1-4-2 解体作業はもうタイヘン! ②
本日22話目の投稿です。
「皮を剥ぐなら冷やした方がやりやすい。水魔法を使える仲間がいなけりゃ、札を使え」
札ってなんだろうと思ったら、サイモンさんがポケットから水色の栞みたいなのを取り出して、ぶちっと水色と白の組み糸を千切った。
ぶわっと冷気が広がってグラスボアを包む。
すごい、一気に冷えた!
ほかにも弓を使うときはなるべく一撃で心臓か目から脳を狙うこと。これは毛皮を傷めたらその分買取価格が下がるからだそうだけど、そんな一撃必殺の腕はないから精進あるのみだ。
そしていよいよさばき方なんだけど、情けないことに俺は直視できずに「うっ」と来てエルフィーネに背中をさすられてしまった……。
大型の獣をさばくのは、慣れないと無理だ!!
「こら、しっかり見ねえか」
「は…はい…うう」
「サトル、無理しないで」
「そこは根性入れて無理しろ。冒険者になるなら、仕留めた獲物を自分でさばけねえでどうする」
そ、そのとおりです!
「ざっくり言うが、四つ足の獣は大体どれも同じさばき方でいい。腹からまず縦、それから四肢に向かって切る。深さは季節によって脂肪のつき方で変わるが、そこも慣れだ」
逃げ腰になってたら、吊るしたグラスボアの前に近くにあった木箱を足で寄せられて、猫の子みたいにひょいとその上に立たされた。
これ、俺の身長がサイモンさんの胸まで届くかどうかで、教えにくいからだろうな…うっぷ。
「最初に腸と膀胱は肛門周りをくり抜いて引き出す。膀胱と腸は絶対に破るなよ。破って中身が肉にかかったら、かかった部分を全部切って捨てることになるぞ。内臓と血も新鮮なうちはソーセージにできるから、もし使う場合は一つずつ丁寧に、必要なけりゃこうやって掴んで引きずり出して下に落としゃいい」
「う゛…ッ」
そう言いながら、生温かいぐにゃっとしたのを掴まされて、また後ろから俺の手を使うようにして実践された!!
む、…むりぃ…!!
ごついナイフ? 短剣?? で、腹から四肢にかけて切り開いて、グラスボアの下に置いたでかいタライにいろんなものがぼたぼたと落ちたあたりで、俺は流し場に縋り付いて悪酔いしたダメサラリーマンみたいになった!
「ったく、しょうがねえな。嬢ちゃん、続きはできるか?」
「はい。教会に食料として持ってきてくださる方も多いので、慣れています。穴の開いていないところは使えると思いますから、皮も剥ぎますね」
「よし、任せたぜ。必要な道具があったらそこから勝手に使え」
「はい、わかりました」
えええ、シスターなのに、エルフィーネ、マジか!? 生まれ育った環境の違いだろうけど、逞し過ぎない!?
かわいそうでお魚さばくなんてできない☆ なんて言う子より、将来はよっぽどいい奥さんになると思うけども!
出るものがなくなってから恐る恐る見たら、エルフィーネは細腕に見合わぬ慣れた手つきでさっさと中身を抜いて、皮も器用にするすると剥ぎ…あ。
ここまで来たら、吊るした牛肉とか豚肉っぽいかも……? それにグラスボアって、脂が多くて外側は真っ白なんだな。
貧血でも起こしたのか、ぐらぐらする視界の中息を整えてたら、サイモンさんが義足の重い音を立ててのっしのっしと俺のそばに来た。
「そら、口開けろ」
「…?」
なにかわかんないけど、自分より強い相手に従うのって俺みたいなモブの習性かも知れん。
素直にぱかっと開いた口になにか突っ込まれた。なんだこれ、ミントの葉?
「それを噛んで飲め」
次は重くて頑丈そうなマグカップを口元に押し付けられて、のろのろと持ち上げて飲み込む。
「!」
おお、口の中が一気にさわやかに! それに頭もしゃんとした!!
「あ、ありがとうございます」
「ったく情けねえな。ほら、あともう少しでしまいだ」
「はいっ」
よし、復活!
慌てて立ち上がって吊るされたお肉状態になったグラスボアの前に戻ったら、シスターが握るとホラーでしかない血と脂まみれの刃物を片手に、エルフィーネが思わず祈りたくなるような清らかで慈悲にあふれた笑顔で迎えてくれた。
「サトル、よかった。もう大丈夫ですか?」
「う、うん。ごめんね。こんなことさせちゃって」
「わたしは慣れてるから平気ですよ」
な…慣れてる方が怖い!
これは生活環境の違いだ…! 当たり前のことなんだ。
俺が生きてた世界でも、誰かがやってくれてたことだからな!
それとはべつに恐怖を感じたのは、美少女シスターと刃物の絵面がエグ過ぎたせいだから、しょうがないと思う!
「そら、中を見ろ。ここまで空にしたらあとは台に戻して解体だ」
「は、はい」
「まず手足を落として割るんだが、ここから先はもういい。俺がしてやる。おまえはまず小さい獲物をさばけるようになれ」
「はい…」
やっと終わったあぁ……。
項垂れながら肉屋さんに吊るされてる姿になったグラスボアに「ありがとう」って気持ちで触ると、こんなに冷え冷えなのにそこだけすぐ脂が溶けてびっくりした。
こんなに溶けやすい脂なら、食べる以外にも使い道がありそうだ。
「もう戻って構わんぞ」
「ありがとうございます。あの、この核はどうしたら…」
「血と脂を拭いてカウンターに持って来い。魔物の討伐報酬が出る」
「そうなんですね。もしかしてホーンラビットにもあったのかな。取ればよかった」
「次からはそうしな。ホーンラビットの報酬は安いが、足しにはなる」
たとえ安くても、今の俺が無理なく狩れる貴重な魔物だし、次からしっかりもらっちゃおう。
「あとは肉と牙と毛皮だな。ただしこいつの毛皮は下がるぞ。だいぶ穴を開けたからな」
「はい。自分で加工できるものじゃないし、買い取っていただけたら有り難いです」
「肉はどれぐらい買取にするんだ? めったにない出産経験のない若い雌だ。高く買い取るぜ」
あれ、分量を決められるのか。迷ってエルフィーネを見たら、「サトルが決めてください」って言われちゃった。
「美味しいって聞いたんで、食べてみたいんですけど……」
「おう。じゃあその分は引き取りゃいい」
「じゃあ…エルフィーネ。教会に子どもたちがいるって聞いたけど、何人なの?」
「え…今は九人です」
結構な人数だな! それがみんな食べ盛りだったら、食べさせるだけでも大変じゃないか。
「ねえ、もしかしてエルフィーネは、その子たちのために冒険者をやろうと思ったの?」
シスターの女の子なのに、自分がどんな扱いを受けるか知っていて、荷物持ちをする危険を冒してまで?
なんだか悲しい気持ちになって聞いたら、エルフィーネは素直に頷くことも首を横に振ることもできなかったみたいで、困ったみたいに笑った。




