冒険者
精霊像が煌々と燃え周囲を明るく照らす。その周りを輪になって囲む生徒達が、燃え上がる精霊像の熱気に当てられてさらに踊りが盛り上がる。会場を後にしたアルメリーは目立たないように一路、寮を目指す。
幸いなことに声を掛けられることも、知り合いに会う事も無く自室に到着する。
「アン、準備はできてる?アレはもった?」
「為替手形ですか?ご用意出来ております」
「では行くわよ」
「御意」
その後、他の生徒とたまにすれ違うが誰にも見咎められること無く学院の門をくぐり抜け、暫く進むと繁華街へ出る。街中至る所が精霊にちなんだ装飾を施され飾り付けられて華やいでる。
大通りを埋め尽くすように屋台が建ち並び、あちこちで酒盛りが行われ人々の喧噪が絶えることなく街中がお祭り一色の陽気なムードで賑わい、夜だというのに大勢の人々が行き交っている。
人混みを縫うように進み、繁華街から少し外れた住宅街をさらに進んでいくと閑静な住宅街に出る。さらに進むと塀に囲まれた屋敷の前にたどり着く。正門に取り付けてあるドアノッカーをコンコンとノックする。
少し待つと、門が開き執事が顔を出す。
「こんばんは、セルジャン。こんな時間にごめんなさい。上がってもいいかしら?」
「ええ、どうぞ。遠慮する事はございません。ここはお嬢様のお家でもあるのですから」
「ありがとう」
「セルジャン様、失礼します」
屋敷に上がると二人でアンの自室へ入り、以前購入した平民の服に二人とも着替えてフードの付いた外陰を手に持つ。
アンは例の箱から剣を取り出し、ベルトを腰に付け剣を佩く。
一階に降り、武器や防具を収納している武器庫へ入るとアンは私のサイズにできるだけ合いそうな小さめの革製の胸甲を見繕ってくれた。
「鎧の中では軽い方なのですが、体をあまり鍛えておられないお嬢様には少しだけ重いかも知れません」
そう言いながらそれを服の上から装備させてくれた。その後、アンは自分用の防具を装備する。肩に装甲が無く胸から腹部までしっかりと装甲が覆っている革製の防具で、脇のベルトを締めて固定していた。見るからに私の胸甲より重そう。両腕には籠手を装備する。
防具を装備し終わった二人は、その上から外套を着込む。
居間に戻るとセルジャンがティーセットの用意をしており、お湯を湧かそうとしていた。
「お嬢様?二人ともそのような服に着替えられてどうされたのですか!?アン、帯剣などして何処へ行くというのだ?……貴様、お嬢様を危険にさらすつもりかッ!?」
「セルジャン……私、今日どうしても行かないといけないところがあるの。今日は目を瞑ってくれないかしら?」
「ですが、お嬢様……」
「ダメ……かな?」
上目遣いで、老執事に精一杯訴えかける。
「……分かりました。これからどちらへ向かわれるのか分かりませんが、一つ約束して頂けけないでしょうか?アンの他にも実戦経験のある冒険者などを護衛につける、と。でなければこのお屋敷から、お嬢様達を出すわけには参りません」
「……約束すれば、このまま行かせてくれるのね?」
「左様でございます」
「分かったわ。約束する。だから心配しないで?」
「もし、お嬢様に何かあれば旦那様に合わす顔がございません。私もお嬢様の後を追わさせて頂きます」
「セルジャン様がそのような行動をなさらず済むように、私が必ずお嬢様をお守りいたします。この師匠に頂いた剣に賭けて!」
「アン、お前の覚悟はわかった。お嬢様、どうかお気をつけて……」
心配そうなセルジャンに見送られながら屋敷を後にする。
約束の『雲雀の踊り子亭』を目指す前に両替商に寄り道し、為替手形の換金を済ませる。アンの巾着袋がお金で膨らみ、ずっしりと重そう。
目的地に向け歩く度に体中の至る所がチクチクする。普段着ている服に比べ、生地が粗い所為で余計に感じるのよね……。
「アンー。チクチクするぅ~。早くこれ脱ぎたいよぉ……」
「なら、行かれるのをお辞めになりますか?私としてはその方が良いのですが……」
「ううん、ごめん頑張る。このくらい、我慢してみせるから!」
そんな話をしながらやがて『雲雀の踊り子亭』に到着する。中を伺うと、店内は賑わっていて殆ど席が埋まっており、客達は酒を酌み交わしながら至る所で笑い声が上がっていた。
軽く見渡すと、カウンターに座る彼を見つけた。両隣の席も別の客が座っていたが、そんな事は構わず近付いてゆく。
「オーレッドさん、来たわよ」
「おっ、嬢ちゃん達か。どうやら覚悟は決まったようだな?」
「早速、連れて行って頂戴」
「まぁまて。見ての通り、ここだと煩過ぎてまともに話もできねえ。ちょっと一緒に上がってくれねえか?」
彼はそう言って指で二階を指す。
「分かったわ」
「話が早くて助かるぜ。じゃ、付いてきてくれ」
ここは一階が酒場兼食堂、二階が宿屋という造りの割とよくある営業形態のお店らしく、移動する彼についてゆく。階段を上がり、借りているらしい部屋へ入る。
部屋にはベッドと机がそれぞれ1つづつ、椅子が一脚。その椅子には彼が座ってしまった。他に座る所が無いので勧められるまま私はベッドに腰掛ける。アンは彼を警戒し立ったままだ。
「確認しておくが、資金はちゃんと持ってきたか?」
アンが巾着袋を取り出し、机の上に置く。袋に詰まった硬貨の重々しい音と共に衝撃で崩れたジャラジャラという金属音が響く。
「コイツは凄い……。あんたらほんとイイとこのお嬢様なんだな」
彼は驚嘆して口笛を吹く。
「じゃ、今回のヤマの報酬の話をしようぜ。まずは俺への手付金……情報料と危険手当込みで、アルブル金貨1枚と小金貨三枚だ。前金で半分、無事買い物が終われば残りを頂く」
なにその金額……。前にアンに聞いたお金の価値を脳内でざっと日本円に換算する。……十三万円位になるんじゃない!?ちょっと連れて行くだけでそれって、ぼったくり価格じゃないの……!?
金額に狼狽え、アンにアイコンタクトで助けて!とサインを送る。通じたのか彼女は頷くと口を開く。
「その金額の根拠は?相場より些か高いように思えますが?」
専属メイドだった彼女がこういった仕事の相場を知っているはずが無いと思う。多分ブラフだ。だが今はそれに賭けるしかない。
「しょうがねーな……。ならアルブル金貨1枚。どうだ、これ以上はまからねえぜ?」
「わ、分かったわ、それで手をうちましょう」
アンが袋から前金分の小金貨を5枚取り出し机の上に置くと、すぐに巾着袋の口を閉め懐にしまいこむ。
彼はそれを受け取り自分の腰につけた巾着袋にしまうと、
「ついてきな。外は暗いからな、はぐれるんじゃねえぞ?」
話は終わったとばかりに言い放ち、さっさと部屋から出て行ってしまう。私達も急いで彼を追いかける。
店を出ると、彼が歩きながら話しかけてくる。
「これから行く所はマジで治安が悪くて危険だ。俺だけじゃ、あんたらを目的地まで連れて行けねーかもしれないからな、念の為に人を雇うぜ?」
セルジャンと護衛をつける約束していたので私も二つ返事で頷く。それだけ確認すると彼は暫く黙々と歩く。道すがら色々な仮面を売っている屋台の前で足を止め、適当に選んだ仮面を二つ買って手渡してくる。
「あんたら訳アリなんだろ?。顔バレは不味いよな?これでもつけときな。俺からの贈り物だ」
「あ、ありがとう。あなた以外と気が利くのね?」
「ハハッ!惚れたか?」
「ありえませんね」
「メイドの嬢ちゃんは相変わらず対応がキツいねえ」
などと雑談を交わしながら行きついた先が『冒険者ギルド』という看板を掲げた建物。彼は勝手知ったる我が家のように躊躇無く入っていく。
初めての建物なので物怖じして暫く外で待機していると彼が中から声を掛けてくる。渋々と建物の中に入ると、彼が精悍な顔つきの4人組を紹介してきた。
「あんた達が中々入ってこなかったんでこっちで勝手に雇っておいたぜ?費用は既にギルドへ納めておいた。その分は成功報酬で請求させて貰おうかな?ハハッ!」
「あんたが雇い主か。俺はフェルマン。こいつらのリーダーをやっている。顔を隠すようなヤツの依頼なんざ本来受けたくねー所だが、オーレッドの頼みだから受けてやるぜ。少しの間だがよろしくな」
歳は三十代前半だろうか。フサフサの黒髪で無精髭を生やし、鈍い光を放つ金属製の全身鎧に身を包み背中には大盾を背負っている。余裕のある表情からも腕に自信があるのが覗える。
彼が自己紹介を始めると残りの三人も続いて話し始める。
「僕はケール。得物は弓さ。後方支援はまかせて!」
この中では一番幼く見える彼は何歳だろう?茶色の髪で、人懐っこい笑顔で弓を見せてくる。防具も軽装で身動きしやすそう。
「バンジャックだ。敵ならば斬る。それだけだ」
スキンヘッドにしている彼は二十代後半だろうか。背中にも剣を背負い、腰にも剣を下げている。動きやすさを重視しているのか、鍛えた筋肉があれば守りは不要と思っているのか、金属製の籠手以外、急所と思われる要所要所にしか防具を付けていない。
「俺様はシャルイ。器用なんでな、割と何でもできるぜ?話し聞いた限りでは今回の依頼は街中なんで俺様の出番は少なそうだが……。まっ、よろしくな」
黒髪を神経質そうに撫で付けている。見たところ二十代前半に見える。腰に短剣を装備し、わざと服の襟を立ててイキっており、身を包んでいる革鎧は軽装でいかにも素早さそうに見える。
「こいつらは鉄級冒険者で、腕も悪くない。護衛を任せるならうってつけ……ってわけだ」
「鉄級と言われても、それがどういうものか今一ピンと来ないんですけど……」
「かーっ、あんた知らねえのか……。あのな、王国全土に広がってる組織の一つに冒険者ギルドってのがあってだな。この組織に登録したヤツが冒険者を名乗れる訳だ。そして登録した冒険者個人個人を冒険者ギルドが独自の基準で評価する仕組みがあってな。それによって、冒険者を各階級に分けてるんだ。あくまで任務が達成出来るかどうかが基準で、単純に強い弱いで分けてるんじゃ無いらしいが。
階級って基準が無いと依頼を出す方も受ける方も、依頼をこなせるかどうか客観的に分からねーだろ?それがあればギルドの方も依頼に対する料金を決める時に話を纏めやすい。
階級を具体的に言うとだな、登録したばかりの冒険者は銅級から始まり、青銅、鉄、銀、金、白銀鋼……と上がっていくんだ。
受けた依頼で無理して命を落とす事だってざらにあるし、戦闘で受けた傷が元で手足を失い冒険者稼業を辞めたヤツもいる。
鉄級に上がる為には結構な量の依頼をこなした上で、さらに凶暴な魔物の討伐依頼もある程度こなす必要がある。
というわけで、こいつらはある程度の死線をくぐり抜けて鉄級まで上がってきた新進気鋭の猛者、しかも次の昇格試験で銀級昇格は確実と噂されている実力を持つ、鉄級冒険者達ってわけだ」
「オーレッド、どうした?今日はえらい俺らを持ち上げるじゃねーか、ワハハッ!まぁそういう事だ。大船に乗ったつもりで安心してくれ」
「この人達のことは分かったわ。私が分からないのは『あ・な・た』よ。強いの?弱いの?」
「いやぁ~、どうだろうねえ?俺はこいつ等と違って冒険者じゃねーからなぁ。ま、足手まといにだけはならないように気を付けるわ」
オーレッドはずっとへらへらと愛想笑いを浮かべていたが、急に顔を引き締める。
「じゃ、ここからは俺も気合い入れていくぜ?仕事開始だ」
気合いを入れた彼は冒険者ギルドを出ると、港湾区画の方へ向かって歩く。皆、黙々と後をついていく。フードを目深に被り顔を仮面で隠した怪しい二人を護衛してるからなのか、彼は巡回する衛兵に見つからないような路地裏や人通りの少ない細い道を選びながら進んでいく。
入り組んだ道を通り、やがて今どこを歩いているのか正直分からなくなってきた頃、何かに気付いたオーレッドが呟く。
「チッ……。祭りに浮かれてどっか余所に行っててくれれば良かったモノを……。やはり、すんなりと通してはくれねえか」
進んでいた細い道を折れた先で、少し開けた大きな通りに差し掛かる。右手側はかつては馬車も通っていたと思えるような先の方まで割と長く続く通りになっていたが、左手側は朽ちかけた建物が建っていて行き止まりだった。
右手側の通りにはガラの悪いならず者達が徒党を組んで通行を邪魔するように道を塞いでいた。
「ハハッ!囲まれちまったな。シャルイ!ケール!バンジャック!お前等……気合い入れろよッ!」
「俺様は大丈夫だが、ケール、お前びびって漏らすんじゃねえぞ?」
「も、漏らしませんよ!あ~、こんなことなら高いとこ伝って皆について行くんだったなぁ~」
「斬るッ……!」
その通りの両端には、ぼろ切れを纏った多数の浮浪者が踞っていた。正直ここまで数が多いと、何だか不安をかき立てられる。
「そこいく、お兄さん達ィ~。街を挙げてのお祭りにぃ~、参加する事ができな~いかわいそーなボクたちに、ちょっと恵んでくれねーかなぁ?」
「「「ぎゃはははははは!!」」」
「「いいぞ、兄貴ィ~!」」
リーダー格の人物を囃し立てるならず者達。
つま先立ちになりオーレッドの耳元で彼らを刺激しないよう声のトーンを落して抗議する。
「ねぇどこなのよ、ここ?私が知らないと思って怪しいところに連れてきたんじゃないでしょうね?」
「ここか?そりゃ港湾区に抜ける道筋の周辺に広がる貧民街だ。百年ぐらい前にこの国を襲ったでけえ大災害があったんだってよ。そん時に、この王都にもかなりの被害が出たらしい。
復旧のためにかき集めた出稼ぎ労働者がやがて落ちぶれ浮浪者やならず者になり、それがこの周辺に住み着き段々と増えていき、その所為でこの大通り一帯は放置され整備計画が中止、それ以降、違法建築が横行、治安悪化が進み現在に至る、と。俺が知ってるのはこの位だな」
「えっ、王都の城壁の内側にも貧民街があるの……!?」
「他にも、ここ以外に幾つかあるぜ……?」
二人で話しているとならず者の一人がこちらへ数歩近づき、手に持ったナイフにレロンと舌なめずりする。
「なーにくっちゃべってんだ?てめぇ、周りの状況が見えてねえのか?あ?」
「だまって金目の物おいていきな。そしたら命だけは助けてやるぜ?」
手下の一人が続き、招くように手を動かして催促してくる。
「俺達を相手にするつもりか?死にたくなければ、道を開けるのが利口ってもんだぜ?」
フェルマンが彼らに向かって警告する。剣を抜き放つと、仲間達も同じ様に武器を構え臨戦態勢に入る。言われなくても状況に対応し皆が同じ行動に移れるのはすごいと思う。やや遅れてオーレッドとアンも鞘から武器を抜く。
「ぶっはっ!ばぁ~か!圧倒的に俺らの方が数が多いだろうがよ!お前ら、完全に囲まれてんの!わかるぅ~?現実みえてますかぁ~?」
正面はならず者の徒党が完全に道を塞ぎ、今まで踞っていた浮浪者達がリーダー格の男の声に合わせ次々と立ち上がり、彼らの視線が一人また一人とこちらへ向く。さっきまで進んできた道や脇道からも大勢の足音が近づいているのが聞こえてくる。
「オーレッド、どうする?」
「フェルマン、あんたに任せるさ」
フェルマンは武器をならず者達に向けて突き出す。
「全員、突撃ーーーッ!!」
「「「ウォオオオーーーッ!!」」」
数の上で完全に優位だと慢心してたリーダー格の男は、自分達に向けて駆けてくる獲物のまさかの行動に度肝を抜かれていた。
フェルマン達が発した強烈な殺気と獣の様な耳を劈く咆哮は、浮浪者の心を一気に震え上がらせ、皆我先にと蜘蛛の子を散らすように悲鳴を上げながら逃げていく。
「あっ、おいこらてめーらッ!逃げんじゃねえ!立っとくだけでいいって言ってただろうがッ!!後でどうなるか分かってんだろうなぁッ!?」
リーダー格の男の声はパニックに陥った彼らの耳には届いていないようだった。
「くそッ、クソッ!あぁッ!本当使えねえ奴らだぜッ……!てめえら、やっちまえ!!」
「「「「「わぁああああ!!」」」」」
その場になんとか踏み留まっていた十数人のならず者達が、自分を奮い立たせるように声を上げながら一斉に突っ込んでくる。
ケールの放った矢が、ならず者の先頭を走っていた痩せぎすの男の目に吸い込まれるように突き刺さり、後ろにすっころぶ様に倒れた。
第二射、第三射と続けざまに矢を放つケール。
その二射も確実にそれぞれ別のならず者を捉え、その足を止める。
ケールに射られた三人は痛みのあまり叫び声を上げ、のたうち回っている。彼は弓に矢を番えたまま周囲を警戒してから背後を向き、その視界内に聞こえてくる複数の足音の敵がまだ到着して居ない事を確認すると、すぐ二階や屋根の上に視線を移し、今まさにベランダから重たそうな物を投げつけようとしていた奴等の仲間を見つけ、続けざまに矢を放つ。
バンジャックは大剣を振り回し、一人を袈裟斬りに、もう一人を壁に吹っ飛ばし叩きつける。
シャルイはケールに射貫かれ、のたうち回ってたならず者三人に無言で止めを刺す。
フェルマンは大盾を構えケールを護るように彼の前へ割り込み、向かってきたならず者二人組をまるで子供を相手にする様に軽くいなしている。
「どうした!そんなへっぴり腰じゃ、俺の守りは貫けねえぜ!?」
そう言い放ち不敵に笑いながら、隙を見せた片方のならず者の土手っ腹に剣を突き立てる。
「そんな、俺たちが一瞬で六人も倒されるだと……!?馬鹿な……ありえねえッ!」
頭を抱えながら冷や汗をドッと吹き出し、わなわなと身を震わせるリーダー格の男。
「どうしやす、兄貴ッ!?」
「クソッ!一体なんだってんだ!こいつら強えじゃねーか!?おっ、お前ら一旦離れろ!……そ、そうだ!後ろの弱そうなやつらを狙え!回り込んで人質にしろぉッ!!」
その声を合図に建物の影から飛び出してきたならず者が、アルメリーに襲いかかる。
「危ない!」
その声で、咄嗟にギュッと目を瞑り両手で頭を護る。
アンの剣が一閃し、ならず者の剣を跳ね上げた。その剣は持ち主の手を離れクルクルと回転し、近くの地面へ勢いよく刺さる。その瞬間、剣が弾いた石礫が飛び、アルメリーの手を擦って行く。
「痛っ!?」
「大丈夫ですかっ!?」
その悲鳴に目の前の相手から一瞬気を逸らしてしまったアンに、チンピラは隠し持っていたナイフを繰り出す!
思わずアンから目を背けるが、聞こえてきたのはアンの悲鳴ではなく、ならず者の叫びだった。
「っあがぁぁあああッ!!?」
恐る恐る振り向いてよく見てみると……ならず者の手首から先が、握ったナイフごと綺麗に切り落とされていた。
オーレッドが一撃で手首を斬り飛ばしていたのだ。返す刀で手を失ってパニックを起こしかけているそいつの首を横から手刀で強打し気絶させ、ブンッ!と勢いよく剣を振り、刀身についた血を振り落とす。
ちらりとアンの方を向き、一喝する。
「目前の敵から目を離すな!死ぬ気かッ!?」
「い、いいえっ!ご助力ありがとうございます!」
叱りつけている間にも問答無用で「死ねオラァッ!」と、彼の背中から斬りかかってくる二人のならず者達。その攻撃を最小限の動きで躱し、振り向きざまに一閃。
二人は断末魔の叫びを上げ地面に倒れると、その周りにみるみる血だまりができる。
いまの背後からの攻撃、絶対見えてなかったよね……!?私、剣とかよくわからないけど、この人が凄いってのだけは分かる……!それにこの鉄級冒険者達も皆強い!
「おい兄ちゃん達よ、まだやる気か?こっちはお前さん方が全滅するまで相手してやっても良いんだぜ?」
オーレッドがそう煽っている間にも戦闘は続いている。
アンも次の相手と戦い、次々に手傷を追わせて状況を優位に進めているように見えるが、相手の戦意を奪えるような致命的な一撃を入れる事ができず一進一退が続いている。
目の前で広がる戦闘。あちこちで聞こえる武器が打ち合う音、人が倒れる音、上がる怒号や悲鳴。恐くて歯がガチガチと鳴りっぱなし、何も考えられず頭は真っ白で、立っているのがやっとだった。唯々戦闘が早く終わる事だけを願っていた。
また、周囲で何人か倒れる音がした。
「あああっ!分かった!あんたら、もう止めてくれ!!お前らも、やめろッ!もういい武器を捨てろッ!!これでいいだろ!?」
「兄貴ッ!?やられたこいつらの仇、取らなくていいんですかいッ!?」
「お前ェ、こんだけ力の差ァ見せつけられて、まだそんな事言ってんのか!?このままやっても俺らが全滅するだけだ馬鹿ッ!いいから、武器を捨ててそいつらから離れろッ!まだ動けるヤツは怪我人連れてさっさとずらかるぞ!!」
まだ残っていたならず者達が、手に持っていた武器を次々に地面へと放り捨てる。忌々しそうにこちらを睨みつつ私達から距離を取り、怪我をした仲間を引き摺りながら離れていく。
背後から聞こえていた多数の足音もいつの間にか止んでいた。細い道が徒となり、逃げてくる浮浪者達に邪魔されて混乱し、挟み撃ちにする機会を逸した挙げ句、リーダー格の男が発した敗北宣言を聞いたのだろう。
「いくぞ、お前達」
とフェルマンが腕を振り、前へ進むように指示する。皆も粛々とそれに従う。ケールは最後まで弓に矢を番えたまま後方を警戒しつつ後に続く。
そこから通りを2つ分ほど離れると、オーレッドが小休止を入れる提案をしてきた。フェルマンも同意し、そこで少し休憩を取る事になった。
「いやー、おじさん疲れた疲れた……」
「おじょ……大丈夫でしたか?お怪我は?」
先程までは怖くて頭が真っ白になってて気がつかなかったけど、指先から少しだけ血が滲み出していた。
「あ、指先が少し切れてる……。でも、このくらいならすぐ治るからほっといても大丈夫よ!」
「大事なお体に傷をつけてしまい、申し訳ありません……」
オーレッドが俯いているアンに向かって問う。
「あんた、剣はそこそこ使えるみたいだが……実戦経験がまるでないな?」
「そ、それは……」
「……止めは刺せる時に刺しておけ。そんな甘さじゃ、いつかお前の大事な人を守れずきっと後悔する事になるぞ?」
「別に、この子がそこまでしなくても良いんじゃない!?」
彼女が人を殺さずに済んでよかったと、心の底から思う。だが、もしアンの手が血に穢れてしまった場合、私は今までと同じ様に彼女へ接することが出来るだろうか……?
「私だってホントは魔法が使えるのに、さっきは怖くて頭が真っ白になって何もできなかったわ!?」
「初めは皆、誰だってそうさ」
「こんな荒事に慣れて欲しくはありません。できれば今回だけにして欲しいですね」
「あ、あはは……」
と、彼女へ困ったような半笑いの顔を返す事しかできない。
「そろそろいくか。小休止は終わりだ」
オーレッドの掛け声でバラけて休んでいた皆が隊列を組み直し、ぞろぞろと彼についてゆく。
そこから同じ様な景色を暫く歩き、二階の壁に突き立った白羽の矢を目印に細い路地に入る。
「ここだ」
看板らしいモノは無く、行き止まりに頑丈な扉が一つだけある。ノックをすると覗き窓が開き、ぎょろりとした二つの目が現れる。
「入れるのは二人だけだ。他の者は離れて待っていて貰おうか……」
「まず私がいくわ。後は……」
アンを連れて行こうと思い彼女の方を見た瞬間、彼が名乗りを上げてきた。
「俺が行こう。大体の相場から吹っ掛けられそうになったら助言ぐらいはしてやる。フェルマン、外は頼んだ」
「おう、オーレッド。まかせとけ!ここは細い路地だ。結局一対一しかやり合えないからな。さっきの奴らがどれだけ仲間を集めて報復にきたとしても、あの程度の奴らなら余裕で蹴散らしてやるぜ」
「おじょ……この場はその方が適任だと思います。今の私では及びませんので……」
「入る者は決まったか?それ以外の者は疾く離れよ……」
重く低い声で門番が催促する。
私はアンからお金の詰まった巾着袋を受け取り、彼と二人で扉の前に残る。他の者は路地の入口の方まで離れてもらった。
覗き窓が閉まり少し待つと、閂を動かす重々しい音が聞こえて内側に扉が開かれる。中に入ると壁に据え付けられたオイルランプの明かりによって、屈強そうな男の姿が浮かび上がった。
男は手で地下へつながる階段を指し示し、顎で進むように促す。
階段を降りた先には四方を石壁に囲まれた短い通路が伸び、等間隔に据え付けられた灯りによってなんとか先が見える状態。どこからか水が流れている音が聞こえる様な気もする。
私は罠や襲撃などを警戒して緊張しているが、彼は何も気にする素振りもなくズカズカと歩いていく。
やがて通路の突き当りに到着し、正面にあった扉を警戒する様子もなく気軽に開ける彼。彼に続いて中に入ると、そこにはこじんまりとした部屋があった。
壁に灯るランタンの照明は薄暗く、カウンターの奥には棚が並びそこには瓶や小物入れが所狭しと並んでいる。
照明が届く範囲に置かれている雑多な透明の瓶には色々な動物や植物、生物の器官を液体に漬けた標本のような物も見える。他にも大小様々な色取り取りの瓶が並んでおり、ラベルに達筆で記されている品名が如何にもヤバそうな雰囲気を醸し出している。
カウンターの奥に座る店主は、魔女や魔法使いを連想させる草臥れた大きな帽子を被っている特徴のない老年の男性だが、照明の所為か陰気でとても不健康そうに見える。
「ここが、あなたの言ってたお店なのね?」
「そうだ。多分、あんたの探してる物もあると思うぜ?」
「とうとうここも一般の人に見つかっちまったか……。良くココが分かったね。どこかの組織の回し者かい?まぁ、老い先短い儂に取っちゃそんな事、もうどうでもいいか……。まぁ、折角来たんだ。金さえ払ってくれれば何でも売ってやるがね……」
「……」
「……で、何が欲しいんだね?何か欲しくてわざわざこんな所まで来たんだろう?」
「あ、あの……。『アルクアンシエル』って有りますか?」
「ああ、アレか……。あるにはあるよ。ただし、ウチで扱ってる品々は一般に流通してる物ではないからねぇ。少々値が張るが……。お前さん持ってるのかね?」
と、親指と人差し指をくっつけて輪を作る。
「有るわ。だから商品を見せて頂戴」
カウンターの上にお金の入った革袋をドン!と置く。高額な硬貨の奏でる音に満足した老主人はその重い腰を上げる。
「ふむ、少し待っておれ……」
老店主は手持ちのランプを持ってゆっくりと奥の棚を探りに行く。しばらく戻って来そうに無いので適当に部屋を見渡す。部屋の右側は面白みの無いただの石組みの壁だったが、左側には幾何学模様で編まれた床まで届きそうな大きなタペストリーが壁一面を覆っていた。
オーレッドは鼻でクンクンと辺りの匂いを嗅いだかと思うと、次にはタペストリーをじっと見つめている。
ランプの煤で随分汚れてるみたいだけど、そんなに珍しいモノなのかな?
暫くして老店主が、蒼味がかっている透き通った綺麗な小瓶と、ホットケーキ程の大きさの緻密な細工が施された金属製の容器を持ってきた。金属製の容器には親指ほどの幅の紙で周囲をぐるりと巻かれ蝋で封がなされていた。
「これがそうだ。こちらの小瓶に入っている液体の方は、飲み物などにほんの少し混ぜて使う。そして、こちらの金属容器の中身は違う方法で精製したもので固体化した状態のものが入っている。これを熱で溶かすのだ。小部屋程度の空間ならスプーン1杯程度の量で十分足りるはずだ。
部屋に香りが充満した段階で対象にその香りを吸わせれば徐々に効果を発揮する」
老店主の帽子の影から覗く片眼が鋭く光る。
「この薬の効能はな、言ってみれば自白薬だ。権力者周りの秘密を知る者を誘拐し、弱みを握って利用する時や、敵対組織の構成員を拉致ってきて秘密を聞き出す時なんかに使う。
忘れていた記憶の一部を呼び覚ませる副次的効果が出る時もあるが、この手の薬は当然副作用がある。一時的に記憶に支障を来したり、使いすぎれば頭に重篤な障害が出て廃人に……なんて事もある劇薬だ。くれぐれも使用量に気を付けろよ?」
薬の効果を聞いただけで鳥肌が立つ。ランセリアは何故はこれを手に入れたかったのだろう?一体、誰に使うつもりなの……?
「……で、こっちの小瓶がアルブル金貨三枚と小金貨五枚、もう一つの方がアルブル金貨二枚と小金貨七枚だ」
えっ……高っ!?手持ちで足りるのかな……。どっちか片方なら買えるかな……。
少し悩んでからお金を出そうと革袋の中に手を入れようとした時、その手を彼に掴まれ止められてしまう。
「おいおい、ちょっとそりゃ~ぼったくりもいいとこじゃねーか?」
オーレッドが老店主に食って掛かる。
「成分を抽出するのに高価な機材が必要でね。この量を溜めるのにも結構な時間がかかる。こっちの方も香油の生成と同じ様に油に成分染み混ませるのに手間暇が掛かるんでな……」
「そりゃー大変なこった。だが、液体の方は精々アルブル金貨二枚、固体の方はアルブル金貨一枚と小金貨五枚位が相場だろ」
「……あんたほんとに何処の組織の者だ?はぁー。仕方無い、液体の方がアルブル金貨三枚、と固体の方は金貨二枚。これ以上は上に怒られちまうわ」
「なら両方纏めて、アルブル金貨四枚ッ!それならどうだ!?」
老店主はこちらをじっと見つめる。
「お前さんも、それでいいよな?」
思わず勢いでブンブンと頭を振り頷く。
「はぁー。そっちが相場を知ってるのは誤算だったわい。こっちが足元見られちまうとは……しょうが無い、それで手を打とう」
革袋からアルブル金貨二枚と、小金貨二十枚を出してカウンターに置く。この支払いで袋の中身が大分減ってしまった。後でオーレッドに払う報酬分のお金が残ってるかどうか一抹の不安がよぎる。
老店主は商品をこちらへ押しだし、お金をカウンターの下へしまい込む。
「誰に使うか知らないが、くれぐれも使用量に気を付けるんだぞ?」
私は、黙って頷くことしかできなかった。
二度も念を押されたこの事だけは、あの人にもしっかり伝えよう……。




