第1話:夢に現れた聖女
聖典歴478年。農家の娘――カトーネは夢を見た。
「あなた、誰?」
彼女がいるのは辺りに何も無い純白の空間。目の前には鳥のような美しい羽を持つ絶世の美少女……いや、美幼女が1人。
「私はエルリア。一介の天使種です」
早速だが、この言葉は嘘だ。
エルリアと自称するこの人物はただの天使などではない。大陸中に広がるアトゥス教ロマーラ普遍教会、その最高権威たる聖女――聖エルクラリアその人だ。だが、なぜかカトーネには正体を隠した。
「天使……様……?」
この世界の人間には様々な人種が存在する。オリジャン(原種)やアグルス(妖精種)、ニャン(短身種)など。
ケルンジュ(天使種)だってその1つに過ぎないはずなのだが……。アトゥス教の伝道師である彼彼女らは、いつしかその信者たちから崇敬の対象になっていた。
カトーネが「様」付けなのはそれが理由だ。
「はいはーい、天使様でーす」
軽い口調でニコニコと笑う聖女。ただただ無垢な笑顔に見えるが、こいつの正体を知っていれば不気味でしかない。
「天使様は私に会いに来たの?」
しかし、純粋なカトーネはそれを感じていないらしい。
「はい、もちろん! あなた……昨日、魔法能力を発現しましたね」
聖女はにこやかに笑いながらカトーネにそう問いかけた。
魔法。それは、物理法則を超越した超常現象の類である。が、それと同時に人間が制御できる技術でもある。
人の身や空気中には「魔力」と呼ばれる魔法の素が存在しており、一部の人はそれを感知し操作することができる。生まれつきの者もいれば、後天的に身につく者もおり、ある日突然魔力に触れられるようになることで魔法が暴発する現象を、「魔法能力の発現」と表現する。
「どうして天使様がそれを知っているの!?」
聖女の問いかけにカトーネは心底驚いた。
事実、彼女は昨日の昼に魔法能力を発現していた。しかし、彼女はそのことを生涯に渡り隠し通すつもりだった。
基本的に魔法使いは特権階級に属する。平民からはあまり好ましく思われておらず、彼女の家も然り。よって、要らぬいざこざを生まないためにも魔法能力は隠した方がいいと彼女は考えていたのだ。
「さて、どうしてでしょーか」
そう言って変わらずニコニコと笑う聖女だが、意味としてはまあ、お前が知る必要はない――と、そういうことだ。
「あなたは神に選ばれた人間です。よく聞いてください。あなたは魔法能力を隠してはなりません」
カトーネの都合を無視し、身勝手にも神託を告げる聖女。
「でも、私はただの農民なのよ。魔法を扱っていい身分じゃ――」
「身分、ですか」
咄嗟に反論しようとしたカトーネの言葉を、聖女は強引に遮る。
「――身分など、どうにでもなるじゃないですか。あなたはもう既に魔法使いなのですよ?」
聖女の言葉は正しい。魔法使いとは貴重な存在であり、それだけで平民とは区別される。だからこそ、魔法使いは平民にはなれない。魔法使いになってしまえば、平民には戻れない。
それがカトーネは嫌なのだが……こいつにそんな事情を汲む気など更々ない。
「あなたが魔法使いであることを隠すと、将来どうなると思います?」
唐突な問いかけにカトーネは困惑する。
思います? などといきなり問われても、ただの農家の娘にすぐ何かが思いつくわけもない。
「時間切れー。正解は、あなたの国が滅亡する――でした!」
カトーネが生まれた国の名は「セーネス王国」。一時は大陸の覇権を争った大国だ。そう簡単に滅ぶことがあるだろうか? その答えは、滅亡の定義によって変わる。
セーネス王国という国が無くなることはないだろうが、現在この国は保守勢力と外国勢力の間で揺れており、外国勢力の手に落ちればそれは一種の滅亡と言えるだろう。
「国が、滅ぶ……」
まあ、そんな小難しいことをまだ幼いカトーネに分かるはずもない。彼女の頭は素直に「滅亡」という強い言葉で衝撃を受けていた。
「はい、その通りです! それが嫌なら魔法使いとしての道を歩むことをオススメします」
そう言ってカトーネに慈愛の微笑みを向ける聖女。
こいつの目的は定かではないが、いい性格をしていることに違いはない。
「て、天使様! 私はどうすればいいの!?」
カトーネはそう詰め寄った。が、聖女は困ったように眉を下げる。
「それは私にも分かりません。しかし、何も与えないというのも可哀想なので、迷えるあなたへ私から『ある権能』を授けましょう。特別ですよ?」
聖女の言葉は非常に胡散臭い。が、だからといってカトーネは抗うこともできない。
真っ白な空間を支配する光が強くなっていく。
「待って、権能って何? 私はどうなるの!?」
カトーネの叫びに聖女が応えることはない。やがて、強すぎる光に当てられ何も見えなくなってしまった。
――――――――――
「……何だったの、あの夢」
カトーネ・ドワルヌ11歳。はっきりと覚えている夢の内容に気持ち悪さを覚えつつ、日の出前に起床。
土地を持つドワルヌ家の娘とはいえ、農民であることに変わりはない。よって、彼女の朝は早い。
「はあ、まあいいわ」
まだ寒さの残る季節ゆえコットを羽織り、寝室を出るカトーネ。彼女の1日は家畜の餌やりから始まる。
「はーいよしよし、いい子ね。いっぱいお食べ。もうすぐ乳が出る頃かな」
餌を食べて満足げな羊のメヘヘという返事を聞いた彼女は、続いて家の井戸へと向かう。朝食の準備だ。
「う、重ぉ……」
2つの桶いっぱいに水を汲み、それを棒に吊るして肩で運ぶ。少女にとっては重労働だが、必要なことだ。
「あら、おかえり。マウ・セーリェ(私の愛しき娘)」
扉が開く音を聞いたのか、炊事場から優しげな女性の声がする。既にカトーネの母――エリベルが朝食の支度を始めていたのだ。
「ただいま。マウ・マーナ(私の愛しき母)……ッ!?」
そんな母の姿を見たカトーネは一瞬、信じられないものを見たという顔で固まる。なぜなら、彼女の視界ではエリベルの頭上に「B」という文字が浮かんでいたからだ。
(まさか)
その文字は魔力と似た質を持っていて、カトーネ以外に見えることはない。彼女もそのことはすぐに察していた。それと、この不思議な現象には確かな心当たりがあった。
(――天使様が言っていた『ある権能』って、もしかしてこれのこと……?)




