第107話:王都の残響、絡み合う凱歌
「……嘘。嘘よッ!!」
リシュヴァの絶叫が、
硝煙の漂う戦場に響き渡った。
絶対的な「剛」を誇ったグローデンが、
跡形もなく消滅した。
四大魔将という絶対的な強者の矜持が、
目の前の「寄せ集め」によって完膚なきまでに叩き潰されたのだ。
「次は、あなたの番よ!」
セレスの《星海の天杖》が放つ重力場が、
逃げ道を塞ぐようにリシュヴァを包囲する。
美咲の《蒼海の真杖》が放つ蒼い波動が、リシュヴァの影の領域を次々と侵食し、「ただの水」へと上書きしていく。
支配領域を奪われ、漆黒のドレスをボロボロに濡らしたリシュヴァに、かつての妖艶な余裕は微塵もなかった。
「ありえない……私が……こんなガラクタのような、継ぎ接ぎの寄せ集めに……!」
死の恐怖が、
好奇心も享楽も焼き尽くした。
残った理性は、ただ一つの感情だけを叫ぶ。
「嫌……まだ、遊び足りない……!」
リィナの雷矢が放たれ、
一真の龍剣が熱風を巻き起こす。
逃げ場を、隠れ場所を、
そして魔力の供給源さえも奪われ、
リシュヴァは初めて「死」という冷たい爪が喉元にかけられたことを悟った。
絶体絶命の瞬間、
彼女は血反吐を吐きながら、
最後の二頭の巨蛇を自ら引き裂いた。
「おのれ……悠真……!
この屈辱、魔王城で……必ず、味わわせてやる……!」
凄まじい闇の爆風が吹き荒れる。
悠真が手を伸ばすが、指先が触れた刹那――リシュヴァは自らの半身を生贄に、空間ごと禁忌の転移を強行した。
影の霧が晴れた時、
そこに残っていたのは焦げた土と、
薄れゆく魔力の残滓だけだった。
「……逃げたか」
悠真が呟き、視線を周囲に巡らせる。
主を失い、
剛の魔将の消滅を目撃した魔王軍は、
目に見えて崩れ始めていた。
「全軍、今こそ反撃だッ!
勇者殿に続け、一匹たりとも逃がすな!!」
王都騎士団長の咆哮が響き、
城門から人間たちが雪崩れ込む。
健吾が《氷界の重力盾》を構えて突っ込み、魔物たちを地面に叩きつける。
そこへ王国軍の騎馬隊が殺到し、
這いつくばった敵を蹴散らしていく。
空へ逃げようとしたガーゴイルの群れを、リィナの『大気放電の鎖』が絡め取り、落ちてきたところをセレスの『天体崩落』が地面ごと押し潰す。
一真の龍剣が熱風で焼き払い、
悠真の雷穿が逃げ遅れた中位魔族を蒸発させていく。
もはやそれは、戦いというより必然だった。
圧倒的な力の差が、ただ淡々と敵を消し去っていく。
「勝てる……本当に、勝てるんだ……!」
一人の兵士の震える声が、
やがて王都全体を揺らす歓声へと変わる。
数刻前まで絶望に沈んでいた王都は、
今、巨大な鉄槌となって魔王軍を叩き潰していた。
戦場に、本当の静寂が訪れる。
「……終わった、のか?」
健吾が盾を地面に置き、
荒い息を吐きながら呟いた。
王都を覆っていた分厚い暗雲が、
嘘のように割れていく。
その隙間から、
黄金色の陽光が戦場に降り注いだ。
「やったな、悠真」
不意に声をかけられ、
悠真が振り向く。
一真が、煤けながらも晴れやかな顔で歩み寄ってきた。
これまで、悠真を「補助役」としか見てこなかった男が、ぎこちなく右手を高く差し出している。
「……認めざるを得ないな。
お前が背中を繋いでくれなきゃ、
あの力には届かなかった」
照れ隠しのように目を逸らしつつ、
けれど真っ直ぐな言葉。
悠真は一瞬目を見開き、
それから小さく笑って、
その手を強く叩き返す。
――パチンッ!
「ああ。……最高のチームだ」
悠真の言葉に、
一真の口元がわずかに緩む。
初めての、
確かな信頼を込めたハイタッチ。
その瞬間、王都中から地鳴りのような歓声が沸き上がった。
生き残った兵士たち、
避難していた民たちが、
涙を流しながら勝利を叫ぶ。
「悠真ーっ!」
リィナが真っ先に飛びついてきて、
悠真の首に腕を回した。
「やったー!
やったやったやったぁ!
すごいよー。本当に!」
「わ、ちょっとリィナ――」
そこへ健吾が豪快に笑いながら肩を掴み、
「おおおっ!
悠真、お前マジで神だぞ!
完璧にハマったな!」
セレスが腕を組みながら近づき、
「まあ……理屈の上では及第点だったわ。
悪くはなかったんじゃない?」
とウインク、口元を緩めている。
美咲は少し離れたところから微笑みながら、でもちゃんと手を伸ばして悠真の袖を握ってきた。
一真でさえ、
照れくさそうに頭を掻きながら
「…ったく、調子に乗るなよ」
と呟きつつ、軽く背中を叩く。
悠真は四方八方から押し寄せる仲間たちに囲まれ、文字通り揉みくちゃにされた。
笑い声と野次と歓声が混じり合い、
死線を越えたばかりの体はまだ痛むのに、
なぜかその痛みさえ心地よかった。
「はは……ちょっと、
みんな重いって……」
口では文句を言いながら、
悠真の胸の奥は熱かった。
これが、勝ったということ。
これが、みんなで生き延びたということ。
ようやく解放された隙に、
悠真はふと視線を落とした。
グローデンが消えた跡地に、
どす黒く光る「黒い結晶」が落ちていた。
「グローデンの魔核じゃない……これ、何かに共鳴してる?」
リィナが顔を顰める。
悠真がそれを握りしめると、
指先から「最果て」の情景が流れ込んできた。
天を衝く黒い城、
世界を分断する漆黒の障壁。
その忌まわしい魔力の波長は、
結晶と完全に一致していた。
「……バルザークだ」
行ったことはない。
だが、
この石を通じて伝わる傲慢な魔力が、
正体を雄弁に語っていた。
「これがあれば、あの城へ入れる。
……バルザークが、
飼い犬にだけ与えた『門』の鍵だ。
……『ここまで来い』と、嘲笑ってるみたいだな」
悠真は低く垂れ込める北の空を見据える。
そこには、静かに待ち構えるバルザークが座している。
「行こう。……次は、俺たちの番だ」
(その日の夜、王都の自室にて)
「……武器と武器を重ねる。
それは、ただの前座だった」
悠真は、自身の内に宿る《進化の複能》を見つめ直していた。
かつて洞窟の壁画で見た、
あの歪な幾何学模様。
今の自分なら、
その意味が少しだけわかる気がした。
それは「足し算」でも「掛け合わせ」でもない。
「重なり」だった。
これまでの自分は、強い素材を足して、
より鋭い刃、より硬い盾を作ることに終始していた。
だが、
今日の戦いで起きたことは違った。
健吾の「一歩も退かない」という泥臭い執念。
リィナの祈り、セレスの探求、美咲の渇望。
そして、あの少年から託された「生きて帰れ」という願い。
それらが、俺の《進化の複能》という触媒を通じて重なり合った瞬間——
これまで見たこともない“理”が、静かに、しかし確かに書き換わった。
(壁画に描かれていたのは、これだったのか……)
目を閉じると、あの不可解な幾何学模様が浮かび上がる。
ならば、その先にある「最終覚醒」とは――?
「悠真? まーた、
こんなところで根を詰めてるにゃ」
振り返ると、リィナが串焼きを片手に呆れたように立っている。
その背後からは、
健吾のバカでかい笑い声と、
「この筋肉と同じね。声が大きすぎるわ!」
と毒づくセレスの鋭いツッコミが聞こえてくる。
「……ああ。ちょっと、
これからのことを考えてただけだよ」
「あー、ダメダメ! 戦いはおしまい。
今は祝宴の時間だよ。
ほら、一真も美咲も、王都で一番高いパフェの店が開くのを今か今かと待ってるんだから!
健吾なんて勢いで全員分奢るって言っちゃって、今さら財布の中身見て青ざめてるにゃー」
リィナに強引に腕を引かれ、
悠真は苦笑しながら立ち上がる。
ポケットの中の黒い結晶は氷のように冷たかったが、引かれる手の温かさは、それを打ち消すほど心地よかった。
王都の夜を彩る松明の灯りと、
復興を誓う人々の熱気。
死線を越えた六人を待っていたのは、
最高級の宿と、温かい食事、
そして——戦いの汚れを洗い流す、
最高の安らぎだった。
「そうだな……まずは、
翼を休めるとするか」
今はただ、仲間たちと共に、
この奇跡のような静寂に身を浸したかった。
世界を分断する漆黒の障壁へと向かうのは、もう少し先のことだ。
第107話、最後まで、ご覧いただき本当にありがとうございます。(^^)
リアクションd(^^) もたくさんいただいて嬉しいです! ありがとうございます!
次回は、
第108話『祝宴と、戦士たちの休息』
宴も中盤、女性陣は一足先に「最高のご褒美」へと向かった。
王都が誇る大浴場。
そして、営業を再開したばかりの高級スイーツショップのハシゴである。
「はぁぁ……溶ける……。
頭の芯まで溶けちゃうにゃ……」
リィナが湯船の縁に頭を預け、猫耳をだらんと垂らす。
───────────────
ブックマーク・評価していただけると、
更新の励みになります!
(ブックマークすると次回更新のお知らせが来て便利ですよ〜m(_ _)m)
感想やご意見もいつでもお待ちしています!
みなさんの声が本当に力になります。
よろしくお願いします。
次回もぜひお楽しみに!




