第2話:頭上に浮かぶ図形(文字)
夢に変な幼女が出てきたその日から、カトーネは観察を始めていた。自身に宿った「謎の権能」について。
(お母様は「"B"」……お父様は「"C"」……)
実は、カトーネは文字が読めない。というかそもそも文字を知らない。そのため、彼女は両親の頭上に浮かぶそれを図形として認識していた。
(この人も、この人も「"B"」だ。ほとんどが「"B"」。じゃあ、お父様の「"C"」って何が違うんだろう……)
カトーネは村に出るたびそれを気にするようになっていた。彼女の体感ではほとんどの人が「"B"」であり、残りが「"C"」。何かしら違いがあるのだろうというのは予想できるが、それが何かまではさっぱりだった。
「カトーネが考え事なんて珍しいな」
「わあッ! びっくりした……脅かさないでよ」
農作業の手が止まり、ボーッとしていたカトーネ。そんな彼女の顔を覗き込み、話しかけてきたのはジュソーという少年だ。彼女にとって彼は村で唯一の同い年であり、1番の友人である。
「――初めて見る形」
カトーネはジュソーの頭上に「"A"」という新たな図形を見た。「"B"」と「"C"」に加えて「"A"」が登場し、彼女はますます混乱する。
「ねえジュソー」
「なんだ?」
「こんな形って見たことある?」
カトーネは今までに見えた図形を手で再現してみるも……これではなかなか伝わらない。そもそも文字という存在自体が希少なこの世界で、子供に分かるはずもなかった。
しかし、流石は「A」というべきか、ジュソーは彼女に大きなヒントをくれる。
「うーん、よく分からねぇけど……今度、礼拝の時に神母様に聞いてみたら良いんじゃね」
(そうだ、村で1番物知りな神母様なら……)
「ありがとジュソー、大好き!」
「お、おう。役に立てたなら良かった」
こうして、カトーネは次の「主曜日」である2日後に向けて行動を開始した。ちなみに、主曜日というのは仕事を休み、教会で神に祈りを捧げる日である。
カトーネが目指したのは、彼女にしか見えない例の図形を現実でどうにか再現すること。他の人にも見えるようにしなければ質問することすら難しい。そこで、彼女は空いた時間を使い、薪の平らな表面に図形を彫り込むことにしたのだ。
主曜日前日の「静曜日」までに、彼女は「"B"」「"C"」「"A"」とそれぞれの図形が彫られた薪を完成させた。文字を知る我々からすればその形は不格好と言わざるを得ないものの、まあ読めないこともない。
(神母様が知ってると良いなあ)
静曜日の夜、カトーネは期待しながら眠りについた。
――――――――――
「神母様!」
「あら、どうしたの?」
主曜日の礼拝が終わった後、カトーネは村の教会に仕える司祭――人々が「神母様」と呼ぶ女に話しかけた。
ちなみに、司祭の頭上に浮かぶ図形は「"A"」。彼女がそれを見たのは先日のジュソーに続き2回目だ。
「これが何か知りませんか?」
そう言ってカトーネは例の薪を司祭に見せる。
「これは……『文字』ね」
ただの平民であるカトーネが文字を彫って見せてきたことに驚いたのか、司祭が文字の存在を明かすまでには少しの間があった。
「文字?」
「ええそうよ。これは『ベ(B)』、こっちは『セ(C)』、最後のこれは『ア(A)』と読むの。普通はA、B、Cの順番ね」
「もしかして、音を形で表せるのですか?」
「うーん、そうなんだけど少し違うわ。文字っていうのはね、単語であったり文章であったり、私たちが普段話している「言葉」を表すための記号なのよ。例えば、あなたの名前――『カトーネ』はこう書くことができる」
「Catône」――司祭は薪の表面を指でこのようになぞった。
「ん、んん?」
しかし、カトーネにはよく分からなかった。
「やっぱり指書きじゃ伝わらないか……仕方ないわね」
司祭はため息を吐くと、顔を上げてカトーネに向き直る。
「ところで、あなたに1つ質問があるのだけれど、いいかしら」
「えっと、何ですか?」
「あなたはどこで文字を知ったの? 私以外にこの村で文字を書ける人はいないはずよ」
この国で文字を学べるのは特権階級である貴族か、聖職者か、その他の魔法使いか。平民であれば都市の大商人くらいなものだ。地方ではそもそも文字の概念すら知らない人間が大多数という有様。
(何があったのか、ちゃんと聞く必要があるわね。場合によっては……)
カトーネの取った行動というのは、司祭がそう覚悟を決める程には突飛なものであったのだ。
「えっと」
司祭の反応に何か良からぬものを感じ取ったカトーネは一瞬言葉を詰まらせる。
「――夢で、天使様に教えてもらったんです」
結果、カトーネは嘘を吐いた。人の頭上に文字が見えることは言わない方がいい――と、なんとなくそう感じたのだ。
「天使様ですって!?」
「はい。その方は確か、エルリアと名乗っていました」
「エルリア……私の知らない御方ね。他に何か仰られていたことはあるかしら」
「うーん」
天使種だと名乗る幼女が突然現れ、訳の分からない衝撃的なことを言うだけ言って、勝手に光と共に消えていった……そんな酷い夢をカトーネは思い返してみる。
「――『選ばれた』とか、そんなことを言ってたような」
「選ばれた」――そのひと言で、司祭はカトーネが神託を受けたことを理解した。
「そうだったのね……。もしそれが本当なら、あなたはこれから主に、天使様に仕えるべきだわ」
話した内容の真偽がどうあれ、カトーネが本来なら知り得るはずのない文字について問うてきたことは紛れもない事実。司祭はこの時、彼女には天使種の下で教育を受けさせるべきだという考えに至った。
「私が、天使様に仕える……?」
だが、そんな司祭の考えはカトーネ本人からしてみれば思ってもみなかったことだ。
彼女は目を丸くし、思わず聞き返してしまうのであった。




