第110話:城門圧砕、混迷の檻
古竜の咆哮が、大気と次元を、
そして眼前の漆黒を真っ向から撃ち抜いた。
絶対不可侵と思われた障壁に巨大な亀裂が走り、内側から噴き出した魔力の奔流が地吹雪を白く吹き飛ばす。
「往けッ! 其方の光で、王の喉元を食い破れ!」
古竜の鼓舞を背に、
悠真が爆発的な踏み込みで地を蹴った。
咆哮によって穿たれた「風穴」は、
城の防衛機能によって猛烈な速度で修復を始めている。
肉壁のように閉じようとするその渦中へ、悠真は懐から『黒い結晶』を叩きつけた。
「……楔となれ!
道を繋ぎ止めるんだ!」
叩き込まれた結晶が風穴の中心で猛烈な共鳴を起こした。
障壁の修復が内側から食い止められ、剥き出しの回廊がその姿を固定する。
バキィッ!
と空間が悲鳴を上げた。
黒い霧が晴れた先には、
冷徹な石造りの回廊と、
整然と並ぶ無機質な「近衛兵」たちが待ち構えていた。
「開いた……!
一気に駆け抜けるにゃ!」
リィナが叫ぶや否や、
悠真たちが最前線へと雪崩れ込んだ。
直後、王国軍の指揮官が抜身の剣を天に掲げた。
「全軍、突撃! 魔の根城を灰にせよ!!」
鉄の奔流が、
魔王城の静寂を一気に蹂躙した。
地中から湧き出すような近衛兵の軍勢に対し、先頭を切る悠真、一真、健吾の三人が暴力的な突破力で道を切り拓く。
「……秩序の敵を排除せよ。
王の静域に踏み込む愚者に、永遠の静止を」
感情の欠落した、
氷のように冷たい宣告。
王国軍の怒号と、
近衛兵の冷徹な斬撃が正面から激突した。
さらに、障壁の裂け目を潜り抜けてきた数体の竜が、狂乱の咆哮とともにブレスを吐き散らし、回廊は一瞬で敵味方が入り乱れる極限の混戦へと叩き落とされた。
「……ここからだ! 健吾、リィナ!」
悠真の指示を待つまでもなく、
残りの五人はそれぞれの武器を構え、
混沌の真っ只中へと飛び込んだ。
健吾が《氷界の重力盾》を最前線に突き立て、殺到する近衛兵の包囲を重力波で無理やりこじ開ける。
「どけぇッ!
ここから先は、俺たちの道だ!!」
重力で膝を突いた敵の頭上を、
リィナの矢が紫電となって駆け抜け、一列をなぎ払った。
「背後は任せたよ!」
「わかってるわ。……凍てつく氷華よ、この閉ざされた城に降り注げ!」
セレスの杖から放たれた氷弾が回廊の天井を正確に削り、崩落した巨大な石材が後続の魔王軍を遮断する。
美咲の魔力が空間を潤し、
王国軍の負傷を癒やすとともに、
魔物たちの動きを深海のように重く沈めていく。
石造りの回廊は、またたく間に鉄と血の匂いに支配された。
王国軍の兵士たちが叫びとともに近衛兵の盾を叩き、竜のブレスが石柱を赤く加熱する。
「勇者殿!
ここは我らがお引き受けします。奥へッ!」
騎士団長が、迫りくる近衛兵の刺突を盾で弾き飛ばしながら叫ぶ。
その言葉に応えるように、
一真の《嵐焔の龍剣》が空を裂き、
十数体の近衛兵を炎の旋風で吹き飛ばした。
混戦の中、
背後の王国軍が文字通り「壁」となり、
次々と湧き出す魔物の群れを押し止める。
兵士たちの命を賭した献身によって、
魔王城の奥へと続く細い道が、
強引にこじ開けられていた。
「……すまない。一気に抜けるぞ!」
悠真たちは軍に背後を託し、
迷うことなく城の深部へと駆け出した。
しばらくの間、背後からは軍勢の怒号と鋼のぶつかり合う音が響いていた。
だが、幾つかの角を曲がり、
巨大な吹き抜けの渡り廊下を越えたあたりで、世界の「質感」が劇的に変化した。
松明の火は灯っているのに、
なぜか周囲は墨を流したように暗い。
あんなに騒がしかった戦場の喧騒が、
まるで厚い真綿で耳を塞がれたかのように、
急速に遠のいていく。
「……消えた?」
健吾が振り返る。
そこには、今しがた自分たちが走り抜けてきたはずの通路はなく、ただ底の見えない闇が口を開けていた。
魔王城そのものが侵入者を拒絶し、
一行を「迷宮の深奥」へと誘い込んだのだ。
完全な、そして冒涜的なまでの静寂が一行を包み込む。
「……何、これ。空間が、溶けてるにゃ……!?」
リィナが足を止めた瞬間、
足元の石床が「泥」のように形を失った。
影だ。光源のない場所から、
意志を持つ漆黒の粘液が溢れ出し、
六人の視界を一気に塗りつぶしていく。
「おっと……ここから先は、私だけの『檻』なの。勝手に通り過ぎようだなんて、随分と冷たいんじゃない?」
ねっとりとした、
鼓膜を這いずるような声が響く。
影の渦の中から現れたのは、
かつての妖艶さを失い、
憎悪の化身へと成り果てたリシュヴァだった。
王都で逃げ延びた彼女の右半身は、今やどす黒い闇の触手が幾重にも絡みつき、心臓の鼓動に合わせて不気味に脈打っていた。
「リシュヴァ……! その継ぎ接ぎの闇が、お前の新しい『命』か!」
悠真が剣を構えて吠える。
リシュヴァは嘲笑うように、
影の触手で、
自身の崩れかけた右の顔をなぞった。
「命? いいえ、これは『最適化』よ。
……いいわ、王都での敗北は認めてあげる。
でも、ここは私の庭、魔王様に頂いた魔力が満ちる至聖所。
あんな『寄せ集めの連携』が、
二度も通用すると思っているの?」
彼女が指先を鳴らすと、
回廊の壁が砂のように崩れ落ち、
天井の見えない巨大な円形広間が姿を現した。
【血の晩餐閣】——彼女の影が染み込んだ、忌まわしい空間。
「ふふ、驚いた? この広間そのものが、私の影の一部。ここでは、重力も、距離も、あなたの《進化》さえも、私の匙加減一つでどうにでもなるのよ」
彼女が片手を掲げた瞬間、
広間の床一面が「無」の闇へと書き換えられた。
健吾が踏みしめた足元が突如として実体を失い、彼は呻き声を上げて膝を突く。
「なっ、底がねえ……! 踏ん張りが効かねえぞ!」
「そう……そこはもう、あなたの知る『地面』じゃない。沈めば最後、二度と戻れない影の標本室。……ねえ、美咲。あなたの誇るその聖なる力、この底なしの絶望でどれだけ濁るかしら?」
リシュヴァの影が、
前回の戦いとは比較にならない密度で、
鋭い「拘束具」へと形を変える。
彼女の動きには、
狂気じみた執念が感じられた。
王都での雪辱を果たすためだけに、
この瞬間を待ち続け、城内の魔力を吸い尽くして完璧な罠を完成させていたのだろう。
全方位から、美咲とセレスを狙い定めて漆黒の針が撃ち出された。
退路を断たれ、
足場を奪われた六人は、
底なしの絶望の檻の中で、
リシュヴァの狂った笑い声に包まれた。
第110話、最後まで、ご覧いただき本当にありがとうございます。(^^)
リアクションd(^^) もたくさんいただいて嬉しいです! ありがとうございます!
次回は、
第111話『影の多重、絶望の味』
「透き通った水、純粋な魔力……反吐が出るほどに清らかだこと。だからこそ——泥に塗れて、絶望に濁っていく様を、私の手で完成させてあげたいの」
影の触手が、蛇のようにうねりながら美咲を執拗に追い詰める。
美咲は荒い息をつきながら、背後に迫る「影の沼」を横目で捉えた。
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