3-3-1 新しい目覚め ②
本日1話目の投稿です。
もう大丈夫だ。
目元を覆ってくれていた手を外してお礼を言うと、ルーファスネイトも微笑んで頷いてくれた。
落ち着いて見たら、装備を解いて上はヴィントみたいな不思議な材質のシャツ一枚だ。
「寝かせようと思ったんだが、だめだったか」
「いい声過ぎて効き惚れたかな」
「うーん、そうか。俺が吟遊詩人なら効いたのだろうが、まあ仕方あるまい」
え、吟遊詩人ってそんなすごいの? 子守り歌を歌ったら相手を寝かせられるぐらい?
「どうした? まだまぶしいか?」
「あ、目はもう平気。吟遊詩人なら相手を寝かせられる子守歌を歌えるってことは、子育て中のご家庭を回ったら役に立てるんじゃないかって思って」
「うん?」
子ども好きというわりには子どもに縁がないらしく、またことりと首を傾げた。しゃら、と耳飾りも揺れる。
青い石の玉が大小三つとなにかの羽が控えめな金の飾りでまとめられてる。こんなのつけてて違和感なく様になるのは、きっとこの人だけだ。
「夜泣きだよ。あれは大変なんだって。子守歌で寝かせてあげられるんでしょう?」
まだ姪っ子が赤ちゃんだったころ、兄貴の奥さんが夜泣きで困ってたんだよな。お母さん仲間でも困ってる人が多いって聞いたし。
「夜泣き……」
ルーファスネイトの星空みたいな目が丸くなった。
「…ははは…ッ」
感心したんじゃなくて、爆笑かよ!
真剣に言ったのに、笑われてしまった…! あんたなんか、将来自分の子どもを抱いたときに困るがいいよ!
「ルーファスネイト…さん、笑うことないと思うんだけど」
「いや、はは…すまん。ルーファスネイトでも、ルーでも良いぞ」
「うっ、じゃあルーファスネイトで」
「うん。好きに呼べ。昨夜の話だったな」
あれ、教えてくれるのか。
「あれは、エルフの道を歩き出してしばらくのことだった」
「はい…」
「まず夜営場所へ移動だ。そんな話をしている時に、おまえが木の根に足を取られて転んだ」
「はい?」
「そしてそのまま、寝てしまった」
「それは、気絶じゃないかな!?」
思わず突っ込むと、美しい目で右を見て、左を見たルーファスネイトが「うん」と頷いた。
「そうともいうな」
「そうとしか言わないと思うよ!」
やばい、俺まで突っ込んじゃったよ!
俺、自分に突っ込み属性があったことを初めて知った!!
いたた、騒ぐとあちこちが痛い!
「ああ、もー…なんかいろいろどうでもよくなった……」
結局、なにが悲しくて泣いてたのかも忘れた。
あれ、俺、泣いてたよね?
あんまり寝起きが悪いって思ったことないんだけどなあ? まあいいや。
髪が汚れてべたつく頭を掻いて溜息をつくと、しみじみと俺の身体を見下ろしたルーファスネイトに言われる。
「明るいところで見ると、これはまた見事な斑模様だなあ」
「あー、はい。皮膚の内出血は後で治るだろうし、中身が無事ならもう贅沢言いません」
俺も改めて見てみたら、うん。どす黒いのから紫、青、緑っぽいの、黄色っぽいの、赤いの、一通りそろってるな!
打ち身、捻挫、擦り傷、切り傷ときて、やけどがないのはましなのかどうなのか。肌が白いからまあ目立つこと! 白いとこを探した方が早いぐらいだ。
「痛むだろうが、おまえは短時間にポーションを使いすぎたからな。しばらくはポーションも治癒の宝珠も使えん。腹も硬いし、まだ中も治りきっていないだろう。痛むだろうが、当分は辛抱するしかないなあ」
「そうだよね。でも平気だよ。だってこれ以上痛くならないし」
「うん、良い子だ」
またにこっと笑ったルーファスネイトに、頭を撫でられてしまった。こ、子ども扱い…!
「着替えより先に顔を洗うか。川がある」
「そうします。もう大丈夫だからルーファスネイトは先に出てて」
川……そういえば、夢に川が出てきた気がするな。
確かにせせらぎの音が聞こえる。このせいだろう。
あちこち痛いの続行中か~…とほほだな、と思ってたんだけど、そうだ。
「あ」
「うん?」
「ええと…あの。……今さらになっちゃったけど、昨夜はいろいろとお世話になって……」
「なんの世話だ」
「なんのって、えっと……なんか本物? の、エーデルポーションを飲ませてもらったし、あなたも汚しちゃって」
「ポーションはべつに気にせんでもいいが、なんのことだ?」
またことりと首を傾げられて口ごもる。
高価だろう本物のエーデルポーションを飲ませてもらった上に! あんたの服を!! 汚したでしょうが!!!
――なんて、逆ギレするとか失礼過ぎてできないけどさ、大人なんだからそこは察してくれよ…!
「だから、その…いや、ヴィントさんのもだけど、ルーファスネイトに抱えられたときに……」
ごにょごにょ口ごもると、ようやく合点がいったのか、「ああ」とうなずいたルーファスネイトがにこやかに言ってくれやがった!
「俺が抱えているときにおまえが漏らしたことか。ははは、べつに気にしないさ。ゴブリンや不死兵の返り血に比べたら、汚くもなんともない」
「も、漏らすもなにも、あれは血だったし! さすがにそこといっしょにして欲しくないかな!」
お礼を言うつもりが、結局文句をつけるはめになってしまった!
「うん、そうだな。まあどちらにしろ生きていれば誰でも出すものだ。気にするな」
「気にする! ぜんぜんちがうでしょ!?」
なんて大雑把なんだ…!
この人の神経というか繊細さとかそういうものは、この美しい容姿を作るためにぜんぶ使われちゃったに違いない!!
「あなたが飲ませてくれた本物のエーデルポーション代も、いつになるかわかんないけど、分割できっと返すから!!」
「あれはもらい物だから気にせんでいい。おまえに飲ませてやることができて良かった」
いや、気にするよ……。
大らかというかなんというか、本当に惜しげもなくって感じだなあ。心から言ってくれてる様子で頭を撫でられて、照れくさいよりも心配になった。
ヴィントといいルーファスネイトといい、お人好し過ぎない? 変なやつにだまされなかったらいいけど。
「そ、その、わかった。ほんとにありがとう。もういいから、ルーファスネイトは外に出ててっ」
「そうしよう。今仲間内で一番暇なのは俺だから、何かあれば声をかければ良いぞ」
一番暇ってなんでだ?
不思議に思ったけど、聞くことでもないか。
追い出すみたいになったのに、やっぱり怒りもせずにルーファスネイトがテントを出たとたんに「支配者」が解除されて、またチラチラといろんなマナが視えるようになったけど、ずいぶんましになってた。おかげでもうさっきみたいな不安感はなくなったから、ありがたい。
「はぁ…」
それに、ルーファスネイトに説明を求めても無駄ってのはわかった。まず自分で頭の整理をしないとな。
溜息をついて、枕元に置いてあった水をもらう。
改めて周りを見たら、思ったより広いテントだった。
床にもわざわざ大きな羊っぽい毛皮が敷かれていて、これは…ルーファスネイトのやつかな? 上等な生地の黒くて長い外套を毛布みたいに被って寝ていたらしい。
ハーブを使った虫除けの優しい香りがほっとする。獣避けさえ入れなければ、こんなほっとする香りなんだなあ。
そりゃそうか……。あの人たちに襲い掛かる度胸のある獣なんかめったにいないだろうしね。虫だけ避けてりゃなんとかなるんだろう。
……悔しくないぞ。俺だっていつかはそうなってやるし。




