血に染まる月と巫女7
静かな夜の世界。
キラキラと光る街灯に負けず闇夜の中心で気味悪く光る赤い月。
ダークネスの気配はまだ感じない。
何処に居るのかと注意深く探すも姿は見えず、四人は顔を見合わせた。
那智はゆっくりと頷いてスケッチブックを取り出す。
八咫烏が描かれたページを開くと小さく名前を呼ぶ。
淡い光と共に姿を見せた八咫烏は那智の背中を両足で掴むと翼を広げた。
「何か見つけたら連絡してくれ」
地面を蹴ると同時に潤が言う。
墨を零したような空を飛びながら周りにダークネスがいないかと慎重に視線を動かす。
ふと、人影を見た気がして止まる。
耳を澄ますとしゃくり上げるような声が聞こえて地上に降りた。
迷子だろうか?
こんな夜中に子供がいるとは思えないが、もしかすると家に帰れない子かもしれないと声のする方へ進む。
八咫烏に連絡を頼んで路地を曲がると小さな男の子が大粒の涙を零して立っていた。
警戒しながらも怯えない様にと優しく声を掛ける。
「君、どうして泣いてるの?」
鼻を啜り、男の子は那智をジッと見つめた。
小さな拳を握りしめ、俯く。
急にしゃくり上げる声が止み、男の子が顔を上げる。
「あのね、僕ね……オナカガヘッテルノ』
顔を上げた時に見えた表情は、飢えた獣に似ていた。
やっぱりダークネスかとスケッチブックを出すが、男の子の方が早く伸びた影に払い落とされてしまう。
ユラリと歩き出す男の子と距離を取るも、だんだんと追いつめられていく。
小さな口から流れ出る唾液に那智は目を細めた。
何とかしてスケッチブックを拾わなければと隙を探るも、見つからない。
「僕を食べても美味しくないよ?」
一応、言ってみたが無駄らしく男の子は笑みを浮かべて影を伸ばした。
八咫烏はまだなのかと少し焦る。
一瞬だけ空に視線を動かすと隙を狙われ、影が那智の身体を叩く。
勢いよく後ろに飛ばされた那智は壁に背中を強く打ち付け、体内の空気と共に血液が口から流れ出る。
油断しすぎた事を後悔し、痛む身体を引き摺って逃げようと試みた。
その時。
『タスケテ……僕、こんな力欲しくない……」
笑っていた子供は今にも泣きそうになりながら訴える。
まだ、理性は残っているらしい。
理性があるうちに助けようと手を伸ばす。
が、男の子は目を見開いて胸を抑えた。
「あ、っが……うぁ、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ガチガチと歯を鳴らすと大声で叫ぶ。
両膝から崩れ落ちた男の子は苦しそうにもがく。
荒い呼吸を繰り返し、那智に手を伸ばす。
伸ばされた手がひび割れ、全身に亀裂が入った。
ボロボロと破片が落ちて姿が変わっていく。
破片の下から見える黒い皮膚。
悪魔と契約してしまった者の、なれの果てであるダークネスが目の前で産まれようとしている。
婆達が探知した気配は、ダークネスに近づいている人間から発せられたものだった。
真っ黒な姿の生命体は苦しそうな呼吸を繰り返して唸る。
ダークネスになってしまえばもう、助からない。
「……君も、悪魔にそそのかされてしまったんだね?」
悲しそうに言う那智にダークネスは唾液を垂らして近づく。
痛みが酷くて身体を動かす事は出来ない。
「馬鹿だな、君も……母さんも」
馬鹿だ、と繰り返す那智の目にはうっすらと涙が見えた。
紐状になった影が一斉に襲い掛かる。
顔色を変えずに迫って来る影を睨む那智。
風を切る音が聞こえ、影は消滅した。
「那智君、大丈夫?」
右側から走って来る二つの影。
やっと来たかと安心して頷くと、目の前に夜が着地する。
巨大鎌を握った夜は、ダークネスを睨みつけた。
「産まれたてか、さっさと終わらせて帰るぞ」
「あははははっ!そう簡単には帰さないよ」
四人以外の声が響き、一斉に上を見上げると建物の上に誰かが座っているのが見えて警戒する。
まだ、声変わりの済んでいない少年の声に夜は目を細めた。
建物から飛び降りる何者かは、ダークネスと四人の間に立ち不気味な笑みを浮かべる。
真っ白な髪に真っ赤な眼。
アルビノと表現するしかない姿をした少年はみつきの方へ顔を向けた。
「巫女みーつけた」




