町編[9]
[九]
舞い上がる粉塵と火の粉の中を、どうにかしてシェルターに飛び込む事が出来た後は、アラン自身記憶が途切れ途切れとなっていた。
シェルター内にいた軍医がその場に残っていた医療器具で最低限の治療をリルにしてくれたが、リルは吐く息も切れ切れに額にジトっと脂汗を滲ませて、苦悶した表情で痛みに耐えていた。
空爆自体は半日程で終わり、例の如く天人は地上に姿を現す事無く長空へと帰って行った。
──第二・第三コロニーに天人の飛行艦隊襲撃──
このニュースは欧州管区全土に留まらず、各地方管区へと海を、大山脈を越えて即日入電された。
死者四十八万五千人、行方不明者十七万人という圧倒的被害を被った二つの都市は、最早再建不能という段階までボロボロに焼け落ちてしまっていた。第二コロニー発展の象徴であったシャルル・ド・ゴール経済特区の、エトワール凱旋門は、その新古典主義調のデザインを残す影も無く瓦礫と化していた。
その後、連合政府は今回の天人との交戦を『欧州管区防衛戦』という名称にすると正式に発表し、欧州・アフリカ・ロシア三管区合同防衛作戦に落ち度は無かったと統合幕僚府の見解を政府公式見解とする事を示した。しかし、その正式名称において果たしてこの戦が防衛と言うに相応しいのか甚だ疑問が残った。
政府は索敵機能の強化と、新兵育成の為若者に対して軍への入隊を改めて呼びかけた。
町にアラン達が戻るのにはそれから一ヶ月の時間を要した。リルの容態が安定するまでという難民村の軍医からの意見もあるが、リルを抱えて旧街道を再び南に下るのは事実上不可能な為、欧州縦断鉄道が復旧するのを待ったのだ。
帰りの道中、リルは終始車窓に見える変化のない緑色の草原を眺めていた。
そのすぐ横に座っているアランは、ただただ抜け殻のようになったリルを眺めているだけである。あの日以来、リルは必要最低限の事以外、周囲に決して口を開こうとしなかった。
「……リル」
アランはリルに声をかけた。
リルからの反応はない。アランは続けた。
「守ってやれなくて、すまなかった」
瞬間、リルの肩が少し振れた気がした。
「俺が……、あの時会話に気が集中していなけりゃあ、お前の足は……」
「……ち、違うわ」
絞り出すような声につられ、アランは、はっ、としてリルの顔を見た。
リルは──泣いていた。頬に一筋の涙が流れる。
「リル……」
「アランは……、悪くない。私の、不注意……だから」
リルは顔をアランの方に向けていった。
「アランが自分を責めることだけは、やめて」
それを聞いたアランは、自分の拳を強く、指が食い込むほどに握り、自分の無力さを改めて実感したのだった。
町に戻った二人は、駅の出口でその凄惨な光景を目にし、立ち尽くした。
「なんだよ……、これは」
「うそ……でしょう?」
二人の故郷『パンニファ』は、第二コロニー同様に破壊し尽くされていた。
ここに戻る前、第二コロニーの復興省都市復興局に問い合わせたところ、欧州管区内の地方都市も被害甚大であると聞いていたが、これほどまでとは二人とも想像していなかった。
「……アラン? アランよね?」
不意に目の前から自分を呼ぶ声がした。アランは目を凝らしてその声の主を探す。
「姉貴っ!」
「アラン! 無事だったのね!」
アランの姉、レイナ・ペイゾンは黒く汚れた作業着を身にまとっていたが、それを気にすることなく、アランに駆け寄って抱きついた。
「よかった! 第二コロニーが壊滅的だって聞いたから、もうダメかもって」
「姉貴こそ、よく無事だったな!」
二人はお互いの無事を確認しあった。レイナは不安から解放されたのか、目に涙をうかべて笑っていた。
「レイナさん! 無事だったんですね!」
その後すぐに、リルがレイナに駆け寄った。だが、あまり上手く走れない。その姿を見て、レイナはどうしたのかと不思議に思った。
「リルちゃんも無事だったのね! でもどうしたの? なんだか足がもつれてるみたいだ……け、ど」
レイナは近づいてくるリルの足を見て、ぎょっとした様子だった。当然だ。リルにはもう人間の足はないのだから。
「リルちゃん……。あなた、そんな」
レイナは口を両手で押さえ、ショックのあまりわなわなと肩を小刻みに震わせていた。
両足をひざ下から全て政府支援で貰い受けた義足を身につけ、リルはレイナの前に立った。
「へへっ。えっと、びっくりしちゃいましたよね? ごめんなさい」
と、リルは言い、レイナの前で一礼した。
「こんな体になっちゃったけど、心配しないで。私、全然気にしてませんから」
車内でのアランの反応に影響されたのか、リルは打って変わって前向きな姿勢を示した。だが、レイナはそんなリルの様子を見て、リルをガバッと抱きしめた。
「えっ、レイナ……さん?」
「リルちゃん!」
レイナは、リルとともに抱き合いながらその場に座り込んだ。そして、
「泣きたい時は、泣いていいのよ。いつでも、私に頼って」
リルは予想外の反応に驚いたが、何かの糸が切れたのか、堤防が崩壊すように激しい嗚咽とともに泣き始めた。
「──レイナさん! 私の、私の足が……」
しきりにリルは義足を指差していた。鳴き声は町に響くのではというほど大きなものとなっていた。
「リルちゃん……。辛かったよね。我慢しなくていいから。いっぱい泣いてすっきりしなさい」
抱き合いながら泣く二人の隣で、アランはただそれを見ていることしか出来なかった。




