3-2-2 殺意と暴力 ②
本日1話目の投稿です。
「へえ、意識がある状態じゃ意味がねえのか」
ただ小さくなって怯える俺を見下ろしてジッドが感心したように頷く横で、ノウマンがふわふわと飛んできた折鶴…小鳥を受け取って開き、にやっと笑った。
背中がぞっとするような、初めてこの男をおぞましいと感じるような…そんな表情で。
「さて、サトル・ウィステリア君。君はさっきまで花のように可憐なお嬢さんといっしょにいたらしいな」
まさか……。
凍りついた俺に、いっそう表情を嬉しそうに歪めたノウマンがことさらゆっくりと膝をつき、鼻が触れそうな距離で言った。
「私の仲間が見つけたそうだ。あいつらはゲドで拾ったゴロツキでね。可憐な少年少女が大好物で、どんなに言い聞かせても楽しみを諦めようとはしない。だがまあ、その悪癖さえ目を瞑ればとても頼もしく役に立つものだから、私としても重宝していてね」
ゲドだと…!?
大きな氷が腹に落ちた気がした。
通称で穢されし者の街…聖都ジークハースや、王都サリギランの罪人の収監場所でもあるって噂の町だ。
そんなところで拾った輩だってだけで、想像がつく。
「……やめろ……」
息と一緒に、かすれた声が漏れた。
「殺すなとだけは言ってある。ああ、手足も…目や耳もか。あまり傷つけると価値が下がるから、そこは心配しなくてもいい」
「あの子に触るなと伝えろ!」
「それはもう遅いだろう。生きて会えることを待ちなさい。なに、君と同じだ。多少怪我をさせてもパーツが欠けてさえいなければ、傷にポーションを入れて商品価値も元通りさ」
「ふざけるな!!」
恐怖も憎悪も壊して、怒りが俺の中から噴き出した。
なにか、なにか方法は…なにか!
くそ、使えるスキルがない! こんな状態で交渉なんて役に立たないし!
「ふざけてんのはてめえだろうが!」
また蹴られたけど、めまいも痛みも無視してすぐに起き上がる。
鬱陶しい鼻血を袖で拭いながら閃く。収納は!? 生きた人を入れたら、生きた状態では展開できないって言ってた!
「うおッ、てめえ!」
殴られながら掴んだジッドを収納しようとしたけど、だめだ、弾かれた!
なんでだよ、アイテムボックス! こいつらも飲み込んでくれよ!!
早く、早くここを出ないと、早く!!
俺と関わったせいで、俺のせいで、あんな幼い女の子が、そんな惨い目に遭うなんて絶対にダメだ!!
ベイルの大きな手に頭を掴まれた。
みしっと音がして鼻から大量の血が流れたけど、俺は怯まずに鉄板のような腹を蹴りまくる!
そのうちの一発が股間に当たったらしく、唸るように丸まって呻いたベイルが血走った眼をして俺を壁に叩きつけやがって、意識が飛んだ。
………なにか、水が、流れて………?
「おい、殺すんじゃない。……残念だが、瀕死にしても変わりがないな」
「その鞄を持ってなきゃ、呪いも発動しないのか?」
「……殺して奪えば早いものを」
「ああ。残念ながらこれの存在自体が鍵のようだ」
ぼんやり目を開けたら、またエーデルポーションの匂いがした……。頬を伝った分を舐め取る。
口の中にも流れ込んできて、ぐらぐらして外れそうだった歯のあたりの痛みがましになった。
短時間に何度も深い傷と回復を繰り返したせいか、体力が危険ゾーンに入ったままだ。ガクガク震える腕に苦労しながら上半身を持ち上げると、股の間が生温かくなっていた。
やべ、漏らしたらしい。小便にしては変な色…血か? 自分で止められない。
起き上がるつもりががくっと崩れて、その拍子に胸元からちゃりんと鍵が零れ落ちた。ソロモン・コアだ。
「ん? なんだ、それは」
ノウマンが気づいた。ジッドに視線で指示して、こっちに来させる。
とっさに鍵を握りしめて後ずさると、その手を力ずくで開かれてあっさり蹴り転がされた。
「先に裸に剥けば早かったな」
「ほかになにか持っているか?」
「わからん。おい、動くな」
「はな、せ…!」
胸元を掴まれて、一気にボタンが千切れ飛ぶ。
やめろ、こっちじゃ服は簡単に買えないのに!
ばあちゃんが縫ってくれた服なのに…!!
「いやだ、やめろよ…!!」
「うぜえな、動くな!」
バンっと耳と一緒に殴られて、痛くて抑えたいのに手が動かせない。
必死にもがいた腰を巨人族の大きな手に掴まれて、熱く痛む腹と腰骨が軋んだ。馬鹿力過ぎる!
「背骨は折るなよ」
腰骨も折ってほしくないよ!!
ベルトを抜かれて、そのままズボンと下着も引きずりおろして投げ捨てられたけど、この下にはもうなにもない。
それがわかったらしく、ベイルが舌打ちして掴んでた俺の太ももを離し、ジッドがソロモン・コアを掴んで紐を千切ろうとした。
「痛い…!」
「あ? 革紐じゃねえのか?」
不審な顔をして今度は短剣で切ろうとするけど、切れない。
「なんだこりゃ?」
「……当たりかな?」
「これか。文字通りの鍵だったとはな」
ジッド、ノウマン、ベイルが顔を見合わせて頷き、ソロモン・コアを俺の頭から抜こうとしたけど抜けない。
「おい、わかってるだろうな?」
低い声でジッドに脅されたけど、俺は頷かなかった。
「鍵がわかったんだ。売って足が着くのも面倒だし、さっさと殺せばいいだろう」
「待て。こいつが死んだらその鍵も機能しなくなるかも知れない」
「じゃあどうする? 飼うのか?」
面倒そうなジッドとベイルに答えて、今度はノウマンが来た。ジッドの手からソロモン・コアを取って、勝利を確信した顔で俺を見る。
「自分で外せるんだろう?」
……たぶん、外せる。
でも、これは俺だけのものだ。サーチのときの説明でも、「俺専用装備で、『盗む』『強奪』完全無効。万が一手放しても必ず手元に戻ってくる」って表記にあった。
それがどんな意味を持つのか、俺は知らない。
ぐっと首を掴まれた。
籠手が食い込んで痛い。
「外せ」
「あの子の無事を…確かめてからだっ」
ノウマンを睨みながら必死で言ったけど、返事は強烈なボディブローで、また血反吐を垂れ流して蹲る羽目になった。
「もう一度内臓を潰そうか? あんまり強情を張ると、『小娘を死体にして持ってこい』の指示に変えるぞ? あいつらは兄弟のせいか仲が良くてな。どんな狭い穴倉に隠れるときも二人じゃないと淋しいそうだ。せめてパーツがそろっていればいいな?」
「ははは! おかげであいつらの後は穴にしたって役に立たなくなってるよな!」
「ほかの連中の口は小さい。歯はいらんからちょうどいい」
皮肉っぽく片眉を上げて肩を竦めたノウマンに、ジッドとベイルが愉快そうに笑う。
この、ゲス野郎どもが…ッ!!
テレビのニュースでしか見たことがないような悪党だ、こいつら!!
無意識に肘をついて起きようともがく。
それだけでまた下半身が粗相したけど痛すぎて恥ずかしいもくそもない。
ろくに腹筋もついてないような柔らかい腹へ繰り返された暴力のせいだ。俺が弱いから!
悔しい…家を出る前にもっと……。
「外す気になったか」
もっと、鍛えておけばよかった! はしゃぎ過ぎたんだ、俺は!!
のろのろとソロモン・コアを持ち上げると、なんの抵抗もなくするりと俺の頭を抜けた。
あぁ……なんでだろう。今、初めて丸裸にされた気分だ……。
「よし! おい、その鞄をよこせ」
「また手が焼けたりしねえか!?」
ノウマンがうれしそうに、ジッドが警戒して、ベイルは…ベイルだけが、俺を見ていた。
憎い。怒りと憎悪が身体の中心から熱になって吹き上がる。これは、力だ。
この身体に生まれて、なんとなくは感じていた精霊たちの命のかけら…マナがはっきりと形となって四肢の隅々にまで伝わっていく。
四大元素だけじゃない。光と闇、六つの属性すべてのマナが俺の身体からマグマのように湧き出てきた。




