1.ある女子大生の配信
「ほのりんの『ほのぼのだんじょん』へようこそ!」
〇こんほのー
〇待ってました!
〇ほのりん今日もかわいい♡
〇大学はサボり?
〇やっぱり配信はこの時間が神
配信機能付きドローンのカメラレンズに向かって、帆乃夏が満面の笑顔で手を振る。
視線を落とすと、アームモニターに次々と視聴者コメントが流れていく。
彼女の声は明るいけれど、その場の雰囲気はやや薄暗い。
差し込む日差しはなく、ダンジョン苔と呼ばれる発光植物が街灯のようにほんのり足元を照らしていた。
「今日はねえ、二限までだったからダンジョンに遊びに来ちゃった」
大学の二限は、だいたい昼すぎに終わる。
帆乃夏はダンジョン専門動画配信者――通称DunTuber――として、授業が終わるとリュックを背負って電車に飛び乗った。
向かった先は都内の端っこ、O町にある蜘蛛鳥山ダンジョンだ。
大学からはバスと電車を乗り継いで、だいたい二時間。
つまり、いまは午後二時を少し過ぎたくらい。
(……遠い。軽い気持ちで来る場所じゃないよね)
往復で四時間。ちょっとした日帰り旅行だ。
それでも、一番近いダンジョンがここなのだから仕方ない。
しかもこのあたり、都内なのか、もうS県なのか、それともY県なのかも怪しい場所。
日本のダンジョンって、だいたいこんな辺鄙なところにしかない。
平日昼過ぎ、他の冒険者の姿は見えない。
同時視聴者は64人。……まあ、いつもどおりのスタート。
「それじゃ〜、『アイテムドロップするまで帰れまテン』始めていきまーす!」
〇8888888
〇スモウルフだっけ? ドロ率0.5%
〇それ200匹必要じゃんw
〇でも群れで出るからワンチャン
〇ウルフルズ案件
〇ばんざーい!
「ばんざーい……?」
スモウルフとは、“スモールなウルフ”の略。
相撲が得意なウルフではない。
このダンジョンで最もよく見かける小型狼モンスターだ。
弱いけど数が出るから、油断すると囲まれる。
(ウルフルズってなんの話……?)
コメント欄が謎のテンションで盛り上がっていたが、帆乃夏には意味がわからなかった。
ウルフルズとはなんのことだろうか。
とりあえず、“ウルフの複数形はWolvesで、ウルフルズではない”という冷静なツッコミを飲み込む。
そんなことをいちいち指摘しても同時接続数が減るだけである。
ここは鉄でスルーの一手。
〇ほのりんはウルフルズ知らんかー
〇ジェネレーションギャップ
〇世代の壁w
〇親父がカラオケで歌ってたやつだな
〇元気出せる曲だよー
〇ダメなものはダメ♪
〇泣けてくる♪
〇みんなウルフルズ好きすぎて草
(……たぶんアーティスト名だね。昭和か平成初期のやつ?)
まだ二十歳になったばかりで、音楽への感度も高いはずの帆乃夏が知らないということは、きっと古い世代に人気アーティストなのだろう。
今日も視聴者は年齢層高め。
帆乃夏のDunTubeチャンネル『ほのぼのだんじょん』はなぜかおじさん人気が強い。
平均年齢は……、もしかしたら父親と同じくらいかもしれない。
(うわっ、想像しただけで背筋が……)
平日の昼間から、娘世代の配信を楽しそうに観ている父親。
ありえない。いや、絶対に見たくない。
(ないわー。ないない。本気でない)
父親のそんな姿を見たい娘なんて、きっと存在しない。
帆乃夏は気を取り直してムチを構える。
「さっそくモンスター出てきたよー。いち、に、さん……五匹か。少なっ!」
ダンジョンの暗がりから、ぬるりと現れた小さな狼たち。
体長は大型犬程度。群れで出るとはいえ、所詮は最弱モンスター。
国民的人気ロールプレイングゲームで言うところのスライム枠だ。
〇五匹で“少なっ”は草
〇ソロで五匹って普通にヤバいって
〇ほのりんなら余裕でしょ
〇【¥1500】ほのりーん、例のやつやって!
「お、ナイススパチャ〜、ありがと♪」
いつも視聴してくれている常連さんが、応援のコメントをしてくれる。
コメントだけでなく、1,500円の投げ銭まで投げ込んでくれた。
スパチャというやつは、もちろん懐に良いが、何より気分が良くなる。
世間では、ダンジョン配信は深い階層まで潜るのが偉いみたいな風潮がある。
しかし、帆乃夏のダンジョン配信チャンネル『ほのぼのだんじょん』は浅い階層がメインの安心安全な配信がモットー。
ジャンルでいえばエンジョイ系で売っていた。
チャンネル登録者数は80,000を超えている。
これだけいれば、中堅のDunTuberだと言っても差し支えないだろう。
帆乃夏は軽くウィンクしながら、腰に下げたムチを手に取った。
グリップをぎゅっと握ると、手応えが伝わる。
地面に向かって振り下ろされたムチがビシィッと鋭い音とともにダンジョンの空気を裂いた。
ここまで読んで頂いてありがとうございます。
本日はあと2エピソード投下します。




