本を買う理由
今回から、作品のジャンルを変更しました。
理由は簡単です。
エッセイしか書いてないからです(笑)
今日、私は本を二冊買った。
小説などを読む時は、最近は電子書籍で読むことが多い。
だいたいの作品は一回読んだら終わりだし、置く場所も考えなきゃいけない。
図書館の本を自分のベッドに置いて読む、というのもなんとなく嫌なのである。
パパには、
「話題作は本屋で買え。面白かったらワシも読めるし、その後すぐ売れば、人気のある本ならいい値段で売れるから」
と言われる。
いや、そこまでする?(笑)
一方、ハウツー本などは、わりと普通に本屋で買うことが多い。
いつでも手に取れるし、気になったところにペンでさーっと線を引いて、ページの角を折っておけば、すぐに見返せる。
使いたい時に使えるのだ。
よく買うジャンルは、雑談やコミュニケーション、気遣いや人間関係について書かれたものだ。
私?
そう。
困ってません。
悩んでませんね、そのジャンル。
では、なぜそのジャンルの本を買うのか?
普通は、悩んだり困ったりしている人が、それを改善するために答えを求めて買うものだと思う。
しかし、私は違う。
ネタ探しです。
ソフィーのラジオ配信で話すネタを仕入れるために買う(笑)
もしくは、美容院などで私の面白いお話を聞いてくれる皆様に向けてだ(笑)
だいたい、こういう類の本は、
「当たり前のことを、なんでそんなに偉そうに語ってるの?」
という内容か、突っ込みどころ満載の内容だったりすることが多い。
万が一――絶対ないと思っているが(笑)――ためになることが書いてあれば、さも自分が考えたかのようにしゃべる。
反対に、
「おいおい……」
という内容の場合は、
「こんなことを書いてる人がいるけど、いやいや違うから。まったく分かってないわ」
などと言いながら、私の持論のほうが素晴らしいと語る。
つまり、どう転んでも使える本なのだ。
私は、小説を読む時は真摯に娯楽として楽しみながら読む。
けれど、この類の本を読む時は、
「こんな本を書いてる人より、私の持論のほうが素晴らしい」
というスタンスで読んでいる。
最初から教えを請おうと下から読む気などなく、上から目線で読んでいるのである。
我ながら、相当痛いとは思っている……。
ところがである。
今日、たまたま家にいた息子が、私の買ってきた二冊の本の裏表紙にある著者プロフィールを見ていた。
何を見ていたのか聞いてみると、学歴を見ていたようだ。
「学歴が書いてない。博士課程とか取ってる人が書いてるならまだしも、こいつら何にも学歴書いてねえじゃん。大したことねえぞ、きっと」
と言い出した。
ここにも痛いやつがいた……。
カエルの子はカエル?
いや、違うな。
この親にしてこの子あり……だな。
痛い親子ですんません。




