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第101話:泥に塗れた生還

「……まだだ」


泥を掴む、ガリリという音が森に響く。


血を吐き散らしながら、

悠真が立ち上がった。


鎧は砕け、

肉体は限界を超えて悲鳴を上げている。


それでもその瞳だけは、

すべてを打ち砕かれたはずのその瞳だけは、まだ死んではいなかった。


リシュヴァはその姿を見て、

クスクスと喉を鳴らして笑った。


「あら、やだ。

本当に立てるの?

泥人形みたいに無様で汚いのに」


彼女は爪を弄びながら、

まるで道端に這いずる虫を見るような、

けれどどこか愛おしむような冷たい好奇心を向ける。


「ねぇ。進化っていうから、

もっと美しいものを期待していたわ……」


悠真は、ゆっくりと顔を上げる。

「……まだ、終わって……ない……」


「面白いわね、その執着。でもね、壊れた玩具ではもう遊べないの。……おやすみなさい、進化士さん」


リシュヴァが指先を弾く。

漆黒の影が、

悠真の心臓を貫くために放たれた。


その刹那。


「……魔力譲渡……」


セレスが《碧環へきかんの指輪》に触れ、誰にも聞こえぬほど微かな声で呟く。


隣に寄り添うリィナの残り少ない魔力を吸い上げ、指輪へと流し込む。目的は逆転ではない。ただ、ここからの「離脱」のみ。


「セレス……!?」


「逆算するわ!

今まで転移してきたルートを遡るの。

私たちが失敗した、

あの不完全な転移の軌跡を!」


セレスの杖が、空中に過去の「失敗の傷跡」を強引にこじ開ける。


「……はぁ? 過去の転移先だと?

そんな道、繋がるわけがない!」


リシュヴァが眉をひそめる。

過去の転移先を再利用する魔法など聞いたことがない。


それに彼女の追跡能力は、

完成された座標を起点とするものだ。

理屈が崩壊した「失敗転移の残骸」など、

彼女にとってはただのノイズに過ぎない。


「いいえ、繋げるんじゃないわ。

……再起動するのよ!」


セレスが叫び、

その指に嵌められた《碧環の指輪》が、

これまでにないほど眩いあおの輝きを放つ。


「刻印活性!

私たちが刻みつけてきた『転移の失敗跡』

……そのすべてを、

今この瞬間に叩き起こす!」


セレスが杖を全力で振り下ろすと同時に、大気が悲鳴を上げた。

《刻印活性》による概念的な強制再起動。


かつて逃げ惑い、歪ませきた「出来損ないの座標」たちが、指輪の魔力を受けて一斉に産声を上げる。


「なっ、ありえない!

そんな数、解析しきれるはずが……!」


リシュヴァの表情が、

初めて驚愕に凍りついた。

セレスが起動したのは、

整えられた「道」ではない。


これまで敗走の歴史の中で積み上げてきた、おびたただしい数の「失敗の傷跡」。


そのすべてを同時に、

強制的に再起動させるという狂気の術式。


空間に無数の「亀裂」が走り、

光が溢れ出す。


「全てダミーじゃない。

この『失敗』の集積こそが、

私たちの出口よ!」


「これこそが、

お前たちの『進化』の答え……というわけ?」


嘲笑ではない。

リシュヴァの瞳に、

底知れぬ好奇の炎が浮かぶ。


追跡の糸は、異常な座標の群れの中でことごとく霧散していく。

どれが本物か、どこへ向かっているのか。


この「座標のゴミ捨て場」と化した空間のねじれを、大魔将であっても一瞬で解析しきることは不可能だった。


「――戻るわよッ!!」


空間がぐしゃりと歪んだ。


それは美しい転移ではない。

次元の裂け目から、無理やり空間を押し広げるような暴力的な跳躍。


「……ッ、消えた?」


リシュヴァの爪が虚空を切り裂く。

即座に周囲の魔力を解析しようとするが、追おうにも、その先は道になっていない。


術式の失敗によって空間そのものがねじれ切り、無数の「終わったはずの選択肢」が彼女の追撃を拒絶していた。


偶然に頼るしかない追跡など、

彼女のプライドが許さなかった。


「……ふふ。あははは!

なあにそれ、最高に面白いじゃない!」


嘲笑ではなく、純粋な興味。

リシュヴァは小さく、けれど深く笑った。

魔将の追跡網を、あえて「失敗の残骸」に紛れることで断ち切った、その泥臭くも鮮やかな執念。


彼女は静寂が戻った森の中で、

名残惜しげに指先を見つめる。


「結局、あの子たちは最後まで泥に塗れて生き残るのね。……つまらないわ。でも、そうね」


リシュヴァは不敵に、

美しく微笑んだ。


「次は、もっと徹底的に壊してあげる。

……せいぜい怯えて待っていなさい」


その言葉は、

森を震わせ、闇を深めた。


魔将の「遊び」の幕は、

まだ下りてはいなかった。


ーーーー


逃げ込んだのは、

名もなき古びた廃坑の奥底だった。


外では冷たい雨が降り始め、

森の惨劇を洗い流そうとしている。


だが、

ここには生々しい血の匂いと、

三人の荒い吐息だけが充満していた。


悠真は壁に背を預け、震える手で《雷光の剣》の柄を握り直そうとして、やめた。握力すら残っていない。


(……俺は、また生き延びてしまった)


悠真は目を閉じた。

守ろうとした仲間、

共に笑い合った兵士たち、

泥にまみれて戦った将たち。


そのすべてが、リシュヴァ、グローデンという「災害」の前で跡形もなく消え去った。


「悔しい……。何も、守れなかった」


「……あの時、彼らの背中を庇えなかった。

最期の瞬間、俺はただ見ていることしかできなかったんだ……」


悠真の脳裏に、

かつての過ちが去来する。


己の未熟さで魔王軍に与えてしまった『常闇の剣』の忌まわしき感触。期待を一身に背負いながら、王国の伝説の剣を砂に変えてしまったあの日の絶望。


あの時、自分は何もかもを失ったはずだった。それなのに、今の自分はここにいる。


魔将の牙を潜り抜け、

こうして呼吸をしている。

……なぜ、

自分のような失敗作が生き残ったのか。


自責の念が喉の奥で焼けるような苦痛となって込み上げる。


「悠真」


ふいに、セレスの声がした。


彼女はリィナの傷口に、

有り合わせの薬品を塗り込んでいる。


悠真が死んだような顔で黙り込んでいることに気づき、彼女は静かに歩み寄った。


「……セレス」


「……あなたは、よく戻ってきたわ。

その身体、どれだけの傷を負って、

どれだけの痛みに耐えて……。

あなたが引き返してくれたこと、心

から感謝しているわ。


あなたがいなくては、

私たちはとっくに終わっていた」


その声には、かつての厳しさや叱責はなく、ただ確かな安堵と温かさが宿っていた。


悠真はゆっくりと顔を上げる。


「……ありがとう。俺は……」


「わかっている。

失ったものの重さも、

あなたの後悔も」


セレスは膝を折り、

悠真の視線に合わせる。


「北部戦線は全滅よ。

通信は途絶した。

生存者は、ここにいる三人だけ。


……この事実は、私たちが生きて中央へ伝えなければならない。それが、共に戦って散った仲間たちへの、唯一の手向けになるはずよ」


悠真は目を閉じる。


守ろうとした仲間たちの顔が浮かぶ。

彼らの最期を、自分だけが知っている。


「……わかってる」


悠真は目を開いた。

瞳の奥で、一度は絶望に叩き折られたはずの火種が、仲間の言葉を受けて再び青白い熱を帯びて灯っていた。



「……北部でリシュヴァが見せたあの力、

あの底知れぬ悪意を、

中央の勇者たちに伝えなきゃならない。

もし、何も知らずに魔王軍と対峙すれば、彼らも同じ運命を辿るだろう」


「そうね。

今の魔王軍の攻勢は、異常よ。

勇者一行といえど、

彼らだけでは耐えきれない」


リィナも痛む体に鞭打ち、

壁を支えにして立ち上がる。


三人は、互いに顔を見合わせた。

ボロボロの装備、泥だらけの顔、

心に負った拭いきれない傷。


だが、その結束はもはや、

「生存」のためだけのものではない。


「それでも行くしかない。

……俺たちにだって、

まだやれることがあるはずだ」


悠真が立ち上がる。


足元はふらつくが、

意志は揺らがない。


「ただ生き残ったんじゃない。

生かされたんだ。

この命で、次に何をするか……

それを選び取らなきゃならないんだ」


セレスは少しだけ表情を緩め、

ふう、と息を吐いた。


「ええ。そうね、悠真」


セレスが杖を突き立て、立ち上がる


外の雨音は依然として激しい。

だが、三人の瞳には、絶望を焼き切るほどに冷徹で、それでいて静かに燃え上がる反撃の意志が宿っていた。


「中央まで、長い旅になるわよ」


「ああ。……だがその前に、

一つ思い出したことがあるんだ。

寄らなきゃならない場所がある」


悠真の言葉に、

二人が怪訝そうな顔をする。


悠真は、

自らの能力の原点を思い返していた。

かつて、リィナと出会った場所。

あの遺跡の奥底。


《天穿の槍》をその手に宿し、

自分の進化という能力の凄さに、

初めて圧倒された場所。


なぜ、あの槍があの場所で生まれたのか。

なぜ、あの洞窟はあれほどまでに異質だったのか。


今の自分なら、あの場所に隠された「真実」に手が届くような気がした。


(あそこは単なる遺跡じゃない。

……進化の力と、

何かが共鳴していた場所だ)


かつて持ち帰った武器の残骸。

砕けた石像。

そして、あの時感じた、奇妙な孤独感。


「あそこなら……今の俺たちに足りない『何か』が見つかるかもしれない」


悠真は、雨雲の向こう側にあるはずの、

遠い過去の記憶へと意識を沈めた。


それは、偶然ではない。

今の自分に必要なピースが、

あそこに埋まっている——そんな確信に近い予感が、胸の中で静かに脈動していた。

第101話、最後までご覧いただきありがとうございます。


ちなみに、

本文の内容に出てきた進化装備について補足です!↓。

過去話で登場済みですが、復習用にどうぞ。


■装備メモ


碧環へきかんの指輪》


特性①:魔力循環(周囲の魔力を集め、武器や陣に再供給する)

特性②:刻印活性(刻まれた簡易陣や術式を一時的に強化・再起動する)

特性③:魔力譲渡(仲間同士で魔力を安全に受け渡せる)


リアクションd(^^) もたくさんいただいて嬉しいです! ありがとうございます!


次回は、

第102話『重ねられなかった未来』


かつて魔王を追い詰めた勇者の姿が描かれていた。

剣を掲げ、光を纏う雄姿。

だが、その先にあるはずの「結末」が、どこにもない。


「……結末が、欠けているにゃ」


セレスが画に触れ、呟く。


「いいえ、欠けているんじゃない」


悠真は立ち止まり、その壁画の「欠落」の意味を悟った。


「……負けたんだ。ここで分岐して、勝てなかった」


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次回もぜひお楽しみに!

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