3-4-4 華麗なる登場、リチャード・グロウリィ ①
本日2話目の投稿です。
高級そうなえんじ色のマントがこんもりと膨らんで、それが穏やかに上下してる。そばにはつば広の立派な羽根つき帽子が転がっていて、俺はそっと茂みを越えて手に取った。
うわあ、いかにも高級そう!
「わぁ……素敵なエグレットね」
「なにそれ?」
「その羽根飾りよ。宝石もついているし、帽子も魔力を込めた糸を織り込んであるわ。もしかして貴族とか、そうじゃなくてもすごくお金持ちなんじゃない?」
「うん、貴族だな」
あれ、本当にそうなのか。
ルーファスネイトがゆったり頷いて、やっぱり負担が大きかったんだろうな。剣を使ってた右手をぐーぱーしながら足下に倒れたままの仲間を見下ろす。
もうヴィントも慌てていないし、見た感じ、呼吸も穏やかだしなんだか寝てるみたいだけど……すごく恰幅が良さそうだな。縦にも横にもヴィントより…いや、巨人族の男ぐらいはあるんじゃない?
「んにゃにゃ……」
ん!? 今、変な声がしたような!?
マリーベルもぽかんとしてるし、聞き間違いじゃなさそうだ。
「あー、これはアレかー?」
「うん? この草か? しかしこれは…なんと言ったか。魔界にあるこれの好物とは違うだろう?」
「でも、匂いは似てるよね……」
え、え? なに?
ピルピルさんが納得した様子で腕を組んで、ルーファスネイトは首を傾げ、ヴィントは訝しげにミントっぽい草を摘まむ。
それを見てたマリーベルがひょいと草を摘まんで、くんっと嗅いだ。とたん、スミレ色の目が丸くなった。
「知ってる! これ、猫が好きなハーブよ。あたしの住んでた家の花壇に植えてたけど、いつも猫が遊びに来たもの」
「え、マタタビのこと?」
「そんな名前じゃなかったと思うわ。あたしたちは猫のハーブって呼んでたけど……」
「名前は覚えていないが、魔界にもそんな効果のある草があるそうでな」
え、つまりこれはマタタビじゃないけど似たような効果の草ってこと? それがなんでこの人が寝てる事態に繋が…る…………。
ごろん、と寝返りを打ったその人がふかふかとしたお腹を見せつけてくれて、俺は一瞬息が止まった。
「うにゃにゃあぁ……」
幸せそうな鳴き声……寝言? 雷雲が近づいてきたのかってぐらい、大きなゴロゴロ音が喉から聞こえる。
また、ごろん。手…前脚の巨大な肉球がくいくいっと宙を掻いて、長く豊かな毛をふさふささせた超立派な尻尾が。それだけで俺の身長ぐらいはあるだろう尻尾が。ぱさんっ、ぱさんっと、草の上を叩いた。
ね、猫! …猫!!
二メートル越えで、お腹と手足の先が白い青みがかった銀灰色の虎柄! しかも微妙に毛が長くて、ほどよくゴージャス!!
「おっきい…猫? 魔物っ!?」
マリーベルは勢いよくドン引いたけど、俺は逆に前のめりに近づいた!
だって、伸び~ってしたら余裕で二メートルを超える大きな猫だよ? ふかふかのもっふもふなんだよ!?
吸い寄せられるようにふらふらと近づいて触ろうとしたら、「これ」ってルーファスネイトに襟首を掴んで止められてしまった!
「こやつは今、正気ではない。リチャードの爪にかかったら、おまえなど細切れにされてしまうぞ」
「そうだよ。リチャードさんの爪は凄く怖いからね」
ええ…ってがっかりしながら見たら、あ。
んにゃ~って伸びをしたときににゅって見えた黄金の爪が、確かにやばい輝きを放っていらっしゃる……。
触りたい。でも危険過ぎる。
やっぱり触りたい……いやいや、命をかけてまで触るのはない! でも触りたい!!
「困ったなあ。起きてくれないと、リチャードさんの言ってた『恐ろしきもの』がなんなのかわからないよ」
「ふむ……。確かにな。リチャードならば骸骨戦士やらゴーレム如きで救援を求めることはないはずだ」
ため息をついたヴィントが落ちてた木の枝でつんつんとふかふかしたお腹をつつくと、シャッ! っと鋭く空気を裂く音がして、枝が真っ二つ…いや、四つに分かれて落ちた!
なにあれ、爪であんな風に切れるものなの!?
「ほらね」
そんないい笑顔で「危ないでしょ? 見せてあげたんだよ」って言わんばかりに振り返られても、怖いだけだってば!
猫ってどうやったら起きるんだろう……。俺は犬も猫も大好きだったけども、飼ってたわけじゃないからなぁ……。
膠着状態に入ったとき、「やれやれ」ってピルピルさんが笛を銜えた。
あ……これは知ってる。「子守歌」だ。
美しく優しい音色が響いて、あたりが静かになる。
そっとリチャードさんをのぞき込むと、幸せそうに寝てるまま、忙しなく動いてた尻尾がぱたりと落ちた。
そして寝息が深く、ゆっくりになる。
すごい。さっきまで不機嫌そうに起きてたトレントたちまで安らかな顔で寝ちゃって、あたり一帯がまた普通の木に戻った!
「ほら、運べ。この草のそばじゃ無理だろ」
「あー…確かに」
「よし、俺が運ぶ」
「俺も!」
勢いよく手を上げたら「マジで?」って感じで全員に見られたけど、気にしない!
勇んで駆け寄って、まず大きな手? 前脚…? を掴むと、短く切ってある毛の間にふにょんと大きな肉球があった。
巨大だけどピンク色だ。うわあ、もちもちしてる! ぎゅっとしたらまたあの黄金の怖い爪がにゅっと出たから、爪に指が当たらないようにする。
あれ、でもこれじゃ持ち上がらないよね。引き上げる? ぐっと引っ張ったけど無理だった。うわあ、サイズ通りで重いな!
「ちょっとサトル。あんたには無理よ」
「えー、でも、ほら。俺、なんの役にも立ってなかったし……」
「サトル君。がんばってくれる気持ちはありがたかったから、ね?」
「よし、では担ぐか」
ルーファスネイトがばさっと黒い外套を外して俺に渡す。うう、俺が担げるものなら担ぎたかった!
ルーファスネイトがリチャードさんのそばに片膝をついて、ヴィントがぐったりした巨大猫を強引に持ち上げ、ルーファスネイトの背中にずるぅっと乗せたっていうか、被せた。
「うん…持ちにくい」
「だよね……」
猫だもんねえ……。
前脚がだらんっと肩から前に突き出ていて、ルーファスネイトががんばって掴んではみるけど、なにせ太いから手が回らない。
それでもなんとか二人がかりで押さえて立ち上がったんだけど……。
「長い! 猫って長いのね!?」
「びっくりするぐらい長いね…!」
ずるるぅ…っとどこまでもリチャードさんの身体が伸びて、結局背負うのは無理だとわかった。もちろんこの大きさというかぐにゃんぐにゃん具合じゃ、右肩に前脚、左肩に後ろ脚で肩の上に横にして担ぐこともできない。
メジャーを持ってきて計ってみたい!
思わずサーチしたけど、当然のように弾かれた。ステータスを見られないようにしてるんだなあ。
もしかしてこれができないと一人前の冒険者にはなれないのかも。
そうなると当然抱き上げることも難しく、ヴィントがいいところまで抱えたんだけど、これまたずるるぅ…と、液体のように地面に流れ落ちてしまった。
「これは困った。いっそ転がして行くか?」
「ああ、それが早いかもね」
「えー? ボクは嫌だぞ。めんどくさい」
しかも、三人ともひどい! 仲間なのに!!
「あの、この外套で運ぶのは?」
だから俺がそう提案したんだけど、ヴィントとピルピルさんは「おお」って笑顔で振り向いたのに、珍しくルーファスネイトが難色を示した。
「俺の外套でか……」
「うん。だってこれ、生地も厚めで丈夫そうだし。俺ので運べたら出すんだけど」
たぶん上半身だけしか乗らないだろうし、そもそも持ち上げたら破れると思う。
でも、あれ? いつもは微笑んでるような表情だったのに、こんな顔するなんてどうしたんだろう?
「ルーさんのはミスリル糸を織り込んでるから、丈夫なことは折り紙付きだよ。確かにこれなら運べそうだね」
「よーし、運ぶぞ!」
「あたし、この猫さんの荷物を持つわね」
「じゃあ俺は尻尾を持つ!」
ヴィントとピルピルさん、マリーベルに続いて俺も宣言すると、ルーファスネイトは渋々と、本当に渋々と、俺の手から外套を受け取ってリチャードさんの隣に広げた。
それからまたヴィントとルーファスネイトが自分の荷物を身につける。
「どうしてそんなにいやなの? あの…もしかして、仲が悪いとか……?」
ちょっと気になって聞いたら、ルーファスネイトは気持ちよさそうに寝てるリチャードさんをヴィントと「せーの」でごろりと外套の上に転がして、首を横に振った。




