2-4-1 森の家へ、とぼとぼ… ①
本日3話目の投稿です。
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この深き森には、いくつもの顔がある。
草原に面した浅いところは柔らかな木漏れ日が美しい穏やかなところ。
草原との境界辺りは緑の草玉と青の草玉もちらほら出るけど、多いのはホーンラビットの白だ。この辺りは駆け出しでもがんばれば倒せる。
奥に進んでいくにつれて、草玉はオレンジか赤に、ホーンラビットもまだら模様の個体で少し大きく、強くなっていく。ほかにもこのあたりからはラスルサっていうほとんど鹿に近い魔物と、フォレストボアが出る。
ラスルサは俺の知ってる鹿より一回り大きくて、角は黒くて鋭い。顔も怖い。
フォレストボアは草原のグラスボアより一回り小さい濃淡のついた緑色で、こちらの方が小回りが利いて素早いかな。直線だとグラスボアの方が早いと感じたけど。
ばあちゃんといっしょに住んでいた小屋への道を外れたら、ゴブリンが出始めるのもこのあたりだ。
そして深くまで行くと、草玉は赤と黒だけになるし、ホーンラビットも濃い体色のすごく強いヤツだけになる。ラスルサは姿を消して、太く固く突き刺すのに特化した角を持つタイラントルサが出るんだ。
元の体毛は茶褐色だけど胸毛と腹毛が長く垂れ下がっていて、長く生きた個体は森に同化するように苔が生えて緑になる。こうなるともう魔物っていうより、森の神様って感じだ。
ほかはゴブリン、それより大型のホブゴブリンと、魔法を使えるゴブリンマージや、攻守ともに強くなったゴブリンロードも出るって聞いた。
あとはフォレストボアも強くなってるし、一番深部には緑の斑の美しい体毛が特徴の恐ろしい魔物、ラスクミオが出るらしい。見た目は緑の豹だ。ラスクミオはその美しさから好事家からの生け捕り依頼がちょくちょく出るそうだけど、難しいそうだ。
警戒心も強いし、そもそも深き森の精霊に近い種族でも上位の魔物だから当然かな。
そして浅い場所から深い場所まで共通して出現するのが、木の姿をした魔物のトレント。浅いところでは膝の高さぐらい、そこから森の深部に進むにつれて宿木と同化しながら大型化していく。
一番大きなものは、「ユグドラシル」って呼ばれていて、これはゲームでも一周目ではとうとう見つけられなかった。ばあちゃんは魔物のことも昔話のようにいろいろ教えてくれたけど、ユグドラシルはばあちゃん曰く伝説になっていて姿を見た者はいないそうだ。
もしいるなら見てみたいなぁ…なんて、今の俺じゃ考えるのもおこがましいな。
我ながら子どもらしくない苦笑が浮かんだ自覚はある。
重い足を動かして、俺は地面ばかり見ていた視線を少し上げた。
……やっぱり、規制されているのかも知れない。森に入ってからしばらく歩いたけど、ここまで誰かに会うことはなかった。
魔物はちらほらいるけど、猫歩きと隠蔽の効果が高いらしくて気づかずのんびり過ごしてる。
小鳥の声を聴いて、風がもたらす葉擦れにたまに意識が向くけど、それだけだ。
あの小屋を発ったときは、とにかく町が、人里が恋しかったのにな……。
溜息をついて、また俯いて歩く。
ばあちゃんと住んでいたあの小さな家は、ずいぶん森の深い場所にあった。
それなのに、俺の記憶に恐ろしい魔物に遭ったことは残っていない。
それもソロモン・コアのおかげなのか、それとも森の魔女オウルと呼ばれたばあちゃんの守りなのか、それはわからないけど。
ただ、こうしていると思い出そうとしないと出てこなかったこの身体の育ての親、オウルばあちゃんとの思い出が一歩一歩、歩くたびにぽろぽろと俺の中に降り積もってきた。
……そう、浮かび上がるんじゃなくて、心の中に降り積もってきたんだ。
それはまるで溶けない雪のように。
自分の赤ん坊時代を覚えてる人って、どのくらいいるんだろう。
俺は俺自身の赤ん坊時代なんて、ほとんど覚えていない。ただ断片的な風景がまるでおぼろげな写真のように記憶の中にあるだけで、それを時系列順に並べることも難しいのに。
この身体の、サトル・ウィステリアと呼ばれた少年の記憶は、やけにはっきりと視えた。
始まりの日。
俺は暗くて寒い森の中、空から降ってくる雪を見上げてただ力なく泣いていた。
死にかけた仔猫のようなか細い声を聴いたばあちゃんが、魔法ランプを片手に見つけてくれた。
抱き上げてくれたあたたかな、そしてかさついた手の記憶。
捨てられた子への同情と、厄介ごとだ、迷惑だ、でも見捨てられない。魔女でも何でもない、ただ一人の人間の、オウルという老女の人間性のすべてがむき出しになっていたあの目……。
母乳が出るはずない。それなのに用意してくれたあの乳はなんの乳だったのか。
少し大きくなってから聞いたときには「森がわけてくれたんだ」って言ってたっけ……。
十歳になるころやっと教えてもらえたのが、鹿と馬の雌から分けてもらったって。
どちらも魔物なんだろうなっていうのは、なんとなくわかる。だって森には普通の動物はいないからね。




