秋と冬
賑やかなお祭りの後で・・・。
神社の秋祭りが終わってだいぶ経ったのに、家に帰らないで石段のてっぺんに座っている男の人がいました。さっき提灯や幟を片付けていた年番の中島さんです。
お酒が入って赤い顔をしています。酔っぱらっているのでしょうか。
中島さんは「あー、どうしたらいいんだろう・・・。」と言いながら、仰向けに寝っ転がって空を見ました。
鱗雲が夕日に赤く染まっています。
ゆかこさんは尋ねました。
「何をそんなに悩んでいるの?」
「ん?彼女と付き合い始めたばかりなのに、転勤の辞令が出たんだよ。」
「そう。」
「プロポーズしたほうがいいのかなぁ。」
「ええ、そうね。」
けれど中島さんの中には「断られるかも。どうしよう。どうしよう。」という思いでいっぱいでした。
「貴方に必要なのはほんの少しの勇気かもしれないわね。」
ゆかこさんはそう言うと金木犀の花びらをパラパラパラッとこぼしました。
澄んだ秋の空気の中に甘やかな芳香が満ちてきます。
中島さんは急に起き上がると「よしっ。当たって砕けろだっ。」と大きな声で叫びました。
お尻の砂をパンパパンと払うと、力のこもった足取りで長い階段を駆け下りていきます。
「あらあら、決心すると早いのね。」
ゆかこさんは西の空の金星に投げキッスを一つ飛ばします。
昼と夜の間の夕空にすっと一筋の雲が流れていきました。
金星もゆかこさんにわかるようにキラキラキランと光りましたよ。
「うううっ、寒くなってきた。やっぱり夜は冷えるわねぇ。」
ゆかこさんはそう言うと、社殿の中に入って行きました。
「今日はあったかいシチューにしましょうか。」
そうですね、ゆかこさん。茸もたっぷりありますね。
木の葉が風に揺れるころ、白い煙がほわほわと夜空に登って行きました。
***
あらあら降ってきましたね。
ゆかこさん、ゆかこさん。雪が降ってきましたよ。
「あら大変っ。集めなきゃ。」
ゆかこさんは大慌てで手袋をして池の側に行きました。薄氷を使って入れ物を作ります。それを雪うさぎの背中に乗せました。南天の赤い目をしたうさぎです。
うさぎはピクンと目を覚まして、ピョンピョコピョーンと跳ね回ります。
「うんうん。この町の雪は尊いわ。」
いったいどういう意味なんでしょう。
するとそこへ学生たちが大勢でやってきました。
手に手に絵馬を持っています。
みんなで絵馬をぶら下げたのに、一人の男の子だけがまだ絵馬を握り締めています。
「酒井、早くぶら下げろよ。寒いから帰るぞっ。」
みんなは「寒い寒いっ。」「雪が酷くならないうちに帰ろうっ。」と言って階段を下りて行きました。
「はぁー。」
溜息をひとつすると酒井君はやっと絵馬をぶら下げました。
ゆかこさんが酒井君の中を見ると「僕は落ちる。落ちる。」と悲痛な思いでいっぱいでした。
どうやらみんなで一緒に合格祈願に来たようです。
「まぁ呆れた。貴方には辛抱と努力が必要ね。」
ゆかこさんはそう言うと、むにゃむにゃむにゃと祈りました。
すると小さな雪うさぎたちがピョンピョコピョーンと男の子の襟首に入って行きました。
「うわっ! 冷たいっ冷たいっ!」
酒井君はパッと目が覚めたように、背中の雪を払いながら階段を駆け下りていきました。
「ほらほら、頑張るんですよー。」
ゆかこさんはくすりと笑って手を上にあげました。
凩がブルルンと震えて山を下って行きましたよ。今夜の町は氷に閉ざされそうです。
でもね。雪の下には春の蕾が待機しているんです。
そう、花咲く春を待ってね。
ゆかこさんを信じたら、いいことあるかもしれませんね。