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天空海  作者: 倫 正道
10/11

町編[8]

[八]


 突如コロニー全体に鳴り響いた警報音。

 市場に集まった大勢の人々が互いの顔を見合わせたり、辺りを見回したりと挙動不審の態度を取った。アランは両腕に食材や日用品の荷物を目一杯に抱えていたが、なんとか顔を品選び中のリルに向ける事が出来た。

「リル、買い物は一時中断だ。シェルターに行くぞ」

 アランは抱えていた荷物を地面に置き、リルに避難行動を促した。リルは顔を上げてアランの方に向ける。垂れ下がった前髪をさっとかきあげ、冷静にかつ簡潔に述べた。

「第一種警報ね。ここからだと東部第二シェルターが近いわ。行きましょう」

 アランはこの冷静さに少し驚いたが、今はそう言う場合ではないのでリルの手を引き、人間津波が起こりかけている市場を何とか抜け出せる事が出来た。

 コロニーを東西に切り裂く大通りに出ると、武装した駐屯軍が一列になって住民をシェルターに誘導していた。恐らく日頃の訓練の成果だろうか、多少の緊張状態ではあるものの冷静さを欠く事無く秩序立っての誘導が出来ている。アランとリルはその列に加わり、シェルターを目指した。

 すると前方から続々と大量の装甲車両が流れ込んで来ている。所属エンブレムは欧州管区陸軍だった。

「ということは第三コロニーからの援軍か……。にしては大・中破車両も多いような……」

 欧州管区軍の本部はここから北東の第三コロニーにある。アランはその事実から第三コロニーからの援軍だと考えたのだが、兵士達は何処と無くやつれていて、いかにも敗走して来たと言わんばかりの様相だった。

 すると頭上から拡声器を使って陸軍の将校が避難民に、現在の状況を端的に述べた。

「住民の皆様、そのまま列を崩す事無く秩序を維持して避難を行ってください! 現在我が欧州管区軍は侵攻軍に対し四つの防衛線を敷いて応戦していますが天人の第二コロニー侵攻は時間の問題となっています! 急いで! 所持品はなるべく少なくお願いします!」

 聞くに状況は芳しく無さそうだ。見ると城壁の対空砲は全て北東の空を刺していた。

「第三コロニーはもう陥落してそうね……。他管区の軍も集まってるわ」

 リルが指す方に目を向けると、空には無数の戦闘機が旋回飛行をして待機していた。

「将校は詳しく言ってなかったけど、多分そうだろうな。防衛線も大分突破されてるんじゃないか?」

「多分ね。本部の軍が敗走して来てるところからして、さっきの将校さんが言ってた情報はもう古いかも知れないし……」

 リルはそう言うと胸の前で腕を組み、頭を斜めにして考える素振りを見せた。

「でもまぁ酷くやられたもんだな。どんな兵器使えばこの数の軍用車両を破壊出来るんだか……」

「そうね、あの装甲車の壊れ方を見ると天人は三八型サンパチ流星爆弾と低雷ていらいを使ってるわね」

「……え? テイライ?」

 まさか答えが返って来るとは思っていなかったアランは、リルの方に顔を向けた。リルは補足説明を続ける。

低空空雷ていくうくうらいの事よ。七年前の上海防衛戦で天人が使った兵器なの。超高度から落とされて限りなく低い位置で爆発するのが特徴で、被爆した物体には散弾みたいに無数の貫通痕が残るのよ。ほら、あの自走砲なんか蜂の巣みたいになってるじゃない」

「……へぇ。お前よくそんな事知ってるな」

 アランがリルの顔を覗いてみると、リルは少しばかり頬を赤らめて「まぁね」と一言呟いた。

 しばらくそのまま何も話す事無く、列に並んで歩いていたが、突然リルが意を決したようにアランに質問した。

「アランはさ、自分の将来の事とかって何か考えてるの?」

「この状況であまりに唐突な質問だな」

 アランの言う事は実に正論だ。生死が懸かっている状況下でそんな会話は普通しない。だがアランはこういう話をする事で生きる気力が湧くと何処かで聞いた事があったので、もしかしたらリルはそれを実践しようとしてるのかも知れない。そう考えてアランはこの話題に乗る事にした。

 しかし、アランは口に出来る事が無かった。散々考えた挙げ句、アランは頭を右手で掻きながら言った。

「……何も考えてないな」

 アランはリルを横目で見た。どんな顔をしてるのかと思ったが、予想外にアランの返答に対してとても納得している様子だった。

「うん、知ってる」

 と、リルは微笑んで言った。

「アランがもし将来の自分なんか考えてたら流星爆弾受けるよりも衝撃だったわ」

「酷く言われたもんだな」

 クスっとリルは笑った。

「でも、本当に何も考えてないの?」

 この投げかけに対し、アランは目線を上に泳がせて、少し悩むような素振りを見せた。

「……うん。将来何になるかって聞かれても、もしかしたら明日自分は流星爆弾で死んでるかも知れない。今日みたいに、いつ天人の襲撃を受けるかは分からない。この世界で将来を考える事程、空しいものは無いだろ?」

 そうやって肯定形式の疑問文で返答を締めくくると、再び二人の間に沈黙が降りた。シェルターまではあと二キロメートルと言った所だろうか。

 そのままでも別に良かったのだが、会話の終わり方が何とも後味悪かったので、アランは再び話題を提起した。

「そういうリルは? 何か考えてないのか?」

 無論先ほどの続き、『己が将来』の事だ。しかし質問してからしばらくの間、リルは何の反応も示さなかった。

(聞き逃したのだろうか……)

 そう思ってアランが同様の質問をしようとした瞬間、リルは顔をアランに向けた。

 アランは一瞬面食らったが、リルが何か言うのだろうと思い、そのまま待ったが、口をモゴモゴさせるだけで中々言おうとしなかった。それでもあくまで数秒程の事であったが、やがてその口をスッと開けて言った。

「私ね、国防大学校に行こうと思ってるの」

「えっ」

 アランは率直に驚いた。その言葉が彼女の口から出て来るとは思っても無かったからだ。

「何でまた……」

 アランは理由を求めた。するとリルは視線を大通りに向けた。そこには先ほどまで通っていた装甲車は無く、代わりに炭坑で勤務する労働者のようにススに塗れた非戦闘員達が、下を向きながら列をなして歩いていた。

「……難民か?」

「多分、ね。第三コロニーの人たちよ。アランは一年でどれくらいの数の人々が、ああやって難民になって行くと思う?」

 いきなり社会的な問いかけだ。アランは妥当そうな数字を頭の中で吟味し、「九◯万……、ぐらいか?」と答えた。

「桁が違うわ、一昨年の連合政府発表だと、約四◯◯万人よ」

「え……? そんなに?」

 自分の知っている知識では、地上連合政府が公表している総人口は三億二◯◯◯万人だ。その内の約一・二パーセントの人々が難民として生活していく事になる。しかも一年での増加数だ。人口に占める難民の数は計り知れない。

「……年平均で四◯◯◯万人近い人々が天人による攻撃で命を落としてるの。最近は減少率もピークを越えたけど、このままだったら私たちは最悪あと八年で絶滅してしまうわ」

 リルの声色は天人に対する怒りを隠し切れていなかった。だがリルはその蒼い瞳に理性をしっかりと残し、軽く深呼吸して心を落ち着かせてから話を続けた。

「……私はね、軍医になりたいの。天人の攻撃で何もしていない、何の恨みも悪意も持たないし持たれた事の無い人々が死んで行くのは、もううんざりなの。そんな人たちを出来る限りの助けたい。その為には国防大学校の医学科に進学するのが、一番近道だわ」

 アランは何も言えなかった。

 リルが、彼女がこれ程までに自分の内面の事を語る事が今まであっただろうか、いつものリルとは少し違うようにアランは感じた。

 だが、それもリルだと彼は思った。だてに十六年来の幼なじみをやっている訳では無い。いつもと雰囲気の違うような事を言っていても、自分の考えをしっかりと持っている。それだけはいつもと何ら変わっていなかった。

 アランは、フッ、と笑った。突然そう言う反応を見せたのでリルは不思議そうにこちらを見つめて来た。

「いつ行くんだ?」

「えっ?」

 アランからの問いかけに今度はリルが面食らったようだ。リルは当惑そうだったがアランは続けた。

「地上連合国防大学校。確か北米管区第八コロニー、旧シカゴにあるだろ? 自宅通いじゃ無理だ。……下宿するんだろう? 来年にはもういなくなるんだ。せめて送別会ぐらいはしてやりたいから」

 リルの夢を心から応援してやろうとアランは思った。

 今になって思ったが、幼なじみと言えどいつまでも一緒にいるという保証はどこにも無かった。しかし、自分の感覚に反して時代の流れは思った以上に早いようだった。

「アランは……」

「ん?」

 急にリルは口を開け、何かをボソッと呟いたようだった。

 しかし、─その声は瞬間掻き消された。

 シェルターまで後七◯◯メートルと言った所だった。スッと大通りに薄暗い影が落ちる。雲ではない、しかし太陽の白い光は地上に届かなくなっていた。

 途端に響く重低音。どこからかガラスの割れる音が聞こえ、大通り沿いにある建物群にその音が乱反射してシェルターに向かう避難民や装甲車の列をあらゆる角度から襲った。

 アランは吹き荒れる音と風の中、前髪を押さえつつその空を見上げた。

 

 ──アランは身震いした。

 

 長空を占める流線型の白いフォルム。左右に伸びる主翼には大規模推進エンジンを一基ずつ搭載し、船体の至る所には対艦戦を想定したような連装砲が取り付けられている。

 しかも、数は一つではない。同型艦か、それ以上の戦闘艦が大艦隊を為して続々と第二コロニー上空へと高度を下げていた。


「同じだ……、十七年前と」


 突然アランの頭の中に十七年前の記憶が鮮明に映し出された。何度も見ているあの夢以上に、ありとあらゆる物が現存在するが如く網膜に投影される。

 そこに映し出されていた空を支配する巨大な化け物と、今自分の頭上にある戦闘艦はまるで同じだった。


 瞬間右顔半分が何かに照らされた。

 右耳の鼓膜がパチンと破れる音がした。

 巻き上がる粉塵、爆風にアランの体は横に三回転して止まった。

 

 ──流星爆弾。


 刹那の感覚の中、アランは無意識にそう思った。大通りには均整のとれた円が黒い影を落とし、生き物の焼ける臭いが辺りを包み込んでいた。

 ドン、ドン、という音が近くでも遠くでも聞こえて来る。時刻はまだ十二時前、しかしコロニーは夜のように暗く、夕日のように橙色に染まっていた。


「……リル?」


 アランは名前を呼んだ。彼女はすぐに見つかった。だが返事が無い。うつぶせに倒れ、グッタリとしていた。

 死んでないないのは分かった。息も、鼓動もはっきりしていた。ただ、何かが違った。


「──っ!?」

 

 リルの両足からは、ドクドクと深紅の血液が流れ出ていた。リルの両足は、太ももから下が完全に無くなっていた。

「リルっ! おいっ! しっかりしろ!」

 足はどこにも見当たらなかった。切断面は決して奇麗ではなく、吹き飛ばされ、千切れたようになっていた。そのような中でも、天人は流星爆弾の投下を止めなかった。

「くそっ!」

 空をキッと睨みつけた後、アランは素早くレイナを抱きかかえ、幸いにも閉ざされていなかった地下シェルターへと向かった。

 途中幾人の人々がアランの焦げて破れかかったズボンの裾を掴んだような感覚がした。人間の断末魔を聞いたのは恐らくあの日以来だろう。

 アランは荒んだ光景を目の前にしながら、爆風に巻き込まれる前にリルが発した言葉を思い返していた。途切れ途切れではあったが、微かに聞こえた声をアランは頭の中で反芻し続けた。


 ───アランは、天人の事をどう思っているの? 親殺しの相手を、恨んではいないの?───


 アランは、ぎゅっと唇を噛んだ。聞こえない右耳に、リルの吐息は全く聞こえなかった。だが、体温は確実に生きている事を現在進行で教えてくれた。

 しかし、リルの体温が下半身の方から冷えて行く感触はシェルターに近づくほど大きく感じた。

 血の匂い以上に肉が焼け、焦げて行くような悪臭の中を、アランは突き進んで行った。


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