第12話 端末に映らない手札
金も信用も装備もない。
それでも、端末に映らない手札だけは残っている。
この世界の端末に映らない、俺だけの手札。
その言葉が、しばらく胸の奥に残っていた。
金はない。信用もない。部隊もない。機体もない。ロボは強いが維持できない。パワードスーツは現実的だが、部隊と信用が要る。
どちらも、今の俺には遠すぎた。
けれど、ひとつだけ、この世界の誰も項目として扱っていないものがある。受付は知らなかった。教官も触れなかった。端末にも登録されていない。
スキル。
そこで、胸の奥に引っかかっていたものが、ようやく噛み合った。
ロボがなくても、部隊がなくても、前に出なくても、俺にはスキルがある。
喉が、わずかに鳴る。
これ、もしかして。今度こそ、無双できるんじゃないか?
そう思った瞬間、胸の奥に少しだけ熱が戻った。剣と魔法の世界ではなかった。勇者にもなれなかった。商人プレイも、初日で潰れた。
だが、俺だけが持っている項目がある。この世界の制度にも、ギルドの記録にも、教官の評価ログにも映らないもの。
ステータスを念じると、視界に半透明のウィンドウが展開された。
スキル一覧。
並ぶ文字は、三つ。
戦闘補助。万能言語。アイテムボックス。
次は、それをどう使うかだ。
まずは、戦闘補助。
意識を向けると、視界の端に訓練ログの断片が浮かんだ。旧式標準機の操縦記録、パワードスーツの同期記録、照準移動、姿勢制御、反応遅延。
そこに、わずかな補正が乗る。
反応速度。姿勢制御。視線移動。危険線の表示。
効いている。
劇的じゃない。身体が勝手に動くわけでもない。敵が遅く見えるわけでもない。ただ、少しだけズレが減る。
入力と反応の間にあった、薄い膜のようなものが一枚剥がれる。見えなかった線が見える。見えていたものが、ほんの少し早く形になる。
地味だ。
だが、戦場なら地味な差で死ぬ。
撃つか、撃たないか。前に出るか、引くか。味方の背中を撃たずに済むか。その一瞬の差だけで、生き残れるかもしれない。
戦闘補助は、使える。
ただし、これだけで無双できるわけじゃない。
次だ。
万能言語。
意識を向けた瞬間、表示はすぐに意味を返してきた。翻訳補助。言語適応。音声理解。文字認識。
悪くない。悪くないはずだった。
だが、講習室の壁面表示も、受付の説明も、教官の言葉も、最初から普通に理解できていた。周囲の新人たちも困っていない。会話が通じない者もいない。
理由は、すぐ分かった。
ナノマシンで代替されている。
この都市では、翻訳も通信も端末とナノマシンが整えている。受付との会話にも、講習にも、日常の指示にも支障はない。
つまり、少なくとも今の都市では、万能言語はほぼ死んでいる。
俺は、喉の奥で変な息を漏らしかけた。
いや、完全に無駄ではないのかもしれない。未知のエイリアン言語とか、古い端末とか、ナノマシンの翻訳外にある情報とか、そういう場面があれば使える可能性はある。
可能性はある。
今はない。
俺は、だいぶ高い保険を買ったらしい。
最後に、アイテムボックス。
ここだ。
ここで巻き返す。
荷物を持てる。安全に保管できる。逃げるときも身軽でいられる。俺が最初に選んだ、一番大きな手札。
意識を向けると、空間の端に黒い枠が開いた。
期待して中を見る。
表示されたのは、五つの枠だけだった。
少な。
枠の横に、小さな「+」がある。触れると、追加枠、拡張申請、必要資源、必要通貨が並んだ。
最後に、見覚えのある嫌な文字が浮かぶ。
課金。
俺は無言で画面を見た。
なるほど。制限付きだが、神スキル。そういうことか。
五枠でも、使い方次第では強い。弾薬カセット、予備部品、修理キット、非常食、緊急用の何か。前線で人より多く持ち込めるなら、それだけで価値はある。
これだよ、これ。
無双ってやつは。
なんでも入る。人に見られずに運べる。必要なときに取り出せる。それだけで、十分。
の、はずだった。
ふと視線を上げる。
講習区画の奥で、ドローンが淡々と荷物を運んでいた。人はいない。誰も触らない。
流通は、完全に自動化されている。
配送ラインに乗ったコンテナが、壁際のレールを滑っていく。端末に表示された番号と、実物の箱が、一秒のズレもなく照合されていた。
人が担ぐ隙間がない。
荷物を持てる。安全に保管できる。逃げるときも、身軽でいられる。そう思って選んだ。
だが、この都市では、荷物は最初から人間が持たない。
壁際のレールを、次のコンテナが通り過ぎる。硬い箱の側面に、補給番号が光っていた。
あれ。
神スキルのアイテムボックスさん。
物を運ぶとか、そういうチート、役に立たなくないか?
こりゃ、無双どころか、商人プレイすら成立しないな。
危うく、声が出そうになった。
抑えた。
叫ぶのは、もう懲りごりだ。鎮静注射で拘束とか、二度は笑えない。
無双もできない。商人にもなれない。
なるほど。
この世界は、金と性能と人数で殴り合う場所だ。
その中で、俺の手札は地味だった。
戦闘補助は、少しだけ効く。万能言語は、今のところ使い道が薄い。アイテムボックスは、思ったよりずっと小さい。
笑えるくらい、選択を間違えている。
胸の奥に残っていた熱が、少しずつ冷えていく。
だが、完全には消えなかった。
戦場の見方だけは、体が覚えている。何百回も、ここで死んできた。何百回も、負け筋を見てきた。
どこに立てば撃たれるか。どこを捨てれば、まだ残れるか。どの瞬間に逃げれば、次の一手が残るか。
それだけは、知っている。
戦闘補助は、その判断を少しだけ早くする。アイテムボックスは、五枠だけでも持ち込める物を変えられる。万能言語も、今は死んでいるだけで、完全に無価値とは限らない。
派手なチートではない。
けれど、全部が死んだわけでもない。
このスキル構成でも、まだ死なずに動ける場所はある。
勝てなくてもいい。最初から、勝ちたいわけじゃなかった。
死ななければ、それでいい。生きて戻れるなら、次を探せる。
俺は端末を閉じ、暗くなった画面を見下ろした。
正規の一覧に、俺の場所はない。
なら、見るべきなのは、その外側だ。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
リゼルのスキルは、どれも分かりやすい無双能力ではありませんでした。
戦闘補助は地味に効く。万能言語は今の都市では使い道が薄い。アイテムボックスも万能ではない。
それでも、完全に詰みではありません。
少しでも「このスキル構成でどう生き残るのか気になる」「間違えた選択がどう武器になるのか見たい」と思っていただけたら、ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです。
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