町編[4]
[四]
「……そういえば、お前俺になんか用があって来たんじゃないのか?」
さて早速始めるか! と言わんばかりにリルが即興で作ってくれたオイルソースパスタを昼飯として食しながら、ふと彼女が来た時に言っていた用事というものが何だったのか聞いてない事をアランは思い出した。
「え? ああ……。まぁ、あったはあったんだけど、レイナさんがこの調子じゃあ無理っぽいから無かった事にして」
「何だ、姉貴と何か関係がある事なのか?」
リルが姉貴に頼み事……? アランはどういった用なのか気になったが、
「ううん、違うよ。レイナさんは別に関係ないの。ちょっと買い出しの手伝いをアランにして欲しかったのよ」
ああ、なある。用の内容は力仕事か。一瞬納得したアランだったが、ふと、
「でも買い出しなんて俺の手伝い無くてもお前いつも一人で出来てるじゃないか。何で今日に限って……」
当然の疑問をぶつけてみた。だがリルの返答は、
「え? 第二コロニーに行くからに決まってるじゃない。なに言ってるのよ」
と、至極当然の如く、半ば馬鹿にするような口調で返って来た。
「いや……。決まってると言われても、いつもの市場で用が足りるんじゃないのか?」
一瞬少しムッとしたが、何とか自制心で抑えて自分の疑問を再度リルにぶつけてみる。
「あなたね、この町の市場がどうなってるのか知らないの?」
しかし返答は再び自分を小馬鹿にするような口調だった。まぁ彼女が自分以上にこの町についての情報が豊富なのは認めているので、恐らく自分が知らない事が町で起こってるのだろうとアランは割り切る事にした。
「この間、えーと二ヶ月半ぐらい前だったか。北米管区の第八コロニーに久しぶりに流星爆弾が投下されたのは知ってるでしょう?」
リルは呆れ顔ではあったが丁寧に説明し始めた。
「ああ……、確かそんな事もあったような……。だけどそれが何か関係あるのか?」
北米管区と自分達がいる欧州管区は巨大な海を挟んでかなりの地理的距離が存在する。向こうの大陸に流星爆弾を落とされてもこちら側には何の支障も無いと思うが……。リルは淡々と説明を続けた。
「丁度同じ時期におっきい地震があったの、覚えてない?」
「ああ、確かに丘で瞑想していたら背中からどーん、と来たのあったな。結構大きかったよな」
「瞑想じゃなくて昼寝でしょう? 少しは勉強とか何か一つでも良いから打ち込んで見なさいよ」
レイナのように引っ叩いたりしなかったが冷たい視線がアランの瞳孔を刺した。アランは続きをどうぞと言わんばかりに手で続きを促した。リルの説明が再開する。
「それでその地震の原因なんだけど……。落ちたのよ、アレが」
「アレって……?」
「スターダストよ。しかも超特大級の。第八コロニーへの投下で吹き飛ばされたやつが無重力帯軌道上に乗ってこっちに落ちて来たのよ」
「えぇっ!? マジか!」
自分でも素っ頓狂な声になってしまったと思い若干恥ずかしかった。だが実際驚きだ。スターダストは流星爆弾の爆発で吹き飛ばされた破片の事だが、それが海を越えてやって来るとは……。こんなビックニュースを二ヶ月以上知らなかった自分がなお一層の事恥ずかしい。そんな事をほぼ無視して彼女の説明は続いた。
「それでね、落ちた場所が問題なのよ。……線路の上だったのね」
「え……? という事はこの町は今、コロニーから切り離されてる状態なのか?」
「正解。だからこの町、今すっごい物資不足なのよ」
話がだんだん飲み込めて来た。
欧州管区には地上連合(G.U.)政府が指定する七つの政令指定都市『コロニー』が存在する。アラン達が住むこの町はその内の一つである第二コロニーと西欧縦断鉄道で繋がっているのみで、それ以外の連絡手段は旧街道の荒れ道一つである。
物資輸送の要であった鉄道の線路にスターダストが飛来して、線路が破壊されたとなると、この町はほぼ陸の孤島になったも同然だ。
「最初の内は備蓄とか町内生産でまかなう事が出来たんだけど、さすがに二ヶ月以上となると市場もスッカラカンになっちゃって。政府や鉄道会社は復旧作業を進めてるらしいんだけど、なにせ人口が減って来てるからすごい人手不足なんだって。それで作業が進まなくて今もまだ開通してないのよ」
「なるほど、それで市場にモノが無いから買い出しを手伝えって言ったのか……。ん? お前さっき第二コロニーに行くとか言ってたが、まさか歩いて行くんじゃないだろうな」
「そうよ。だってそれ以外方法無いじゃない」
本気か? 本気なのか? とアランは頭の中ではこの言葉のみが無限にエコーしていた。
(いやこの町から第二コロニーまでって、歩くと往復で一週間以上はかかる。ん? あれ? だったら買い出し費用よりも旅費の方が高く付きそうな気がするのだが、それでは何とも本末転倒というか何と言うか……)
色々考えている様子を見てリルは補足説明をし始めた(俺ってそんなに顔に出やすいのか? とアランは思ったが)。
「旅費は大丈夫よ。政府から流爆補助金が出てるから」
ああ、なるほどそれを使うのか。アランは瞬時に納得した。
現世界において、病死を除いて人類の死因ナンバーワンは流星爆弾を起因とする死亡だ。焼死・爆死・圧死・失血死を始め、第二・第三次災害まで含めると一個の流星爆弾の裏で死んで行く人間の数は露知らずだ。
政府は流星爆弾が投下されて生活をする上で支障をきたす事態になった場合、必要最低限度の補助金を出してくれるようになっている。それが『流星爆弾補助金(略して流爆補助金)』だ。
本来の使い道は治療費や修理費と言ったものだが、まぁ物資調達の為の旅費に使っても問題は無いだろう。だがアランにとって問題はそこではなく。
「………本気で歩くのか?」
彼の関心はもっぱらこの事のみだった。しかし、
「うん。レイナさんの体調が良くなったら行くから、頭の片隅にでも置いておいてね。じゃあ私そろそろ戻るから、レイナさんにお大事にって言っといて。じゃあね!」
そう言ってリルはまたも錆び付いたドアを開け、バタン! と音を立てて帰って行った(帰ると言っても部屋は隣だから何とも言えないが)。
一方残されたアランはふとレイナの部屋のドアをすっと開け、彼女の様子を確かめると、
「……姉貴、治んのもう少しだけ待っててくれねぇかな……」
はぁ、と胃の底からため息を出し、本気で懇願するような口調でアランはそう言った。




