2.はじめてのレアドロップ
「おしおきの時間だよ、覚悟してね。痺れさせてあ・げ・る♪」
〇ビリビリ~~!!
〇ビリビリ〜〜!!
〇ビリヤニ〜〜!!
コメント欄に全く同じワードがいくつも並んだ。
まるでライブのコール&レスポンス。
画面の向こうにいる“ファン”たちが待ち望んでいた瞬間だった。
途中、ちょっとふざけたコメントを入れて滑っているヤツも含めて予定調和だ。
帆乃夏がムチを振るう。電撃を帯びた革の一閃がスモウルフの群れを打ち、数体がビクリと痙攣しながら地面に倒れ込んだ。
「お利口さんには、優しくしてあげるのになぁ?」
「ギャンッ!!」
スモウルフは悲鳴をあげると、身体をビクビクッと震わせてそのまま地面へと倒れこむ。
ムチから放たれた電撃によって失神したのだ。
「やあぁん♪ もっと鳴き声を聞かせてぇ~」
返す刀、もといムチが別のスモウルフへと襲いかかる。
ピシッ! バシッ! とムチが跳ねるたびに、スモウルフの身体も跳ねるように痙攣する。五匹のスモウルフが地面に横たわるまで一分も掛からなかった。
帆乃夏の固有スキル――『電撃』が炸裂する。
長時間ダンジョンに通っていると、稀にこんな異能を手に入れることがある。いわゆる“固有スキル”というやつだ。
まるで人智を超えた超能力に覚醒したかのようだが、魔素によって生じる能力は魔素にあふれた場所でしか使えない。つまり、ダンジョンの外では急激に力を失ってしまう。
帆乃夏の『電撃』も、ダンジョンの外では冬のセーターみたいなビリッ程度。
笑うしかないほど、威力が下がる。
〇かわいい女王様ーーー!
〇ほのりん、痺れるーー!
〇うらやま
〇わかる
〇俺もモンスターになりたい
コメント欄はさっきのなんちゃって女王様プレイで盛り上がっていた。
本当にいいネタを見つけた、と帆乃夏はほくそ笑む。
ある日、ちょっとふざけてカワイイ系女王様のマネをしてみたらなぜか好評で、それからというものスパチャでリクエストが飛んでくるようになった。
今ではすっかり定番のショーだ。
以来、チャンネル登録者は増えるし、スパチャは貰えるし、良いことづくめだ。
ダンジョンで見つけたこのムチは、帆乃夏のスキル『電撃』を増幅してくれる武器だ。
仕組みは全くわからない。ダンジョンで拾えるアイテムや、モンスターが稀にドロップするアイテムには特殊な効果を持つものがある、ということしかわかっていない。
これらのアイテムは『アーティファクト』と呼ばれ、珍しいアーティファクトを持っていると仲間うちで自慢できるし、配信者としても少し話題になる。
帆乃夏はバックパックからサバイバルナイフを取り出し、気絶したスモウルフの急所に手早く刃を入れていく。
力尽きたスモウルフの身体は地面へと溶けるように消え、後には魔石と呼ばれる薄灰色の小さな石だけが残された。
魔石は魔素エネルギーを凝縮した固形の物質で、現代社会を支えているエネルギー源の柱となっている。政府はダンジョンでの魔石の採取を奨励しており、これらに従事する者たちは『ハンター』と呼ばれている。
魔石は、ダンジョンがくれるモンスター討伐の報酬みたいなものだ。
スモウルフから出るのは、一個二百円ってところ。五匹で千円。
スパチャも入れたら、いい副収入になる。
心の中でニッコリ笑顔。もちろん、表では残念そうな顔。
「さすがに、そう簡単には出てくれないかぁ」
〇あ、もどっちゃった
〇またモンスター出たらリクエストしよ
〇ドロップはオマケ、狙うものじゃないから
〇次、いってみよー
魔石はモンスターを倒せば必ず手に入る。
だから今回の企画にある『アイテムドロップ』の対象にはならない。
といっても、アイテムがドロップしたら企画が終わってしまうから、早々にドロップされても困る。
それからも帆乃夏はスモウルフを中心に、次から次へと狩りを続けた。
ときどき女王様のマネを挟みながら。
スモウルフのノーマルドロップは『迷宮狼の毛皮』だ。
軽くて温かい灰色の毛皮。防寒性が高く、手触りも良いがそれだけだ。アーティファクトではない。
なぜか『なめし』の工程まで済んでいるため、皮革素材として専門店で買い取ってもらうことになるが、金額は1,000円くらいにしかならない。
魔石を集めた方がよほどお金になる。だから『ドロップはオマケ』と言われている。
195、196、197、198。
まもなく二百匹。魔石だけで4万円分くらいになったんだけど……、配信としては同じような画が続いているせいで、視聴者がちょっと飽きはじめているのがコメント欄から伝わってくる。
さて、どうしようか……と思案しながら帆乃夏はスモウルフを狩っていく。
するとスモウルフが溶けて消えたあとに、ついに魔石以外のものが現れた。
キラリと光る白くて小さな物体。どう見ても毛皮ではない。
「ああああっ!! 出た! 出ましたよ!!」
〇俊足の刻印石!?
〇レア泥じゃん!
〇ドロップ率どれくらい??
〇たしかドロップ全体の4%とか
〇つまり0.02%
〇ヤバッ、ライブ配信でレア泥はじめて見た
あまりお目にかかれないレアドロップの瞬間。
コメント欄も今日一番の盛り上がりを見せている。
慌てて駆け寄った帆乃夏は、地面に転がっている石を拾い上げた
小さな青い石になにやら紋様が彫られている。
これは『俊足の刻印石』だ。
ドロップするモンスターが弱く、比較的入手しやすいので性能も有名だ。
この石を持っているとほんの少しだけ俊敏性が上がる。つまりアーティファクトだ。
ピンからキリまである中のキリの方。
はじめて手にしたレアドロップのアーティファクトに、帆乃夏は思わず見とれていた。
――そのせいで、すぐ背後まで迫っていた死神の存在に気づくのが遅れてしまった。
突如、ダンジョンを揺らすほどの大きな咆哮が響き渡った。
無意識に足がすくむ。
土埃が舞う。咆哮の余韻が耳の奥に残っている。
振り向いた先にあったのは、トラほどの大きさの四足の石像。
ひび割れた岩のような身体に、赤黒く光る眼だけがこちらを睨んでいた。
あれほど目立つものを見落とすはずがない。
間違いなく、さっきまでは存在しなかった。
〇これジャガーゴイル?
〇もっと深い階層で出てくるモンスターじゃん
〇なんでこんなところにいるんだよ
〇イレギュラーだ!
〇ヤバい、ヤバい、ヤバい
〇ダメだ、動きがバグってる!
〇誰か、助けて!助けてってば!!
〇ハンター連盟ほんとに動いてるの!?
〇……これ、ほんとにヤバいやつだ
〇誰か近くに探索者はいないの?
〇助けてあげて、強い人!!
〇ハンター連盟に連絡した!!
〇ごめんなさい、見ていられません。抜けます
ダンジョンは大きく二つのエリアに別けられている。一つはここ、自己責任で出入り自由のオープンエリア。そしてもう一つが、ハンター連盟という組織が発行するライセンス証を持ったプロハンターのみ立ち入り可能な高濃度魔素エリアだ。
当然、帆乃夏はライセンスなんて持ってない。れっきとしたアマチュアハンターだ。
オープンエリアはモンスターが弱めで魔石は低質。
高濃度魔素エリアはモンスターが強く魔石も高質。
どの階層にどのモンスターが出るかは、ある程度決まってる。
でも、たまに本来いるはずのないヤツが湧いてくる。それがイレギュラーだ。
数カ月前にイレギュラーが発生したときの死傷者は、たしか十数人はいたとかニュースでやってたっけ。
このダンジョンでは、イレギュラーなんて一年以上聞いてなかった。
だからこそ、帆乃夏も油断してしまっていた。
早く逃げろ、と騒いでいるコメントを目の端で捕らえてはいるものの、逃げられる隙なんてどこにもなかった。
見ていられないと配信から抜けていった人は、きっと帆乃夏がこの後すぐに殺されるとでも思ったのだろう。
――私もそのとき、同じことを思ってしまった。
後ほど、もう1エピソード投下します