役割
その後、私たちは色々な事を話し合った。前世の事、『ゆめはる』(彼女の言ではこの略が通称らしい)の進展状況、あの世界設定とこの世界の差異、前世の記憶持ちである事をお互いに秘密にすること、現在のクラスでの立場や状況等……。
そんな事を話し込んでていると、あたりはすっかり暗くなってしまっていた。
「これから結構大事な事を聞いてもいいかしら?答えられなければそれでも構わないから……」
「はい、なんでしょう?」
「もし、元の世界に戻れる何らかの方法が見つかったとしたら、あなたならどうする?」
「う~ん……」
暫く悩んでいる彼女だったが、突然ひらめいたように口を開く。
「やっぱり、戻りたく無いですね……」
「それは何故?」
「すでにこっちの世界で向こうと同じくらい生きてますからね……。こっちのお父さんとお母さん、家に居た頃は二人とも出来るだけ一緒に居てくれましたし、仕事で夜遅くまで帰ってこない様な人達とは全然違って愛情たっぷりに私を育ててくれて……まぁ、こっちはこっちで色々な面で不便な所も多いですけど……。私の思い描いていた理想に近いですし……」
そっか、私と違って彼女にはこっちでの人生が確かにあるんだ……。
「それにもし、帰れる方法があったとして、元の世界へ戻ったと仮定するじゃ無いですか?」
「うん」
「戻った瞬間が、トラックに轢かれた直後だとすごい痛い思いをする訳じゃ無いですか。そんなのゴメンですよ!……もし運良く一命を取り留め、病院のベットで目覚めたとしてもすでに何年も経ってるかもしれないです。青春を謳歌する間もなく、気がついたらおばさんになってるとかそんなの絶対に嫌っ!さらに体も重傷なのは間違いないですよ!?重い後遺症を負ってずっとベッドの上で生きていく事になるかもしれないし、少なくとも五体満足だった頃のような生活はできないと思います……。友達だって最初は病院に来てくれるかもしれないけど、みんな色々と忙しくって直に来なくなってきっと寂しい思いをするに決まってるんです!」
なんか最後すごい実感こもってない……?気のせい……?
そして小さく呟く。
「親の負担になるのは嫌だし……」
それを聞いて、思った。
私はそれすら考えた事がなかった。こっちの世界に環境に慣れる事に精一杯で。
いつの間にか、むこうよりこちらの方が心地よくなってしまっていたのだ。
元々あまり、元の世界に未練が無かったのかもしれない。
もし仮に、向こうに戻れたとしても、彼女の言う通りかもしれない。
その可能性を想像するだけで鳥肌が立つ。
二人の間に暫く沈黙が流れた。
重くなった雰囲気を変えようと、ティアネットが極力明るく努めて話し始めた。
「話は変るんですが、お姉様。このゲームの世界で~……」
「ちょっと待って?さっきもゲームとこの世界の差異を説明したでしょう?私はこの世界を単純にゲームの世界だと未だに思ってないのよ?」
「え~、ここは絶対ゲームの世界ですよぉ~。生徒会の皆さんや他にもゲームで見たキャラとか一致点多いと思いますし~。何より、お姉様もいるじゃないですか~。それでぇ~、私のポジ、何だとおもいます?」
「ポジって何よ?」
「ポジションですよ。私の立ち位置。例えば主人公の親友ポジションとか。又はライバルとか。他には解説役とか?……でも『ゆめはる』に私と似たグラのキャラって、いなかったハズなんですよね……」
「私には分からないわ。そういう役割って与えられるモノではなく、自分の取った行動で決まるものじゃないの?」
「む~、もしかして、モ……やっぱり、この話はもういいです~。それよりも恋バナしましょうよ、お姉様!」
「はぁ……」
説明した事を理解してもらえていないのか、徒労感を感じてため息がでる。
「で、お姉様は誰か好きな方いらっしゃるんですか?やっぱり生徒会の誰かですか?攻略対象だし、皆さんイケメンですもんね?それで、誰なんですか?アルベール様?それともテオドルフ様かな?」
「アルベール様はランセリア様の婚約者でしょ?彼にアプローチなんかしたら、ランセリア様が悪役令嬢と化してしまうじゃないの!?……あの方は繊細なのよ?とても出来ないわ。そもそも私はランセリア様に降りかかる断罪の運命の可能性から助けたいと思って行動してるのよ?」
「え?そんな事、可能なんですか?……。そういえばランセリア様、ゲームではもっとテンプレな悪役令嬢だったのに、意外と淑やかな性格ですね?」
確かに入学式でランセリアが『テンプレな悪役令嬢』のままの言動・仕草だったなら。私は彼女を助けようとは思わなかったかも知れない。今のランセリア様だから助けようと、力になりたいと思ったのだったわ。
「……あー、それならテオドルフ様ですか?彼も人気投票二位ですもんね」
「テオドルフ様とはちょっといい感じになった事もないこともないけど……。今はただの友人よ。それにフェルロッテ様の思い人だし、度々お世話になってるもの、彼女からテオドルフ様を奪うとか、私にはそんな非道なマネはできないわ?」
「えー?マジですか……。まぁ、ゲームでも怒らせたら怖いですもんね。じゃぁ、セドリック様?」
「セドリック様はあの中では見た目が一番好みなんだけど、リザベルトの婚約者じゃない?親友の婚約者になんて手出し出来るわけ無いじゃない!?」
「……じゃぁヴィルノー様?マルストン君?」
「二人とも、とても優しくしてくれるわ?でも恋愛対象じゃないっていうか……」
「はぁ-!?何言ってるんですかお姉様!そんなんじゃ、恋人無しエンド一直線ですよ!?そんな恵まれた顔で!攻略対象の一人も墜とそうと動いてないなんて……なんてもったいない!いっそ私が代わってやりたいぐらいですよ!って言うか代わって下さいっ!!」
叫びながら彼女は激昂し、両手で思いっきり机をバンバン叩く。
「そ、そんなの分からないじゃない……」
つい弱気になって声が消え入りそうになる。
「いいなぁ~。私も生徒会室いきた~い。お姉様は生徒会室も顔パスで入り浸りなんですよね?」
「私だって精霊祭が終わったから生徒会との接点も消えたのよ。関係者じゃないのにノコノコ生徒会室に行ったら、セドリック様に怒られるわ!?」
「怒られるのを気にせず、もっと『ゆめはる』の主人公っぽくガンガン行けばいいのに~」
「いや、ゲームのアルメリーって結構ヤバイ子でしょ?周りの声を一切気にする事のない性格・あの発想・行動力、私にはマネできないわ……というかマネしたら、絶対ノイローゼになる自信があるわ」
「たしかに……あの何事にも動じない胆力、ヤバイですよね~……あははっ」
彼女は何か思い出したように急に話を変える。
「……あ、そうそう。お姉様のクラスにいつもつるんでいる三人組が居るじゃないですか。あの子達、実は私の幼馴染なんですよ〜。小さい頃は親に良く彼女達のお屋敷に連れて行って貰って遊んでた事もあったんです。で、三人組のリーダー的存在のスリーズちゃ……様なんですけど~、キャスパー様の事、前から密かに好きなんですよ〜。ええ、彼女見てれば分かりますよね~。ふふっ。ああ見えて恥ずかしがり屋さんなんで〜。可愛いところあるんです。あ、キャスパー様って分かります~?」
「……あー、あの人ね……」
かつてのやり取りを思いだし、私は思わず顔をひくつかせるが彼女は笑顔でスルーする。
「知ってるなら話は早いですね!」
「で?その人が何?」
「いや~、お姉様、自分でクラスで浮いてるってさっき言ってたじゃないですか~。彼女の恋路をお姉様が応援して、くっつける事が出来ればクラスの人達も見直して良い雰囲気になると思うんですよね~」
「う~ん……」
「何かダメなんですか?」
「あの子達とは色々あってね……あなたが自分でやるのはどうなのよ?」
「クラスが違うし……それに『ゆめはる』の件でちょっと敬遠されたというか……、何か話しかけるきっかけが欲しいんですよね~、あはは……」
それ、自業自得じゃないの……。そうだわ!
「なら、こうしましょう。それを私がしてあげる代わりに、あなたは『お姉様』呼びをやめる事。二人きりの状態でも。どうかしら?」
「う〜、仕方ないですね……。分かりました。それでいいです……」
彼女にとっては苦渋の決断なのか全身をプルプル震わせて、すごい残念そうな感じがこちらにも伝わってくる。
向こうの年齢でいえば、彼女からしてみれば実際の所お姉様なわけだけど、今は肉体年齢同じだし!ピチピチの若い体なのに、お姉様呼びされたらまるで私が留年ってるように感じて嫌だったし、こういった交換条件でもない限り、この子『お姉様』呼びやめそうにないし、これでいいわね。
「……じゃ、早速作戦会議といきますか!」
「え、今から!?」
話し合ったが結局の所、あまり良いアイデアが出なかった。
それもそのはず。……二人共、彼氏いない歴=享年で、恋愛経験が皆無なのである。
知っている知識=小説・漫画・ゲームのような展開であり、実体験を伴ってない机上の空論に近いもので、ここの価値観や常識と違いすぎてマトモに応用出来るものじゃない。
唯一の救いはティアネットが足繁く通っていたここの蔵書から、この世界の普通とされる恋愛常識を手に入れていたこと。
要約すると貴族社会(親による婚約を除き)の中、未婚の男女間では男性から女に告るのが紳士的マナーで、女性は淑女として告白を待つのが美徳とされていて、女性から男性に告白するのは『はしたない』事とされ、それを破ると『貞操感のない恥ずかしい女』とレッテルを貼られ続けられるらしい。
世間体という見えない圧力を気にして女性側から告れないのなら……と、最終的にまとまった案がこう。
『繁華街のお洒落なお店へ複数人で遊びにいき、その参加者の中にキャスパーとスリーズが入っている状態を作り、他の皆は仕掛け人となって、キャスパーからスリーズへ告白させる流れを作る』
たとえ私がキャスパーへ声をかけたとしても、当初の目的はあくまで「お茶会への誘い」だから、世間体的にも何も問題はないハズだわ。ふふふ……。
ここで告白まで行けば良いけど、行かなくてもキャスパーに意識させる事ができれば重畳よね。
「で、参加してもらうメンバーなんですけど、このままだと男女比が偏りそうですが、大丈夫ですか?」
「参加者が女子だけだとキャスパー様が日和って拒否する可能性もありそうね……」
「ですよね~。でも私、男子の知り合がいなくて……お姉……いえ、アルメリー様はいますか?」
「そうねえ……。クラスの男子は未だに話掛けてこないから論外ね。あ、そうだ!委員会で知り合った彼らがいたわ!丁度いい機会だし是非誘ってみましょう」
「では男子側は決まりですね。女子側ですけど、どうします?スリーズちゃん誘ったらいつもの二人ついてきますよね-?」
「金魚のフンの二人には悪いけど、周りは皆、キャスパー様とスリーズをくっつけるための仕掛け人になって貰いたいところよね。彼女達、空気を読んでくれるかしら?スリーズが来てくれないと本末転倒になるから、二人を連れてくるのか連れて来ないかは、彼女に任せるしかないわね?」
「後は、おね……アルメリー様と私?……リザベルト様はどうします?」
「外すのは可愛そうかなぁ。……でも彼女、婚約者いるのよ?そういう所に連れて行くのはいいのかしら?むむむ、悩ましいわね……」
「別にそこは悩まなくても……。仲間は多い方がいいに決まってますし、参加してもらう方向でいいんじゃないですかね?あくまで仕掛け人側なんですから。あ、そうそう、お店はどこにします?」
「では、私のメイドに雰囲気の良さそうなお店選びを頼んでおくわ」
その後、テンションが上がった彼女の話は度々脱線しまくり、結局、帰途についたのは閉館のため司書が見回り確認にきた時で、付き合ってしまった私は時間を無駄にしたような気がしてちょっと後悔したのだった。




