第42話 帰すための声
帰るための機体には、帰すための声がいる。
旧式バルカンの試験から、十日ほどが過ぎていた。
その間、俺は何度も格納庫へ呼び出された。最初にやらされたのは、五枠から弾薬カセットを出す位置の確認だった。床に印を置かれ、右、左、半歩前、少し高め、と何度も出し直す。給弾口との距離が少しでもずれると、ジンは端末を見ながら舌打ちし、アリアはその横で角度と誤差を全部記録していた。
次は腕の可動範囲だった。旧式バルカンの主腕だけが整備架に吊られ、俺は操縦席の仮フレームに座らされた。右腕を残したまま左腕を給弾姿勢にする。左腕を固定したまま右へ射線を振る。撃つなと言われても、画面の中では何度も小型標的が足元へ入り込んできた。
ジンは図面を広げたまま、「そこに出せ」「今度は左腕を残したままやれ」「カセットの向きがずれてる」と何度も言った。アリアはほとんど表情を変えずに、残弾、温度、姿勢補正、俺が見落とした警告表示まで記録していた。
俺が見せられていたのは、部品ごとの調整だけだった。
主腕は旧式のまま使う。背中のリロードユニットは外す。五枠から出した弾薬カセットを、機体側で受ける。そこまでは聞いていた。だが、全体がどういう形になるのかは、最後まで見せられていなかった。
十日目の午後、ジンに格納庫へ呼ばれた。
「とりあえず、立つ形にはなったぞ」
その言い方が、すでに嫌だった。
格納庫の奥では、整備架の中に黒い機体が収まっていた。旧式バルカンの面影は残っている。薄い胴体、必要最低限の脚、火器ユニットの塊みたいな太い主腕。そこまでは、前に見た機体と同じだった。
だが、主腕の下に細いサイドアームが増えていた。背中には、外されたリロードユニットの代わりに分厚いサポートユニットが収まっている。旧式バルカンの薄い胴体に、別の機体の臓器を無理やり押し込んだような形だった。
そして、主腕にも、サイドアームにも、同じバルカン砲が載っていた。
「……待て」
俺は目を細めた。
「腕が増えてる。いや、増えてるのは手じゃない。主腕の二基だけじゃなく、細いサイドアームにも同じバルカンが載ってる。これ、合計四基だろ。普通、腕を増やすなら手を付けないか。掴めるやつ。持てるやつ。せめて人間の手っぽいもの」
アリアは端末から目を離さず、表示されたサイドアームの断面図を少し拡大した。
「サイドアーム自体には、最低限の作業能力があります。補給箱の持ち上げ、外部ハッチの開閉、軽車両の牽引、倒れた人間の引き寄せ。その程度なら、出力と耐久は足りています」
「なら手でよかっただろ。そこまでできるなら、最後に掴む部分を付ければいい話じゃねえか」
アリアの指が止まった。
端末の光が、彼女の横顔に細く乗る。
「本来の汎用機なら、その判断になります。ですが、この機体は汎用機として作っていません。リゼルさんがこの機体を出す時点で、回収や作業を落ち着いて行える状況ではないと判断しました。敵が近く、退路が細く、ホバーへ戻る時間を買う必要がある。その状況で優先されるのは、掴む能力より、近づけさせない能力です」
「……それで、手の代わりにバルカン砲か」
「はい。先端がバルカン砲ですので、細かい作業には向きません」
「向きません、じゃないだろ。自分で言ってておかしいと思わないのか」
横でジンが肩を揺らした。
「おかしいに決まってるだろ。だから普通の機体じゃねえんだよ」
ジンは端末を弾き、バルカンの周囲に射線表示を出した。主腕二基。サイドアーム二基。四基のバルカンから伸びた赤い扇が、格納庫の床と壁を切り分けていく。
「お前の使い方だと、こいつを出す時点で作戦は崩れてる。狙撃位置が潰れた。ホバーへ戻る線が細くなった。味方を引いて帰る必要が出た。小型が足元へ入ってきた。そういう時だ。そこで必要なのは、箱を持つ手でも、素材を拾う指でもない。あと二方向、敵を近づけさせない火線だ」
ジンの指が、赤い扇の外側をなぞる。
「主腕二本だけだと、正面と左右のどこかを選ばなきゃならない。選んでいる間に、足元へ入られる。だがサイドアームがあれば、主腕で進路を切りながら、別の角度を塞げる。お前が全部を完璧に撃つ必要はない。敵が通ってはいけない場所を減らす。それだけで、生き残る時間が伸びる」
「言ってることは分かる。分かるけど、やってることは馬鹿だぞ」
「馬鹿だな」
「認めるのかよ」
「認める。だが、筋の通った馬鹿だ」
アリアが表示を切り替えた。四系統の射線が重なり、今度は味方表示と退避経路が重なる。赤い扇の中に、黒く抜けた空白がいくつかできた。
「四系統の射線を通常操縦で管理することは不可能です。人間が見て、選んで、撃つには情報量が多すぎます。ですが、リゼルさんの場合は、戦闘補助とナノマシンによる反応補正があります。そこへサポートAIを中継すれば、限定的な同時制御は可能です」
「限定的って言葉、すごく嫌なんだけど」
「完全制御ではない、という意味です。あなたが四基のバルカンを全部操作するのではありません。味方、退避経路、回収対象、遮蔽物の裏。撃ってはいけない場所を指定してください。サポートAIは、その空白を避けて、残った範囲を埋めます」
「つまり、俺は全部撃つんじゃなくて、撃っちゃいけない場所を決めるのか」
「はい。その方が、あなたの判断に合っています。リゼルさんは敵を倒すことより、退路と味方位置と損失を気にします。なら、全火線を手動で振るより、禁止範囲を先に決めた方が事故が減ります」
「便利そうに聞こえるな」
「便利です。ただし、弾薬費は増えます」
「そこだけ急に現実へ戻すな」
ジンが笑った。
「普通なら弾が先に尽きる。お前なら、金が先に尽きる。そこは安心しろ」
「何一つ安心できねえよ」
「だが、生き残れる」
その一言だけ、妙に重かった。
俺はもう一度、漆黒の機体を見上げる。
太い主腕。細いサイドアーム。その全部にバルカン砲。どう見ても馬鹿の機体だ。だが、馬鹿なりに筋は通っていた。少なくとも、俺がどこで死にかけるかを考えて作られている。
「じゃあ、もう一つ聞くぞ」
俺は主腕を指した。
「なんでこっちはこんなに太いんだよ。サイドアームは細く作れてるじゃねえか。どうせなら主腕も細い方が軽いし、速そうだし、見た目も新型っぽいだろ」
アリアとジンが、同じタイミングで少しだけ視線を逸らした。
「デザインでは」
「デザインだな」
「二人そろって嘘をつくな」
ジンが面倒くさそうに顎を掻いた。
「古い規格だよ。銃身、給弾、冷却、反動吸収を腕部にまとめてる。腕って形をしてるが、実際は火器ユニットの塊だ。太いのは見た目の問題じゃない。昔の設計思想そのものが、腕に全部詰め込む形なんだよ」
「最初からそう言えよ」
「夢がねえだろ。黒い機体に太い腕。馬鹿みたいな銃身の束。そこにはロマンがある」
「今さらロマンで隠せる段階じゃねえだろ」
アリアが淡々と補足する。
「旧式規格ですが、悪い点ばかりではありません。構造が単純で、火器系統の共通化がしやすい。今回の追加バルカンも、主腕側の設計を流用できたから成立しています。完全な新規設計にしていれば、十日ではこの形まで来ていません」
「なるほどな。じゃあ、今の技術ならもっと細くできるのか?」
「できます」
ジンが端末を操作した。
図面の主腕が変わる。太い腕が消え、代わりにサイドアームと同系統の細い新型火器腕が肩から伸びた。軽い。速そうだ。関節の動きも滑らかで、見た目だけなら一気に別機体になっている。
横に数値が並んだ。
重量低下。応答速度向上。冷却効率改善。整備性向上。悪くない。かなり、悪くない。だが、次の項目で目が止まった。
重心補正、再計算。
反動分散、再設計。
背部ユニット、追加調整。
姿勢制御、要再学習。
「……これ、腕だけ変えれば済む話じゃないな」
「当たり前だ。ロボットは腕だけで立ってるわけじゃねえ」
ジンが鼻で笑う。
「太い主腕は古いが、重い。重いってことは、反動を受ける場所にもなる。お前の機体は背中のリロードユニットを外して、そこにサポートユニットを入れてる。もう元のバランスじゃない。そこへ主腕まで細くしたら、射撃時の反動も、前後の重心も、姿勢制御も全部見直しだ」
アリアがサイドアームの位置を拡大した。
「サイドアームは火線の追加だけではありません。背部リロードユニット撤去後の前後重量差、連続射撃時の反動、姿勢補正、それらを受けるための調整にも使っています。見た目は細いですが、単なる追加武装ではありません」
「つまり、この細いやつ、見た目より大事なのか」
「はい。かなり大事です」
「じゃあ、主腕まで細くすると?」
「腕部性能は上がります。ですが、機体全体のバランスは悪化します。補正は可能ですが、再設計費、調整費、実地試験が追加されます」
「そこは先に言えよ」
「聞かれませんでしたので」
「そういうところだぞ」
俺は新型主腕の図面をもう一度見る。
性能はいい。理屈も分かる。最先端っぽくて、たぶん強い。でも、妙に細い。強そうではあるが、俺が見たかったバルカンではなかった。
「……やっぱ細いとださいよな……うん。ださい」
アリアの指が止まった。
「そこですか」
「そこだろ。細いバルカンとか、なんか違う。性能がいいのは分かる。でも俺が欲しいのは、そういう賢そうな機体じゃない」
「性能は上がります」
「ださい」
「調整すれば実用化できます」
「ださい」
「費用はかなり増えます」
「それは嫌だ」
「では、採用しない理由は費用で記録しますか」
「違う。ださいからだ」
ジンが吹き出した。
「お前、そこは譲らねえのか」
「譲らない。バルカンは、太い腕で、銃身の束で、火力の塊だからいいんだよ。小綺麗にまとまったら、それはもう別の機体だ」
ジンは笑ったまま、端末に指を滑らせた。
「まあ、結果的には都合がいい」
「結果的に?」
「旧式なのは腕部の規格だ。中のバルカン砲まで古いままじゃねえ。銃身も、給弾制御も、冷却も、全部いじってある。見た目は昔の太い腕だが、中身は別物だ」
図面上で、主腕の断面が開いた。太い腕の内側に、弾薬カセットの受け口が二つ並んでいる。一つは銃身束の真後ろ。もう一つは、その下側へ半分沈むように収まっている。どちらも、五枠から出した弾薬カセットを直接差し込むための受け口だった。
「この太さにも意味がある。主腕は、弾薬カセットを二基分抱えられる」
「二基分?」
「そうだ。片方を撃っている間に、もう片方を待機させられる。完全な連続給弾じゃねえが、切り替えやすく工夫してある」
俺は太い主腕を見上げた。
ただ古くさいだけに見えていた腕の中に、弾薬箱を二つ呑み込むだけの空間がある。旧式の箱みたいな構造だからこそ、余裕が残っている。
「じゃあ、サイドアームは?」
「一基分だ。細いからな。同じバルカンは載せてるが、主腕ほど弾は抱えられない。あっちは長く撃つ腕じゃない。抜けてくる角度を塞ぐ腕だ」
「主腕まで細くしたら、その余裕も消えるのか」
「消える。軽くはなる。反応も速くなる。だが、弾を抱える場所は減るし、反動を受ける重さも減る。お前が欲しい“数秒長く撃てる火線”からは少し離れる」
俺は新型細腕の図面をもう一度見た。
性能はいい。たぶん、数字だけ見ればそちらが正しい。だが、撃ち切った後にまた外から弾を差し込む必要があるなら、あの小型に足元を食われた時と同じところへ戻る。
「……なら、太いままでいい」
「だろうな」
「見た目もそっちの方がいい」
「結局そこも残るのかよ」
「残る。大事だろ」
ジンは肩を揺らした。
「じゃあ決まりだ。旧式規格の太腕に、最新式の銃身と給弾制御と冷却を押し込んである。でかい。重い。だが弾を抱えられる。お前の使い方には、その方が合ってる」
「おい。今、すごく嫌な言い方をしたぞ」
「その分、弾薬も高いけどな」
「そこを先に言えよ」
「最後に言った方が効くだろ」
アリアが端末に何かを入力した。
「主腕は旧式規格を維持。理由は、外観上の嗜好」
「書くな」
「では、士気維持」
「もっと嫌だ」
「では、既存規格維持による反動制御安定性、および操縦者の心理的適合性を考慮」
「急にまともにするな」
「記録なので」
アリアが端末を見たまま補足する。
「専用弾薬です。通常規格より単価は上がりますが、銃身寿命、発射安定性、熱処理、射線補正の面では優れています。安い弾薬を大量に撃つより、結果的に命中と制御の安定性は上がります」
「結果的に、って言葉も嫌なんだよ。単価は?」
「見ない方がいいです」
「見る前提で話せ」
「では、見てください」
表示された数字を見て、俺はしばらく黙った。
「……弾薬まで高級仕様かよ」
ジンが笑う。
「世界で一機だけの専用機だぞ。安く済むと思ったのか」
「思ってない。思ってないけど、見たくなかった」
「だが、生き残れる」
俺は、しばらく完成したバルカンを見ていた。
背部のリロードユニットはない。代わりにサポートユニットが詰め込まれ、その奥に、俺が横になれる程度の狭い空間が残っている。
そこは、もともと俺が寝床にしたかった場所だった。
バルカンは、基本的に使わない。ホバーで動き、狙撃スーツで撃ち、危なくなる前に帰る。こいつは崩れた時にだけ出す高額な保険で、普段から乗り回す機体じゃない。なら、外で一晩越す時の装甲宿にできた方がいい。そう考えていた。
だが、アリアの答えは違った。
「寝床として使えるようにはしています。ただし、外で一晩を越すなら、監視、通信、敵接近警告、緊急起動、味方識別が必要です。戦闘時には四系統の射線整理、サイドアームの補助、禁止射線の管理、姿勢補正にも使います。どうせ搭載するなら、寝床の安全管理と戦闘補助を一つの中枢でまとめた方が合理的です」
横になれる隙間はある。だが、その周囲には補助ユニットが詰まり、配線と冷却管と小さな警告表示が並んでいた。監視付き、装甲付き、緊急起動付き。外で眠れる場所ではある。だが、使う時はだいたい死にかけている。
「高級宿のつもりだったんだけどな。最高級棺桶じゃねえか」
「撃てる棺桶です」
「最悪だろ」
ジンが横で笑った。
「最高級だぞ。撃つたびに宿泊費も燃える」
「もっと最悪じゃねえか」
太い主腕。細いサイドアーム。その全部に、バルカン砲。
戦うための機体なのか。逃げ込むための箱なのか。寝るための棺桶なのか。
たぶん、全部だ。
「……馬鹿みたいな機体だな」
アリアが端末から目を上げる。
「はい。ですが、あなたの運用には合っています」
「否定はしないんだな」
「できません。設計思想としては、かなり極端です。通常運用には向きません。素材回収にも向きません。弾薬費も重い。整備費も軽くありません。ですが、リゼルさんが必要としているのは、通常運用で便利な機体ではなく、崩れた時に帰る道を作る機体です」
ジンが笑う。
「よかったな。世界で一機だけの、お前専用の馬鹿だ」
俺は漆黒の機体を見上げた。
嫌いになれなかった。
「じゃあ、試験表示だけ出すぞ」
ジンが端末を弾くと、バルカンの周囲に赤い線が走った。四基のバルカンから伸びる射線が、格納庫の床と壁を切り分けていく。そこへ青い味方表示、黄色の退避経路、銃身温度、残弾予測、姿勢補正、損耗予測、交換推奨部位が重なった。
画面がうるさい。
いや、うるさいどころじゃない。どこを見ても数字がある。赤がある。警告がある。味方を撃つなという表示と、敵を止めろという表示が、同じ場所でぶつかっている。
「……これ、戦いながら見るのか?」
「見るだけならな。実際はそこに判断が乗る。撃つ、避ける、弾を替える、味方を巻き込まねぇようにする、帰る道を探す。ついでに、金が燃える音も聞く」
「目が足りねぇよ。敵を見て、味方を見て、弾を見て、温度を見て、壊れそうな場所まで見るのか。戦ってるのか整備見積もりしてるのか分からねぇだろ」
「だから普通は嫌がるんだよ、こんな機体。強いか弱いかじゃねえ。扱いきれるかどうかだ。火線を増やした分だけ、操縦者の頭に流れ込む情報も増える。お前が一人で全部抱えたら、敵に撃たれる前に表示で死ぬ」
「表示で死ぬ兵器、欠陥品じゃねえか」
「欠陥品じゃねえ。単独運用に向いてねぇだけだ」
その言葉に、喉の奥が引っかかった。
単独運用に向いていない。
つまり、俺一人では、この馬鹿みたいな機体をまともに動かせない。
アリアの指が端末の上を滑った。
重なっていた表示のいくつかが消える。味方識別だけが残り、退避経路が一本に絞られた。赤い射線の一部に、黒い空白が入る。
「リゼルさんが全ての射線を見る必要はありません。撃つ場所を全部選ぶのではなく、撃ってはいけない場所を決めてください。味方、退避経路、回収対象、遮蔽物の裏。そこを外せば、残りはサポートAIが埋めます」
「簡単そうに言うなよ。それでも多いだろ」
「多いです。ですから、あなた一人で完結させる設計にはしません。あなたは操縦と最終判断に集中してください。表示の整理、味方位置、退避経路、弾薬消費、銃身温度、損耗から出る修理費の概算は、管制側で拾います」
「管制側って……」
俺が言い終える前に、アリアは端末を胸の前で持ち直した。
画面の端に、新しい登録欄が開いている。
操縦者の欄には、俺の名前が入っていた。
その下にある空欄へ、アリアの指が近づく。
「私が見ます」
短い言葉だった。
けれど、事務的な音には聞こえなかった。
「アリア、お前な。これ、かなり面倒な機体だぞ。危ないし、高いし、撃てば撃つほど金が消える。しかも俺は英雄向きじゃない。勝つための派手な装備より、帰るための装備を選ぶやつだ」
アリアはすぐには答えなかった。
端末の画面には、俺の名前と、まだ空欄の管制登録が並んでいる。格納庫の冷却音が低く鳴り、整備架に吊られたバルカンの銃身が、照明を受けて黒く沈んでいた。
「知っています。危険で、高額で、非効率です。分類上は、かなり悪い装備です。ですが、逃げ道が潰れた時に道を作れます。勝つためではなく、帰るための装備としてなら、リゼルさんの運用に合っています」
彼女はそこで、ようやくこちらを見た。
「私は、最初から英雄を管制したいわけではありません。勝てる人は、勝手に前へ出ます。強い機体を持てば、さらに前へ出る。そういう人は、管制が止めても聞かないことがあります。ですが、リゼルさんは違います。敵を倒す前に、帰る線を見る。報酬より先に、修理費を気にする。勝てる場面でも、次に続かないなら退く。そういう判断をする人なら、こちらが拾った情報を使えます」
「……褒めてるのか、それ」
「評価しています。かなり高く」
喉の奥が詰まった。
勝つためじゃない。
囲まれた時、誰かを引きずってでも帰る時、金を燃やして道を作るための機体。そう言われると、この馬鹿みたいな黒い塊が、妙に自分のものに見えた。
「でもさ。俺は、たぶんお前が期待するような英雄にはならないぞ。派手に勝つより、損しないで帰る方を選ぶ。助けられるなら助けるけど、全部を拾えるとは思ってない。無理なら逃げるし、金が足りなきゃ出撃もしない。そんなやつの管制なんて、面倒なだけだろ」
「面倒です」
アリアは即答した。
「そこは否定しろよ」
「ですが、計算できます」
アリアの指が、端末の縁を軽く押さえた。
「死なない人は、帰ってきます。帰ってくる人は、次も出撃できます。次も出撃できる人は、報酬を持ち帰れます。報酬を持ち帰れる人は、装備を維持できます。弾薬も修理も食費も寝床も、全部つながっています。リゼルさんが帰ってこなければ、どれも次につながりません。ですが、帰ってくるなら計算できます」
「結局、金の話かよ」
「生命維持の話です。お金は、その一部です」
アリアの指が、登録欄に触れた。
空欄に、彼女の名前が入る。
「あなたは、勝ち続ける人ではありません。帰ってくる可能性を上げられる人です。なら、私が見る価値があります」
褒められた気はしなかった。
けれど、切り捨てられた気もしなかった。
「ずいぶん高く買うな」
「買います。稼いでもらいますので」
「俺に?」
「はい。私の管制費と、弾薬費と、修理費と、あなたの生活費まで含めて。帰ってくれば、黒字にできます」
「俺、最初から養う側なのかよ」
アリアがようやくこちらを見た。
端末の光が瞳に映っている。口元はほとんど動いていない。けれど、その顔は、受付の奥から書類を返していた時のものではなかった。
「お願いします。養ってください」
「……そこだけ切り取ると、すごい言い方だな」
「収支計画です」
アリアは表情を変えずに言い切った。
返す言葉が、すぐに出てこなかった。
手が勝手に後頭部へ回る。手袋の硬い縫い目が髪に引っかかり、金属粉の匂いが鼻の奥に残った。格納庫の冷却音が、さっきより近い。
ジンが横で工具を回していた。
何か言いたそうな顔をしている。だが、口には出さなかった。その代わり、バルカンの脚部を工具で叩く。
鈍い音が、整備架の中で返った。
「決まりだな。操縦者一名、開発者一名、管制一名。あと、弾薬費で泣く馬鹿が一名」
「最後のやつ、俺だろ」
「他に誰がいる」
「いねぇな」
俺はバルカンを見上げた。
戦うための機体なのか。逃げ込むための箱なのか。寝るための棺桶なのか。
たぶん、全部だ。
「……最悪だな」
「はい。ですが、帰れます」
アリアは否定しなかった。
登録画面の通信欄が、緑に変わった。
その光を見て、ようやく分かった。
この機体は、まだ動いていない。
けれど、もう一人で帰る機体ではなくなっていた。
アリアは端末を閉じず、そのまま俺を見る。
「リゼルさん。私が、あなたのオペレーターになります」
ここまで読んでくださってありがとうございます。
第2章はここで一区切りとなります。
そして『けんロボ無双』は、ここで一度完結とさせていただきます。
一人で帰るために積み上げてきた装備は、最後に、一人では抱えない形へつながりました。
リゼルが選んだのは、勝つための最強機体ではなく、帰るための機体と、それを見てくれるオペレーターでした。
ここまでリゼルの選択を見届けてくださって、本当にありがとうございました。
もし「この先も読みたい」と思っていただけましたら、ブックマークや★★★★★星評価で応援していただけると嬉しいです。
その反応があれば、続きを書く大きな支えになります。




