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第100話:…まだだ

薄紫の燐光が揺れる拘束空間。


リィナを締め上げていた黒い蛇たちが、

不意に力を失い、

ずるりと地面へ溶け落ちた。


リシュヴァが悠真を消し飛ばすため、

全魔力を注ぎ込んだ代償。


拘束空間は、呆気なく霧散した。


「……やった、わ……ッ」


リィナは掠れた声で呟き、

そのままドサリと崩れ落ちる。


意識を断絶させ、

死に体と見せかける。

それはリシュヴァの支配を強引に緩めさせるための、狂気じみた賭けだった。


自分の「利用価値」が、魔将にとっても何よりの重しであることを理解していたからこそできた演技だ。


その時、空間が激しく弾け、

セレスが転がり出す。


視界に映ったのは、

無数の傷と、自ら魔力を寸断した代償で虫の息となったリィナの姿だった。


「リィナ!」


セレスが叫びながら駆け寄る。

体は氷のように冷たく、

鼓動は風前の灯だ。


セレスは杖を掲げ、

残存する魔力で最低限の治癒魔法を流し込む。


冷え切った生命の灯火を消さないための、縋るような処置だった。


「……セレス」


「……馬鹿。喋らなくていいから」


「あはは……。でも、あんたが来なきゃそれも無駄死にだったかも」


リィナは痛みに顔を歪めながら、

口元の血を拭う。


セレスは彼女の肩に腕を回し、

強引に体を起こさせた。


「あんた、

まさか意識を落とすふりをして、

あいつの魔力をこの空間から引き剥がしたの?」


「……餌が壊れたと思えば、

リシュヴァだって慌てるでしょ。

なんでもいいから隙を作りたかったの」


その言葉に、セレスは戦慄した。


リィナは作戦など聞いていない。

ただ自分が「駒」であることを理解し、

その利用価値を逆手に取ったのだ。


「悠真……危ないんでしょ?」


「ええ。

私たちのために時間を稼いでる。

急いで!危険な賭けよ」


「……あたしなら平気。飛ばして! 

死ぬときはみんな一緒だよ」


「……ごめんね、リィナ。

……絶対よ。三人で生きて帰るわ。」


セレスは杖を強く握りしめた。


戦場の方角から、凄まじい「魔力の吸い上げ」が起きている。リシュヴァが最大魔法を放つために、森中の魔素を強引に自分のもとへ引き寄せているのだ。


――それが仇となる。

その魔力の奔流は、図らずも戦場へ繋がる「最短のルート」そのものだった。


「行くわよ!

……彼を一人にはさせない!」


二人は互いの波長を重ね、

悠真が発する断末魔のような魔力痕へ向けて、決死の転移を起動した。


光が二人を包み込む。


それは、すべてを塗り潰す死の渦――魔将が振るう終焉の光景へ、あえて飛び込む自殺行為だった。


♦︎


「お願い!間に合って……ッ!」


セレスの絶叫とともに、

光が戦場を引き裂いた。


状況を確認する余裕などない。

ただ、戦場に満ちるリシュヴァの殺意が、皮膚を焼き、鼓動を止めるほど膨れ上がっていることだけは理解できた。


本能が警鐘を鳴らす。


「ーー死なせない。」

絶望的な予感をねじ伏せ、

セレスは転移の渦から飛び出す直前で、杖を振り抜いた。


「《氷華の残響アイス・ミラージュ》ッ!」


放たれたのは攻撃ではない。

極低温の霧と無数の氷の結晶が戦場を塗り潰す、渾身の幻影魔法。


視界を奪い、感覚を凍らせ、とにかくリシュヴァの意識を一瞬でも逸らす――それだけが、この死地で悠真を守るための最後の、苦し紛れの一手だった。


♦︎


「死になさい。――《冥影の葬列》!」


リシュヴァが放った最大魔法が、

すべてを黒い奔流で飲み込もうとした、その刹那。


「ふんッ」


黒い嵐の中に舞う氷の霧を、

リシュヴァは小馬鹿にしたような鼻笑とともに一蹴した。


彼女の広大な魔力支配の前では、

氷の幻影など砂遊びに等しい。


瞬時に冷気を霧散させ、

冷酷な眼光は、

一切の迷いなく「本物」の悠真を射抜いた。


「小細工の幕引きよ」


黒い奔流が、戦場を支配する。

悠真は残された僅かな魔力を極限までひねり出し、《氷柱の盾》を虚空から再召喚する。


掌に現れた冷気をそのまま膨張させ、

全魔力を防御へと注ぎ込んだ。


「巨大氷壁、展開ッ!」


蒼白く輝く氷壁が彼の周囲を包み込む。

まるで絶対の城塞のように、

厚く、冷たく、揺るぎない――


だが――。


ドガァァァァーンッ!!


魔将の一撃が触れた刹那、

氷壁は薄いガラス細工のように脆く粉砕された。


無数の破片が爆ぜ、

きらめきながら四散する。


すべての技術も、努力も、

覚悟さえも――その蹂躙の前では、

ただ虚しく砕け散るだけだった。


「悠真ァァッ!!」


セレスとリィナの悲鳴が、

爆音に掻き消される。


悠真の体は黒い魔力の濁流に真正面から飲み込まれ、凄まじい衝撃で空中へと弾き飛ばされた。


骨が軋み、

砕ける音が内側から響く。


剣は手から零れ落ち、

成す術もなく森の奥深くへと転がっていく。


ドサリ。


悠真の体は、生気のない人形のように地面に叩きつけられた。


「……う、……あ」


血を吐きながら、

悠真は泥の中で身をよじった。


全身を焼く激痛。

視界は鮮血で赤く染まり、

意識が急速に遠のいていく。


時間を稼ぎ、

二人を救い出した代償は、

あまりに重かった。


「……へえ。まさか、

その『捨て駒』を奪還して、

わざわざ死地に飛び込んでくるとはね」


リシュヴァの哄笑が、

静寂を取り戻した森に響く。


彼女は影の上に優雅に降り立ち、泥にまみれて倒れ伏す悠真を冷徹に見下ろした。その視線は、背後に寄り添うリィナとセレスを一瞥して、楽しげに歪む。


「愛おしいほどに愚かだわ。

……戻ってきたところで、

魔力も命も枯れ果てているのでしょう?

さあ、ここがあなたの『進化』の終幕よ。」


リシュヴァは残酷な笑みを浮かべ、

トドメの一撃を放つべく、

再び漆黒の影の爪を鋭く形成する。


顔面蒼白のセレスと、

満身創痍のリィナ。

彼女たちに、もはや魔将を止める力など残されてはいない。


世界が、完全に絶望の淵に沈み、

時間が止まったかのような静寂が訪れる。


その瞬間。


「……まだだ」


泥を掴む、ガリリという音がした。


血を吐き散らしながら、

悠真が立ち上がった。


足は震え、視線は定まらない。

鎧は砕け、

肉体は限界を超えて悲鳴を上げている。


それでも、その瞳だけは。

すべてを奪われ、

打ち砕かれたはずのその瞳だけは、

まだ死んではいなかった。

第100話、最後まで、ご覧いただき本当にありがとうございます。

わーい。100話。(^^)

ずっと読んでくれてる方、本当にありがとうございます。嬉しいです。


リアクションd(^^) もたくさんいただいて嬉しいです! ありがとうございます!


次回は、

第101話『泥に塗れた生還』


「これこそが、お前たちの『進化』の答え……というわけ?」


嘲笑ではない。

リシュヴァの顔に、

底知れぬ興味が浮かぶ。


追跡の糸は、

ことごとく異常な座標の中で霧散する。


どれが本物か、

どこへ向かっているのか。


この「ゴミ捨て場」のような空間のねじれを、大魔将であっても一瞬で計算しきることは不可能だった。


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