第108話:祝宴と、戦士たちの休息
魔将グローデンが塵に還り、
リシュヴァが敗走してから三日。
王都は、
かつてない熱狂に包まれていた。
「勇者様万歳!」
「救世主たちに栄光をッ!」
大通りを埋め尽くす民衆からの花吹雪が、雪のように五人の頭上に降り注ぐ。
ボロボロの防具、煤けた顔。
しかし、その足取りは力強い。
王城へと続く道は、絶望を打ち破った英雄たちを称える歓喜の渦と化していた。
「……柄じゃねえなあ、こういうの」
健吾が照れ隠しに頭を掻きながら、
それでも差し出された子供たちの手に応えてハイタッチを交わす。
「いいじゃない! 今日くらいは、
お姫様気分で胸を張るにゃ!」
リィナは尻尾をご機嫌に揺らし、
沿道の声援に満面の笑みで手を振り返している。
国王による最上級の「もてなし」は、
その夜、王城の大広間で最高潮に達した。
「……肉。肉にゃ!
本物の、焼きたての肉にゃぁぁ!」
目の前に運ばれてきた、
香ばしいタレの滴る巨大な猪のロースト。
リィナの瞳が、
獲物を狙う野生の輝きを取り戻す。
「ちょっとリィナ、はしたないわよ……と言いたいけれど。
この香り、抗いようがないわね」
普段は冷静なセレスも、
銀のフォークを握る手に力がこもっている。
美咲もまた、
温かいスープの湯気に目を細め、
ようやく戦場から帰ってきたのだという実感を噛みしめていた。
一方、健吾はといえば、
すでに自分たちの席を離れていた。
「おい、そっちの肉もこっちへ回せ!
団長さん、あんたの剣筋、
次はもっと重くなるぜ!」
「ははは! 勇者殿にそう言っていただけるとは光栄ですな! 今日は壊れるまで飲みましょうぞ、王の奢りだ!」
最前線で死線を共にした兵士たちに囲まれ、
健吾は豪快にジョッキを煽る。
挙句の果てには、
「よーし、俺の盾をテーブルにして……」
と、《氷界の重力盾》を床に水平に固定しようとして、
「健吾ッ!
神聖な武具を何だと思ってるのよ!
罰当たりなことしてると、
重力で自分が潰れるわよ!」
セレスの鋭いツッコミが飛び、
広場は爆笑に包まれた。
宴も中盤、女性陣は一足先に「最高のご褒美」へと向かった。
王都が誇る大浴場。
そして、営業を再開したばかりの高級スイーツショップのハシゴである。
「はぁぁ……溶ける……。
頭の芯まで溶けちゃうにゃ……」
リィナが湯船の縁に頭を預け、
猫耳をだらんと垂らす。
戦いの汚れを落とし、
冷え切った身体を解きほぐす至福の時間。
「悠真の進化、
本当に凄かったわね」
美咲が髪をかき上げながら、
湯気に煙る天井を見上げた。
「ええ。私たちの武器が重なり合った時……あんな、理そのものを書き換えるような力が生まれるなんて。正直、鳥肌が立ったわ」
セレスが白い肌に湯をすくいながら同意する。
彼女たちの話題は、
自然と自分たちを救い、
導いた青年の成長へと向かっていた。
「あいつの《複能》は、ただの合体じゃなかったにゃ……。
私たちの想いまで繋がっていくような、不思議な感覚だった。
だから、あんなに温かくて……強烈な一撃になったんだと思う」
三人はしばし沈黙した。
それぞれの武器に宿った新しい手応え。
それは、悠真が自分たちを信じ、
自分たちもまた悠真にすべてを託した証だった。
風呂上がり、彼女たちを待っていたのは特注の「勇者パフェ」だった。
「美咲、見て! この『王都一高いパフェ』、
フルーツが宝石みたいにキラキラしてるにゃ……!」
「本当……。戦いのあとの甘いものって、
どうしてこんなに身体に染みるのかしら」
美咲も普段の冷静さをどこかへ置き去りにして、頬を緩めながら言った。
「……これよ。
これのために生きてた気がするわ」
美咲がクリームたっぷりのイチゴを口に運び、幸せのあまり目を細める。
「セレス、それ一口ちょうだいにゃ!」
「ダメよ、
これは私の『崩落』パフェなんだから!」
キャッキャと騒ぐ彼女たちの姿は、
血に塗れた戦場のそれとは思えない、
ただの年相応の少女だった。
同時刻、男湯。
「……あいつ、化けやがったな」
健吾が首まで湯に浸かりながら、
天井を見上げて言った。
隣には、
静かに目を閉じて湯気を浴びる一真がいる。
「……ああ。認めざるを得ない。
加護の力を、まさか次の段階まで覚醒させるとは。
あいつは、俺たちの想像を超えた領域に行こうとしてる」
一真の言葉には、
かつての焦りや嫉妬はない。
ただ、ライバルとして、
そして背中を預ける仲間としての、
晴れやかな覚悟が宿っていた。
「だよな。俺たちの力を全部飲み込んで、一番いい形で撃ち出す。
……ありゃあ、四大魔将でも予想外だったんじゃねえか?」
「……だろうな。だが、今度はその力を俺たちが繋げていかなきゃならない」
二人は、窓の向こうに広がる暗い北の空を見つめた。
そこには、魔将を失ってもなお、圧倒的な絶望として君臨するバルザークが、そして魔王がいる。
二人の心には、これまで喧騒の中で燃やしてきた闘志とは別の、静かな覚悟が灯っていた。
宴の喧騒がようやく収まり、
王都が深い眠りについた頃。
宿泊先のテラスには、
夜風に吹かれる悠真の姿があった。
「……重なり、か」
独りごちて、ポケットからあの『黒い結晶』を取り出す。
グローデンの残滓であり、魔王城の結界と同質の波長を放つ忌まわしい石。
掌に乗せると、
刺すような冷たさが神経を逆撫でする。
悠真は自身の内に眠る《進化の複能》を意識の深層で探った。
これまでの進化は、
素材という「物」の合成だった。
だが、あの極限状態で起きたのは、
仲間の「想い」や「願い」という不確定な要素を、魔力という糸で編み上げる未知のプロセス。
それはもはや「武器を強くする」という次元を超えていた。
仲間たちの「生きたい」という願いそのものを紡ぎ合わせる……根源的な何か。
俺はそこまで辿り着かなければ、
バルザークの『完成』には絶対に届かないんだ。
(もし、バルザークの『完成』が固定された絶対的な強さだとしたら……俺たちの進化は、可能性が重なり続ける『未完成』ゆえの強さなのか?)
答えの出ない自問自答。
バルザークという巨大な壁を思い出し、
悠真の眉間にわずかな陰が差す。
自分たちが強くなればなるほど、
敵の底知れなさが浮き彫りになるような、得体の知れない不安。
「……夜更かしは体に悪いぜ、進化の勇者さん」
不意に背後から声をかけられ、
悠真は肩を揺らした。
振り返ると、そこには寝間着姿の上に上着を羽織った一真が立っていた。手には二つのマグカップを持っている。
「一真か。驚かすなよ」
「悪かったな。ほら、冷める前に飲めよ。
……こっちの世界の茶は、少し苦いが目が覚める」
一真から差し出されたカップを受け取ると、ハーブの香りが鼻をくすぐった。
二人は並んで手すりに寄りかかり、
遠く北の空を見上げる。
「ありがとうな......それに、さっきの連携……悪くなかったな」
一真が、ボソリと呟いた。
これまでの彼なら、
絶対に口にしなかった言葉。
悠真は少し驚き、
それから意地悪く笑った。
「珍しいな。一真がそんな素直なこと言うなんて」
「……うるせえ。
だがな……次はもっとしっかり俺の動きについてこい。
俺はお前の斜め前を走り続ける。
……止まるんじゃねえぞ」
「ああ、分かってるよ。
お前が止まったら、
俺が後ろから蹴り飛ばしてやるよ」
二人は顔を見合わせ、
どちらからともなく小さく吹き出した。
そこには、背中を預け合う「相棒」としての熱い絆が灯っていた。
「悠真」
「ん?」
「俺は、いままでお前を認めてなかった。
いや、認めたくなかったんだ……でも、違った」
一真はカップを見つめたまま、
静かな声で続けた。
「お前は俺たちの好き勝手を、なんだか一つにまとめちまって
……世界で唯一の『可能性』に変えてるんだよ。
……魔王を倒せる奴がいるとしたら、
それは俺でも健吾でもねえ。お前なんだろうな」
「……一真……」
「だから、迷うなよ。
お前が繋いだ背中には、俺たちがついてる。
……絶対、誰も死なせない。全員で、元の世界に帰るんだ」
一真の手が、
悠真の肩を強く叩いた。
その熱が、
掌の黒い結晶の冷たさを溶かしていく。
悠真の胸の内にあった不安は、
いつの間にか消え去っていた。
一人ではない。自分には、共に理を書き換える仲間がいる。
「ああ。……帰ろう。全員で」
悠真は力強く頷き、空いた手で《運命の羅針盤》を握りしめた。
その先に待つのは、竜王をも屠り、それでもなお不敵に微笑む魔王だ。
夜が更け、王都の平穏な夜が静かに過ぎていく。
二人は長いこと言葉を交わさず、
ただ北の空を見つめ続けた。
やがて東の空が白み始め——
翌朝。
王都の北門に、
旅装を整えた六人の姿があった。
民衆の声援を受けながら、
彼らは一度も振り返ることなく、
凍てつく北の地へと歩み出す。
「準備はいいか?」
悠真の問いに、五人がそれぞれの最強武装を握りしめ、不敵な笑みで答えた。
彼らの視線の先、遥か彼方の空が、
禍々しい紫黒色の雷鳴に打たれている。
そこは、命が凍り、
理が死に絶える絶望の最果て。
そして、悠真の《進化》が、
魔王の「完成」と激突する運命の場所。
「全軍!魔王城へ侵攻開始!」
いよいよ幕を開ける、
最終決戦のプロローグ。
悠真たちはまだ知らない。
魔王城の最奥で、
バルザークが手にする『真の暗黒』が、
これまでの戦いをすべて児戯に変えるほどのものであることを――。
【第10章 魔王城編 開幕】
第108話、最後まで、ご覧いただき本当にありがとうございます。(^^)
リアクションd(^^) もたくさんいただいて嬉しいです! ありがとうございます!
次回は、
第109話『極北の慟哭、最果ての魔王城』
剣を振るう一真が散らした火花も、
リィナが何かを叫ぼうとした表情も、
すべてがガラス細工のように固定されている。
動いているのは、悠真一人だけだ。
(……何だ、これは?)
静寂。
心臓の鼓動だけが、
異常なほど大きく耳元で鳴り響く。
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