たちが苦しみながら後退する。
「これは……!」
「反撃の熱波を放つ盾だ。防ぐだけじゃなく、敵を寄せつけない」
悠真が説明する間にも、次々と魔物が襲いかかってくる。
その声に、美咲が魔法陣を展開しようとした。
「それなら――!」
だが悠真が、小さなランタンを放った。
「美咲、こいつを使え」
「え?……これは?」
受け取ったランタンは、内側で赤い炎が揺らめいている。
「……魔道具?」
「炎光のランタンだ。お前の魔法と組み合わせろ!」
《炎光のランタン》
──炎の精霊の力を封じた魔道具。
①周囲の魔法エネルギーと共鳴し、特定の属性魔法を強化する。
②水魔法と組み合わせることで、超高温の蒸気爆発を引き起こす。
美咲は少し迷ったが、悠真の言葉を信じて魔法陣を展開する。
「行くわよ……!」
彼女が詠唱を紡ぐと、炎光のランタンが反応し、水の奔流に赤熱の輝きを纏わせた。
「え?....何よ...これ……!」
即座に魔法の方向を調整し、魔物たちの群れに向けて解き放つ。
「水華の奔流!」
ゴオオオオオッ!!
水と炎が絡み合い、灼熱の蒸気が爆発的に吹き荒れる。
轟音とともに、前線の魔物たちがまとめて吹き飛んだ。
「凄い.....!」
「あ、あいつらが……消えていく……!」
健吾が驚愕する。ランタンの力が加わったことで、美咲の魔法は通常の何倍もの威力を発揮し、魔族の軍勢を一掃していた。
「水魔法に炎の加護を重ねた。蒸気爆発の魔法だ」
悠真の言葉に、美咲は信じられないように息をのむ。
「やるじゃないか……!」
健吾が思わず声を上げる。
一真はその光景を見つめながら、顔をしかめた。
「……本当に、こいつがやってるのか?」
納得できないような表情で呟いたそのとき――
魔族の幹部が最後の力を振り絞り、一真に剣を振り下ろす。
「ッ……!」
迎え撃とうとするが、その前に、悠真の矢が走った。
鋭い音を立て、幹部の腕を貫く。
「ぐあああッ……!」
男が叫び声を上げると、一真はその隙を逃さず、渾身の一撃を叩き込んだ。
「……チッ、余計なことを」
一真は不満げに舌打ちする。
だがその背後から、穏やかな声が届いた。
「助かったぜ、悠真」
「……ありがとう」
健吾と美咲の声が重なった。
その声には、明らかに悠真への感謝が込められていた。
一真はわずかに視線を逸らし、何かを言いかけて口をつぐむ。
戦いは終わった。
ーーそれでもなお、彼の中にはまだ納得できない思いがくすぶっていた。訝しげな視線を向ける一真に、悠真はただ静かに弓を収めるだけだった。
♢エルバーナでの一触即発
戦いを終えた悠真たちは、傷ついた体を引きずりながら、エルバーナの宿屋へ戻ってきた。
部屋に入るなり、一真がベッドに腰を下ろし、肩を回してから悠真を見やった。
「……ふん、運が良かっただけだな」
「運?」
悠真が問い返すと、一真は鼻で笑った。
「助けたとか勘違いすんなよ。たまたま魔物の動きが鈍っただけだろ」
「……」
予想していた反応だったが、あからさまに見下されると苛立ちを覚える。
悠真は言葉を飲み込み、無言で視線を落とした。
「そもそもさ、お前の“進化”ってやつ? どこまで役に立つのか知らねぇが、そんなもんに頼って戦う時点で終わってるだろ。俺たちは“本物”の剣と魔法で戦ってんだぜ」
一真は悠真の武器にちらりと目をやり、侮蔑するように口元を歪めた。
「ま、お前みたいなやつが勘違いするのは勝手だけどな」
悠真の拳が静かに握られる。
(……こいつ、何があっても俺の力を認めないつもりか)
とはいえ、ここで言い争っても意味はない。悠真は小さく息を吐き、怒りを押し殺した。
そんな中、健吾が気まずそうに口を開く。
「でもさ悠真、お前……いつの間にあんな戦い方、できるようになったんだよ?」
「……」
「ほら、前はさ、どっちかといえば戦うタイプの加護じゃなかっただろ? それが急にあんな風にバッチリ戦ってるんだからよ」
健吾は素直に驚いているようだったが、一真の顔色をうかがうように、それ以上は踏み込まなかった。
その横で、美咲が興味深そうに悠真を見つめていた。
「ねえ、あのランタン、一体どうやって作ったの?」
「あれか?」
炎光のランタンに手を伸ばす。
「普通の魔道具とはちょっと違うみたいだけど....あんなの見たことないわ」
「偶然だよ」
悠真は肩をすくめて答えた。
「手に入れる機会があったから、ちょっと試しただけさ」
「ふぅん……」
美咲は何か考えるように沈黙した。
場の空気が、一瞬だけ静まり返る。
「しかし……」
健吾が酒を一口あおり、ぽつりと呟いた。
「こうして話すの、初めてみたいなもんだよな」
「そうかもな」
悠真は眉をひそめながら答える。
それは事実だった。
召喚され日、彼らと交わした言葉はほんのわずか。
王城の広間で神託を受けた彼らは、すぐに王の側近と行動を共にし、悠真にはほとんど目も向けなかった。
そして悠真もまた、冷ややかな視線と重い沈黙に追い立てられるかのように、城を後にしている。
それ以来、彼らとは一度も交わることはなかった。
「お前、あの日、すぐにいなくなっちまったよな?」
健吾が思い出すように言った。
「だから俺たち、ほとんどお前のこと知らねぇんだよ」
悠真は杯を回しながら、小さく息を吐いた。
「知る必要もなかったんだろ?」
「まあ、そりゃそうかもしれねぇけどよ」
健吾は苦笑しながら肩をすくめた。
「でもさ、こうしてみると、なんか変な感じがするんだ。元々は、俺たち……一応、同じ境遇だったわけだし」
「境遇だけはな」
一真が不機嫌そうに口を挟んだ。
「こいつは結局、俺たちとは違う道を選んだ。それだけのことだ」
悠真はそれ以上何も言わなかった。
しばし沈黙が流れ、美咲が小さく息をつく。
「……でも、こうして再会できたのは良いことだと思うの」
「俺もそう思うよ」
悠真は短く答え、杯を口に運ぶ。
「……それにしても」
ふと、口をついて出た言葉に、自分でも驚いた。
「何?」
美咲が興味を引かれたように顔を上げる。
悠真は少し考えてから、言葉を続けた。
「俺の作ったアイテム……正直....お前たちが使うことで、あれほどの力を発揮するとは思ってなかったんだ」
「へえ?」
美咲が少し笑う。
「つまり、自分の力に驚いたってわけ?」
「違う、そうじゃない。性能は充分把握してたし、試してもいた。でも、それを扱う人間の力量で、ここまで力が引き出されるとは思ってなかった。」
「ははっ、それは俺たちが優秀だからだな」
一真が鼻で笑う。
「…まあ、認めるけど」
悠真は小さく笑みを浮かべて応えた。
「それにしてもさ……」
健吾が腕を組み、感心したように目を細めて言った。
「確かに、お前の作ったあの盾やランタン、今までにないくらい扱いやすく、力強かった。でも、どうやったんだ?そんな技術、いつどこで身につけたんだ? それがお前の本当の能力ってことか?」
「さあね」
悠真は曖昧に答え、杯を揺らす。
その横で、美咲がじっと彼を見つめていた。
「……本当に、ただの道具屋だったの?」
悠真は口の端をわずかに上げる。
「道具屋は道具屋さ」
美咲はしばらく視線を外さずにいたが、やがて小さく息を吐いた。
その時だったーー
宿屋の扉が勢いよく開かれ、慌てた様子の男が駆け込んできた。
「おい、大変だ! 黒炎の城の方角から、新たな魔族の動きが報告された!」
「……なんだと?」
一真が顔を上げる。
「この前の残党か?」
「違う! 今回は、もっと強力な個体が混ざってるらしい!」
部屋の空気が一変する。
「強力な個体、ねえ……」
一真は不敵に笑ったが、さすがに警戒しているのがわかった。
「そいつらがこっちに来る可能性は?」
「それはまだわからない。ただ、エルバーナがさらに危険になったのは確かだ、警戒してくれ!」
男はそう言い残し、慌ただしく去っていく。
悠真は無意識に炎光のランタンを握りしめた。
(黒炎の城、まだ何かあるな)
一真、美咲、健吾ーーそれぞれ思案するように黙り込んだ。
エルバーナの夜が、静かに、不穏な気配を帯びていく。
第27話、最後まで、ご覧いただき大感謝。嬉しいです。ありがとうございます。
次回、第28話『魔族の追撃と進化の真価』も
是非【応援よろしくお願いします。】
ブクマ、評価、お願いします。
いろいろなご意見、お待ちしています。感想もm(_ _)mです。




