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わたしの愛しの頑固ジジイ  作者: 黒椿りすこ
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最終話 わたしの愛しの頑固ジジイ

本日、七話アップしています。昨日の話の続きは「不穏な動きはあるが」からです。

 カノンは戦の勝利の報告を聞いて、いても経ってもいられず駐屯地へ向かった。馬車を飛ばして、中度の医療施設へ向かう。


 傷の手当てでごった返す施設内を、人にぶつかりながら、一つのベッドへ向かった。


「お義母さま!」


 途中、フーガの妻のグレイスに出会う。カノンは蒼白の顔でグレイスの肩を掴んだ。


「アレグロ様は?!」


 グレイスはカノンを落ち着かせるように微笑みながら、こちらですと手を引いて歩きだした。

 怪我人やら見舞い人をかき分けていると、のんきな声が聞こえてきた。


「はははっ。肋骨が折れても、最後まで戦ってるなんて、二人ともバカだねぇ。痛みはなかったの?」


「痛みなんて感じてる暇なんかねぇよ。引っ捕らえるのに夢中だったんだからよ」


 ラルゴの声とフーガの声だ。そして、フーガの声に同意するようにアレグロが真顔で頷いていた。


 肩口から胸にかけて包帯を巻かれ、足も固定された姿を見て、カノンは涙を浮かべる。そして、彼に向かって突進した。


 アレグロ様!と呼びかけたかったのに、出てきたのは「バカ!」の一言だった。


 泣きながらかけより、アレグロの頭を抱きしめる。アレグロは激痛が走り、顔を蒼白させた。カノンは感極まって、子供みたいに泣いていた。


「ほんとうにバカ! バカ! バカなんですから!」


 アレグロの顔が蒼白から白に変わっていく。やめろと言わないのは、自分でもバカだと思っているから。そして、心配をかけた妻に対しての、せめてもの詫びである。


「母上?! 父上が死ぬ!」


 ラルゴが青ざめて、泣くカノンを羽交い締めにした。それでもカノンは泣きながら、バカと繰り返し、アレグロは黙って聞いていた。



 ラルゴはその後、事後処理に追われる戦地へと戻っていった。グランドールの命により、亡くなった兵士を残さず家族の元に届ける話になっていたのだ。人手がいる。動ける兵士は皆、その任務にあたっていた。



 心を落ち着かせたカノンは目を真っ赤に腫らせながら、アレグロに付き添っていた。


 口を開くとバカと、言ってしまいそうになるので、唇は真一文字に結んでいる。


 アレグロはそんなカノンを見て、何か言いたそうに口をもごもごさせている。


 隣のベッドに寝ていたフーガと付き添っていたグレイスは、気をつかって黙っていた。

 

「カノン……その……だな……」


 アレグロが小さく声をかける。ひくり、ひくりと、耳を動かし、やがて耳の動きを止めた。


「……悪かった……それに…………ありがとう」


 アレグロの言葉にカノンは大きく目を見開いた。アレグロは口元に笑みを浮かべていた。


「俺は戦いに出れたことで、今までのことを振りきれた……だから、感謝している」


 耳は動いていない。隠されていない本心はあたたかく、ずるいなと感じてしまう。


(いつもは照れて隠すくせに……こんな時ばっか素直なんだから……)


 だけど、素直に嬉しく感じる。それに、約束を守って戦い抜いたこの人を誇りに思う。


 妻であってよかったと、心から思えた。


 カノンは愛しさを込めて彼を見つめた。


「わたしもアレグロ様に感謝していますわ。約束を守ってくださって、ありがとうございます」


 太陽のように笑うと、アレグロの耳がひくりと動く。なんだかそれが、いつも以上に可愛らしく見えて、もっと見たくなった。なので、カノンは困らせるようなことを口にした。


「ふふっ。でも、悪いと思うなら、もう一度、ここにキスをしてください」


 自分の唇を指でちょんちょんと触る。アレグロは固まった。意味が分かり、ひどく動揺したのか、耳が激しく動き出す。ピクピクという動きを見ていると、口の両端が持ち上がってしまう。それだけで、満足だったのだが、彼は予想外の言葉を口にした。


「……屋敷に戻ったらな……」


 これには、カノンもぽかんとした。アレグロは視線を逸らして、耳を真っ赤にしていた。カノンは弾むように笑うと、楽しみですと、言う。


「アレグロ様からのキスなんて、八年と二十三日ぶりですからね。楽しみだわ」


 妙に具体的すぎる日数にアレグロは耳の動きを止める。カノンは目を細めた。


「わたし、日記を書いておりますのよ。アレグロ様に出会ってからずっと。戦に行く前に日記帳を見て、キスのことを思い出したんです。泣いちゃいましたわ。最後のキスになるかもって」


 この日記帳はアレグロ観察の集大成とも言えるものだ。彼のこと細やかなしぐさを書いた、観察日記。見るたびににやけて、すれ違っても、それを見ると好きな気持ちを思い出せた。


 ふふふっとカノンは笑った。アレグロはその笑顔を見て、弱々しい声を出す。


「……悪かった。……怒っているのだろう?」


 カノンは笑顔をやめて、いいえと答えた。それにアレグロはバツが悪そうな顔をした。


「……カノンは怒ると笑顔で瞬きをしない……怒っているのだろう?」


 予期せぬ言葉にカノンは驚いてしまった。


 彼と連れ添って三十年以上。

 どうやら、お互いに心情がまるわかりな癖を持っていたらしい。


 それに気づいて、カノンはおかしくて、幸せな気持ちになった。



 ***



 戦が終わり、兵は残らず家族の元に送り届けられた。国葬が行われ、それを最後にグランドールとバロックは戦の報告とこれからのことを話し合う為に王都へ出立した。


 実質、王位継承権の話になる。グランドールは王になり、後継者にバロックを指名する。


 まさか自分の息子が王になるなど、カノンはどこか夢を見ているようで、実感がなかった。


 しばらくすると、アレグロが王都に呼び出された。バロックが王位継承権を持つにあたり、懸念があると言われたのだ。


 まだ忙しい時期だったため、アレグロはぶつぶつ文句を言って出立した。



 戦後処理は長男ブルーノが中心となり進めているが、カノンも当然、手をかしている。カノンは親友のマーリンと力を合わせて、戦で家族を亡くした人たちのサポートに回った。


 マーリンは元々、コミュニティを作っていたこともあり、大きな力になってくれた。悲しみにくれる家族の話を聞き、生きる気力を失くしかけた人々に寄り添った。


 同じ境遇の人々を近くに住まわせ、悲しみを話せる環境作りもした。


 子持ちで夫を亡くした家には、子供の面倒を見る手助けをした。また、息子を亡くし、畑を耕すのが困難となった者には、人手を回した。戦死者は隊の三分の一にものぼった。サポートを必要とする家族はその三倍以上いた。やるべきことはたくさんあった。


 戦争は終わったが、爪痕は残っている。カノンはその人たちをサポートするのに注力していった。


 また、中断されていた治水工事も再開される予定だ。クロッカとブリオの息子が計画再開を押して、準備を進めていた。


 戦が終わり、水の領地は平穏さを取り戻そうとしていた。


 カノンもやることはあれど、どこか大きな仕事を終えた気分に浸っていた。



 ――だが。


 カノンとアレグロの人生はとことん〝戦い〟というものに縁が深いらしい。王都から帰って来て、アレグロの話を聞いたとき、彼女はそう感じずにはいられなかった。



 王都から帰ってきたアレグロから、カノンは心を痛める話をされた。


「……では、バロックに王の道を外すなら、あなたの手で首を落とすと……そうおっしゃったのですね」


「あぁ……」


 アレグロは悲痛な表情をして、肯定した。なんてことを……とは、思わなかった。彼があまりにも苦しそうだったから、そう言わざるおえない何かがあったのだろう。


「王都の貴族たちは、我がマグリット家の台頭を懸念していた。殿下は子供を持つ気はない。自分は長くないから、赤子に王位を継がせるのは酷だろうとおっしゃってな……」


 アレグロの話をカノンは彼の手を握りしめて聞いていた。彼の指先は血の気を失ったように冷たかった。


「殿下が亡くなれば、王家は根絶する。今の陛下も妃殿下も病に臥せられている。二人の王子もだ。バロックの治世になれば、我が家が貴族筆頭となり、権力が集中することを、他の貴族は恐れているのだろう……」


「……それで、バロックには道を外したらあなたの手で殺すと宣言されてきたのですね」


 アレグロは自嘲気味の笑みを浮かべた。


「あぁ……もう息子ではないと突き放してきた。俺は家臣として、監視者としてバロックを今まで以上に厳しくみていく」


 それは新たな〝戦い〟の始まりのような言葉だった。


 カノンは大きく息を吐き出すと、アレグロの心を思いやる。


「……父親の顔をしそこねちゃいましたね」


 戦いが終わり、あまり見せられなかった父の顔をする日をもしかしたら、アレグロは楽しみにしていたかもしれない。特にバロックは離れていた期間も長く、彼が一番、可愛いと思っていた相手だから。


 アレグロは眉間に深い皺を刻み、ひくりと耳を動かす。そして、はんと鼻を鳴らす。


「……そんな顔をせんでも、あいつなら分かっておるわ」


 そっぽを向かれてしまい、カノンはふふっと笑う。彼の耳は動きを活発にした。


 アレグロの手を握りしめ、彼の肩に頭を預ける。


「信じましょう。わたしたちの息子ですもの。きっと、よい国作りをしてくれますよ」


 王の父と母。その重責は計り知れないが、この人となら乗り越えられそうな気がする。


 連れ添って三十年以上。

 幾多の山を乗り越えてきた。


 足並みが揃わない時もあったが、それでもそばを離れなかった。


 目指す道が一緒ならば、今度もきっと乗り越えられるだろう。


 カノンの手が強く握られ、頭に体重がのせられる。甘えているのか、寄りかかった体は少し重かった。


 でもそれは、彼の重責を預けられたような気がした。同じ荷物を背負っていける。それは幸せなことだ。カノンは頬を緩めて、そっと目を伏せた。




 ――四年後。


 グランドールは三年という短い治世を終えて、療養に入っていた。会うことは叶わないが、彼を思う人と共に静養しているらしい。


 バロックは王となったが、治世は安定の一途を辿っていた。


 それでも、王都に年に数度あり、緊張感のある親子面会を果たしている。だが、それ以外は、ごく当たり前の平穏な暮らし中に、カノンたちはいた。


 今日はひ孫や孫、息子たちも集まり、カノンたちの屋敷で立食パーティーをしていた。戦の後に生まれたひ孫は女の子で、おしゃまな子だった。あけすけなく言う彼女にアレグロはたじたじである。


 ひいおじいちゃんをからかうのが楽しいのか、彼女は今日もアレグロに話しかけている。


「ねぇ、ひいおじいちゃま。ひいおじいちゃまって、頑固じじいなんでしょ!」


 可愛いひ孫の発言にアレグロは目を白黒させて、困惑する。


「誰が言ったんだ……」


 周囲をぎろりと見渡して、息子たちを睨み付ける。さすが元兵士。なかなかの凄みである。


 ブルーノとフーガは首を竦めて、違う違うと手を振るが、ラルゴは口笛を吹いて、そっぽを向く。アレグロの眉根が怒りでひそまった。


 隣で聞いていたカノンはふふふっと笑い、ひ孫に言う。


「そうよ。ひいおじいちゃまは、とーっても頑固ジジイなのよ」


 肯定されてアレグロの耳がひくりと動く。息子たちは援軍ににやついた。


 カノンはアレグロの動揺も周囲のにやけも気にせず、彼の腕に絡み付く。



「わたしの愛しの頑固ジジイ。それが、ひいおじいちゃまよ!」



 幸せそうに言えば、アレグロの耳は真っ赤になり、ぴくり、ぴくりと動いたのだった。




 END



お読みくださり、ありがとうございます。


最初は頑固ジジイ可愛さで始めた話でしたが、水の領地の人々を書くのがとても楽しかったです。


グランドールサイドの話は、聖女の励ましがメインになるので、ふんわり隠してしまいました。詳しくは聖女で~とは、言いたいところですが、あちらは重く痛々しいので、気になる点がある方はコメントを頂ければ、お答えいたします。


ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


くろりす

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