第15話 裏に届く窓口
正規の一覧の外側へ。
そこに繋がる窓口は、ただの販売所ではなかった。
ショップ区画の扉を抜けた瞬間、足が止まりかけた。
想像していた店とは、まるで違った。カウンターがあって、商品棚があって、受付がいて、端末で在庫を選ぶ。そういう場所だと思っていた。
だが、目の前に広がっていたのは、店というより工場だった。
天井は見えない。上方には何層もの搬送レールが走り、コンテナが音もなく滑っていく。壁だと思った場所では、巨大なアームが機体フレームを吊り上げ、多軸制御の加工機が金属板を削っていた。
床も、固定されていない。
足を踏み入れた瞬間、足元のプレートがわずかに震えた。次の瞬間、俺の立っている場所そのものが、滑るように前へ動き出す。
「移動用足場に乗っています。降りる必要はありません」
耳元ではなく、視界の端に文字と音が同時に浮かんだ。
案内AI。無機質だが、声色は抑えめだった。軍用のように硬すぎず、商業用のように媚びてもいない。客を選ばない音だった。
俺は動く足場の上で、周囲を見渡した。
壁という壁が、作業場だった。巨大なアーム、多軸制御の加工機、組み上がり途中のフレーム、検査用の光を浴びている装甲板、番号だけで管理された武装ユニット。
人は、ほとんどいない。
いるのは、ロボットと、ドローンと、それらが動くことを前提に組まれた空間だけだ。配送ドローンが頭上を抜ける。小さな羽音が一瞬だけ近づき、すぐに遠ざかる。床下では何かが流れている。低い振動が靴底に触れて、すぐ消えた。
「当施設の製造工程の八割は自動化されています」
案内AIの説明が続く。
「設計、検証、組立、試験運用までをAIが担当します」
八割。十分すぎる数字だ。それでも、全部じゃない。
残りの二割は、何だ。
そう思ったところで、前方の足場がゆっくりと減速した。
そこに、人がいた。
この空間で、初めて見た“人間らしい人間”だった。
白でも黒でもない、装飾を排した機能服。生地は薄く見えるのに、体の動きを邪魔しない形で整っている。安物ではない。けれど、見せびらかすための服でもない。
無駄のない立ち姿だった。背筋は自然に伸び、視線は正確にこちらを捉えている。
顔立ちは整っていた。派手ではない。だが、目を離す理由が見当たらない。表情は平らで、感情を削ぎ落としたというより、必要な分だけを残したような知性があった。
美人だ。
そう認識した瞬間には、もう視線を逸らしていた。長く見てはいけない類の人間だと、体の奥が先に判断していた。
彼女は、こちらを見ると、わずかに顎を引いて会釈した。
「ようこそ。個人契約ですね?」
その声を聞いた瞬間、背中の力が少し抜けた。
当たりだ。
口元が、勝手に緩みそうになる。
声は低すぎず、高すぎない。滑らかで、無駄な抑揚がない。人の声だ。だが、ただの接客音声ではない。現場で使う声だった。
同時に、彼女の背後で複数のウィンドウが展開される。
設計ログ。在庫データ。契約履歴。アクセス権限。個人適性照会。運用候補抽出。
情報の量が多い。だが、彼女の目は迷わない。背後に浮かんだウィンドウの位置を見なくても、どこに何が出ているか分かっているようだった。
AIと、同列で会話している。
いや、違う。
AIの出した情報を、人間の依頼に合わせて切り直す側だ。
「先ほどの案内の通り、当施設では製造工程の大半を自動化しています」
説明は、AIではなく彼女が続けた。
「設計、検証、組立、試験運用。その多くは最適化済みです」
淡々としている。誇張も、卑下もない。ただ、そういうものとして提示している。
「ですが」
彼女の指が、背後のウィンドウを一つだけ止めた。流れていた設計ログが、空中でぴたりと静止する。
「使い手の癖までは、最適化できません」
俺は、無意識に彼女の背後を見た。
並んでいるのは、機体や装備の情報だけではなかった。運用ログ、破損傾向、返品履歴、調整記録。商品として並ぶ前に、何度も使われ、失敗し、修正された痕跡が残っている。
そこまで見たことを、彼女は見逃さなかったらしい。
「そこを補うのが、私たちの仕事です」
なるほど。
ここは単なる販売所じゃない。開発者と、運用者と、使う人間の間に立つ場所だ。
完成品を売るだけじゃない。使えなかった理由まで扱う窓口だ。
「既製品の閲覧ですか?」
彼女の背後で、展示区画の案内が開く。
「それとも、条件指定でしょうか」
条件指定。
その言葉に、喉の奥が少し詰まった。
つまり、一覧にないなら、条件から掘る。場合によっては、作る側へ回す。この空間は、選択肢が多すぎる。
強い装備を買えない俺にとっては、救いにも見える。だが同時に、間違えればそのまま死ぬ場所でもある。何でも選べるということは、何を選べばいいのかを自分で決めなければならないということだ。
今の俺に必要なのは、夢を見ることじゃない。まず、何が駄目なのかを見ることだ。
「……まずは、既製品で」
彼女は遮らなかった。ただ、俺の返答を受けて、背後のウィンドウを一段だけ切り替える。
「自分に、何が足りないかを見たい」
ほんのわずかに、彼女の視線が俺の奥を測った。評価でも、同情でもない。依頼として成立するか。その確認だった。
「承知しました」
足場が、再び滑るように動き出す。
受付嬢の隣を抜けると、展示区画の光が前方に開いた。
正規品を見る。まずはそこからだ。
何が足りないのか。何が噛み合わないのか。それを見なければ、外れ枠にも辿り着けない。
俺は、流れていく展示区画へ視線を向けた。
磨かれた装甲。整列したパワードスーツ。吊り下げられた補助装備。半透明の価格表示。推奨編成と、運用条件。
どれも正しい顔をしていた。
完璧なものほど、俺には遠い。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回はショップ区画と、個人契約窓口の登場回でした。
そこはただ商品を売る場所ではなく、使い手の癖や運用条件まで扱う場所でした。
少しでも「このショップ区画、面白そう」「窓口の彼女がどう関わってくるのか気になる」と思っていただけたら、ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです。
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