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わたしの愛しの頑固ジジイ  作者: 黒椿りすこ
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辺境伯爵夫人になったときの話②

 アレグロは先の戦の経験から、隊列を組み直した。


 速攻を重視して前衛を厚くした扇型の陣形から、補給と兵の入れ換えがしやすい、長方形型にしようと、軍事会議で提案した。


 父の右腕をしていたスクリットは、立派な顎髭を触りながら、アレグロの提案を聞いている。


「確かにこれならば、前線の崩れも抑えられるかもしれませんが、隊が縦に伸びすぎると、分断された場合、厄介ですぞ」


「そうだな。真ん中を突かれたら前と後ろに分断される恐れがある。だから、ルートはここを避ける」


 アレグロは地図を指し示しながら、更に続けた。


「……先の戦で兵を多く失った。我らは変わらねばいけない時だ」


 無念さが滲み出た声を出すと、スクリットは同意するように大きく肩を上下させた。アレグロは、鋭い眼差しのまま告げる。


「今は何もかもが足らぬ時、防衛に徹するぞ。陛下から援助の約束も頂いた。滞っていた国境線への防壁建設も進める。よいな」


 アレグロの言葉に軍事会議に出ていた全員が頷いた。



 隊の建て直しのため、アレグロは連日、駐屯地に寝泊まりして、家族のもとには帰れない日々が続いていた。辺境伯爵という地位の重圧に、今、領地は先の戦の爪痕で混乱している。帰れないのは仕方がない。


 そんな彼の元にカノンは暇を見つけて、駐屯地へ通っていた。


 カノン自身も敷地内の作物管理など、領地経営をアレグロの姉のクロッカと共に任されているため、目が回るほど忙しくしていた。が、そこは愛の力である。


 無茶をする夫を諌め、癒すのは妻の仕事! と意気込んでいた。でも、実際は、アレグロの顔が見れなくて寂しかったのだ。


 今日は夜更けになってしまったが、それでも駐屯地へ足を運んだ。三日間、顔を見ていないので、アレグロ不足で末期症状が出そうだ。それに、心配なこともある。


 駐屯地の敷地に入り、外から兵舎を見上げると、最上階の一角だけ、窓から部屋の灯りが漏れていた。他の窓は、暗くなっている。


 カノンは眉をつり上げて、窓を睨み付ける。その部屋はアレグロの部屋だった。


(あの人ったら……やっぱり!!)


 肩をいからせてずんずんと、歩みを進める。兵舎の最上階の角部屋。アレグロが寝泊まりしている部屋に向かい、扉をノックした。


 すぐに低い声で「誰だ?」と、返事が来て、カノンは目を据わらせた。


(この声のかんじ……3日は寝てないわね……)


 夫婦となって五年。幼い頃からアレグロ観察をしてきたカノンは、なんでもお見通しである。キッと睨んで、扉を無遠慮に開く。返事もなく開かれた扉に、アレグロは動揺して顔を上げていた。


 土気色の顔色に、こけた頬。そして何より目の下のくまが酷い。酷すぎる。真っ黒である。


「カノン……?」


 動揺して声を出すアレグロを無視して、ずんずんと突き進む。彼は逃げ腰になった。


 そばまで近づいたカノンは、目をかっぴらいて、アレグロのこけた頬を力の限り両手で挟む。ぐぎっと、彼の首を鳴らしながら、自分の方に向けさせた。


 突然の妻の凶行に、アレグロは目を白黒させる。


「あなた……なんですか、その顔は……いい男が台無しではないですか」


 カノンは笑顔で言った。当然、彼女の目は笑ってはいない。

 アレグロはごくりと生唾を飲み込んだ。


「仕事をおしまいにして、今すぐ寝てください。そんな顔をしていたら、心配でわたしまで眠れなくなります。いいですね?」


 そう脅すと、アレグロは耳をひくっと動かし、頷く代わりに一度、まばたきをした。


 これだけ脅しても、自分が去ったら後にこっそり起きて彼は仕事をするかもしれない。なので、カノンは彼が寝付くまで監視をすることにした。


 アレグロを一人用の簡易ベッドに寝かせて、布団をかけてやる。ポンポンと、子供を寝かしつけるようにあやすと、彼の眉間の皺が深まった。


「俺は赤子じゃないぞ……」


「あら。こうしてやると、子供たちはみんな寝つきがいいんですよ」


 ふふっと楽しげに笑うと、ポンポンと軽く叩いていた手を捕まれた。そして、強い力で引っ張られてしまう。無防備だったカノンはそのままベッドに引きずり込まれ、アレグロの腕の中におさまってしまった。


 狭いベッドなので隙間なく体が密着して、カノンは慌てた。


「あなた……これじゃ、眠りにくいでしょう?」


 ゆったりと寝てほしいのに、アレグロは離す気はないようで、逞しい体躯で自分の体をくるんでしまう。久しぶりの抱擁に、顔に熱が集まる。しかし、安眠優先なカノンは身動ぎして、抵抗した。

 そんなささやかな抵抗をアレグロは許さず、いつもの険しい顔をやめて、カノンに擦りよってきた。


「……一緒に寝てくれ……カノンが一緒でないと、眠れない……」


 甘い台詞に、カノンの頬に熱が集まる。ちらっと上目遣いで、彼の耳を見ると、動いてはいなかった。


(――耳が動いていない……これは……これは、マジだわ……!)


 照れて隠されていない本心を言われて、カノンの方が恥ずかしくなる。羞恥心で身を縮めていると、アレグロはカノンの頬に手を添えて、上を向かせた。


 血の気の引いた顔が近づいてくる。

 甘い雰囲気はふっ飛び、カノンは我に返った。


 別にどんな姿のアレグロでも接吻はできるが、この顔色はさすがにまずい。


 カノンは目を据わらせて、渾身の力で拘束されていた腕を抜く。そして、手のひらをパーの形にして、近づいてきたアレグロの顔を受け止めた。


「添い寝しますから、寝てください」


「………………」


 アレグロはカノンの手首を掴んで、邪魔な手を避ける。


「………………添い寝だけか?」


 添い寝だけです。と間髪なく答えると、彼の眉間の皺が拗ねたように増えた。


 それに照れてしまうが、眉をつり上げ、ぐっと堪える。そして、彼を諦めさせる決定的なことを言う。


「ここでは壁が薄すぎます」


 アレグロの耳がひくっと動く。


 じっと見つめると、諦めたのか深いため息を吐かれた。


 夜、カノンを腕に閉じ込める時だけは、彼は甘く饒舌なのである。隣の部屋で寝ている兵士たちに、恥ずかしい声を聞かせるわけにはいかない。


 カノンは心底、残念そうにするアレグロに微笑みかけ、甘い声で囁いた。


「屋敷に戻ったら、うんと可愛がってくださいね」


 ふふっと笑うと、彼の耳がピクピクっと動いた。


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