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令嬢は嗤う  作者: バーン
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契機


「アン、今日は大成功だったわね!色々と用意してくれたお陰よ!」


寮に戻るとさっそくアンを労う。


「これくらいのことであればどうという事はありません。……ですが、今回のために新しく購入した品々により少々出費が嵩んでしまいまして。正直、今月は生活費を少しばかり切り詰める事になるかと思います。お嬢様には極力ご不便をおかけする事が無いように遣り繰りするつもりでございますが、いざという時はお許しください」

「わ、わかったわ。私も協力するし無駄遣いしないように気をつけるね!」

「ありがとうございます。では、報告も済みましたしお召し物をお着替えなさって下さいまし」



アンと止め処ない話をして時間が過ぎ、食事や入浴などの日課をこなしベッドへ潜り込む。就寝や起床時間など寮則に沿った規則正しい生活をあるじに送らせるのもメイドの務めらしく、ルールの遵守についてアンは以外と厳しい。


「あー明日から本当に楽しみだわ。おやすみ!でも興奮して今日は寝つけない気がする」

「またお戯れを。お嬢様お気づきですか?うっすらと目の下に隈ができております。それは疲れが溜まっている証拠。早くお休みくださいませ」

「え、本当!?思い当たる節が無いんだけど……。でも睡眠不足はお肌の天敵だものね。ではアン。おやすみなさい」




夜中、ヴィペールが目を覚ます。出来るだけ音を出さないよう気をつけながらベッドから這い出し、居間を抜けてベランダに出る。いつもの椅子に座り、背もたれに体重を預けてから彼女は一言「幻夢追想レーヴ」と唱える。極限まで短縮したその呪文に精神の精霊が応え、彼女の魔力を対価にアルメリー視点の今日の出来事を追体験させる。

「昼の主人格、なかなか良い感じじゃない。フフフ……。これはしばらく自由に泳がしておくのが正解かしら。器との関係が良くなるのは願ったり叶ったりだものね。だけど、いつまでも呼び方が昼の主人格というのもアレね。アルメリーはこの体、ひいては我が名前の一つでもあるわけだし……そう、昼間=『ジュルネ』というのはどうかしら。うん、気に入ったわ。呼びやすくて最高。フフ……」




                ◇




生徒会室にて仕事が一段落したランセリアは思い出したように席を立ち、隣の執行部室を覗き込む。中では暇そうにしている執行部員が何人かカードゲームに興じている。


「あなた達、とっても暇そうね。ちょっと頼まれてくれないかしら」

「なんでしょうか?」

「精霊祭の象徴である、精霊像の制作要員が集まらなくて困っているという話を聞いたの。暇な時でいいから手伝ってあげてくれない?」

「……あの、我々は待機も任務なので……」

「もう少しで終わりますから。ちょっとだけ待ってください……」

「お前達な……。この方に口答えはやめとけ。相手が悪い」


上級生の一人が呆れたように言う。隣の真面目そうな上級生の執行部員も続く。


「最近は特に何も起きてませんし、少々暇を持て余してたところです。去年も特に出動がない時はこうやって手伝いましたからね。そろそろ声がかかるのではないかと思っていました。もし何かあれば連絡をお願いします。そら、お前達いくぞ!」


全員持っていたカードを机の上に投げ出しぞろぞろと動き出す。彼らが生徒会室から退出するとランセリアは散らばったカードを軽く整頓し、自分の席へ戻る。


次に何をしようかと思案していた所へノックと共に女生徒が入ってくる。


「ランセリア様、エルネット様、教官がお呼びです。一緒に来て頂いてよろしいですか?」


名前を呼ばれた二人は頷き、席を立つ。


「……私達少し外しますからセドリック様、後のことよろしく頼みます」

「分かりました。後のことはお任せ下さい」


彼は黒革の手袋をした右手を顎に当てたまま応える。


二人と連絡に来た生徒が共に出て行くと、生徒会室が静かになる。今この部屋に残っているのは生徒会長のアルベールと書記であるセドリックの二人のみだ。


「……会長、この前頼まれていた件な。八年前の議事録に見つけたぞ。前例はあるみたいだが、反発もあったようであまりいい結果にはならなかったみたいだ。もう少し慎重になった方がいい。彼女を無理に入れる必要は無いんじゃないか?顔が見たいだけなら準備委員としてちょくちょく顔を出しにきているし、それで十分じゃないか?それに期末試験の結果如何で正式に入れる制度自体はある。本当に必要な人材なら彼女には勉強を頑張って貰うか、誰かが勉強を見てやればいい」

「ああ、そうだな。お前の言う通りだ。弟の件で只でさえ彼女は周りから反感を買っているわけだし、そんな所へわざわざさらに誤解を招くような事をこちらから行うべきではないな。期末試験でいい成績を上げて貰って正式に招くとしよう。で、お前は家庭教師に誰が良いと思う?」

「あのな……そんなことは精霊祭が終わって彼女が落ち着いてから考えればいい。それでも十分間に合うと思うぞ」




                ◇




放課後、準備室で精霊祭の際に飾り付ける装飾を委員総出でせっせと作る。数が大量に必要なものは外注する予定で生徒会に申請しているが予算審議の結果を待っている。


委員長が「ある程度は自分達で作らなくてどうするの!これは私達の青春の祭りでもあるのよ!」と熱弁を振るい作ることになった。合掌。皆、黙々と手を動かしている。


ノックの音が教室に響く。皆の視線がそこに集中する。「開けるわよ」という声と共にドアを全開にしてフェルロッテが現れた。

近づいてきた彼女がそっと私の肩に手を置く。


「委員長さん。この子、お借りしていいかしら?すぐに返すから心配しないで」

「そんなに時間が掛からないというのなら……構いませんわ、フェルロッテ様」

「委員長すみません、ちょっと失礼します」

「行くわよ、アルメリーさん」

「あっ、はいフェルロッテ様」



フェルロッテについていくと大食堂についた。ここは学院生には常時解放してるらしい。チラホラと勉強や読書している生徒や談笑しているグループなどが見受けられる。そこからさらに少し歩き、大食堂の中庭に出る。


「この前、サロンに入ってくれると言ったじゃない?だから都合が合う方だけお願いして来て頂いたの」


中庭にいくつか設置されている丸テーブルは五~六人掛けができる程度の大きさのテーブルでその内の一つを占拠し座っている方々を中心にして、それを十数人の女生徒が囲むように立って一堂が会している。多分、私の予想では座っているのが上級生で、他の立ったままの人達が下級生かな?


「あなたが、フェルロッテ様から推薦があったアルメリーさんね?」

「アルメリー・キャメリア・ベルフォールと申します。皆様よろしくお願いします」


スカートの端をつまみペコリとお辞儀をする。


「とても可愛らしい方ね。私達はあなたを歓迎するわ。私がこのサロンの女主人マドレリア・シャルバラ・サンドロンよ。よろしくね」


長い栗色の髪、琥珀色の目をした、穏やかで優しそうな人。


「フェルロッテ様から色々聞いているわ。あなたに紹介したい子がいるの。リザベルトさんいらっしゃい」


立ったままの人達の中から一人抜け出して近づいてくる。


「は、……はじめ……まして…。わ、私……リザベルト……シャルール……マディラン……ともぅし……ます。……よろしく……お願ぃ……しますぅ」


消え入るような声で自己紹介する彼女。


「この子ね、防御系の魔法の才能があるのよ?ただちょっと人見知りで……。真面目で良い子なのよ?でもいまだクラスに馴染めて無いみたいなの。ご両親が過保護に育てすぎたのかしらね?それで……あなたとクラスも近いし、もしよかったら明日からでも一緒に行動してはどうかしら?」


肩まで伸ばした銀髪に花を模した髪飾りをつけ、薄い緑の綺麗な瞳。儚げな美少女だがおどおどした自信のない態度をしている。この子、どこかで見たことある気がするんだけど……どこでだろう?

ん?んー??よく考えたら、これって明らかに持て余しているお荷物そうなこの子を押しつけられただけじゃない?来年には先輩である彼女は卒業するから『後よろしく~!』ってワケですか?サロンからも一応人を出してというフェルロッテからの要望に応えたし、万事オッケ~テヘッ☆ってことぉ!?


考えが頭の中でループし、目がぐるぐるとまわりそうになる。


「えっと、彼女と希望する授業が同じ時なら私も一緒に受けるのは……もちろん問題ないんですが、希望が合わない時が多かったりした場合は……そこの処どうかなー?と思ったりなんかするんですが……」

「今学期はまだ始まったばかりといっても過言では無いわ!単位の心配なんてもっと先でもいいでしょう?あっ、私いいこと思いつきましたわ!彼女がこう言ってるわけだし、ねぇリザベルト、あなたが彼女に全面的に合わせなさい?期末が近くなったら受ける授業を上手いこと調整すれば問題ないと思うわ。そうすればあなた達二人はいつも一緒でいられて仲良くなれるでしょう?あぁなんて素敵な事かしら。アルメリーさんはテオドルフ様と色々あったからクラスでも浮いてしまっているらしいの。優しいリザベルトはそんな彼女を助けてあげられるわね?」

「……はぃ。わ、私は……それで、いぃ……ですぅ」

「良い子ね、リザベルト。私あなたのそういうところ、好きよ?」


あっ、テオドルフの名前がでた。もうすでに噂ですら彼とは一応終わった事になってるハズなんだけど、まだこれ嫉妬され続けてる……?

さっきフェルロッテの事を様付けて呼んでいたから、彼女の家はもしかして爵位がフェルロッテより下なのかな?だから爵位の力関係的な問題で今一番彼の近くにいる彼女には手が出せず、矛先がこっちに向かってきてる?最初に受けた優しそうな印象は全てを覆い隠す仮面で実は腹黒だったのね……。

このサロンにとって彼女フェルロッテの利用価値は高いと思う。在籍しているだけでステイタスになるし、学院内での派閥間の力関係に大きく影響するだろう。もしかしたら彼女リザベルトもいい感じの爵位の家の子で、その利用価値だけが目的でこのサロンに誘われたのかも。そうじゃなければこんなおどおどしてる子が自分から入ると思えないし……。

私の家についての情報はどうせもう伝わってるだろうし、ここでの立場は単純にフェルロッテのオマケでしかない。彼女フェルロッテをチラ見するが皆に囲まれ持ち上げられて嬉しそうに相好を崩している。


「……あ、明日からよろしくお願いします。リザベルト様」

「こちら……こそぉ、よろしく……ぉねがぃ……しますぅ」


ささやかな抵抗も潰されたし、こうなったら受け入れるしかない。はぁー……。明日からまた大変になりそう……。いや、ここは気持ちを切り替えてもっとポジティブに。そう、彼女は人見知りしてるだけ。もっと二人の距離が近くなればきっと彼女とももう少し会話がしやすくなるはず!……だよね?




                ◇




翌日、廊下で合流してからリザベルトと一緒に授業を受けた。座学の授業中なので私語は慎まなければならない。隣に座っている彼女の方を見ると羽ペンを動かし真面目に教官の話を書き取っていた。

そこで私は閃く。意志の疎通を図るのは何も口頭だけじゃない。早速手持ちの紙をできるだけ音を抑えてすぐに隠せる程度の大きさに破り、『リザベルト様の好きなことは何?』と書き込んで教官にバレないようにタイミングを計って彼女に渡す。

すると、彼女は美しい字で『お花とかを育てるのが好きです。丹精込めて育てたらその分綺麗な花を咲かせて私に応えてくれるから』と返してきた。

『とても綺麗な文字ですね!』『ありがとう、家族以外から褒められたのは初めて。嬉しいわ!』等々、あのしゃべり方が嘘のように返事は早く、文面も流暢であった。



その後、礼儀作法や刺繍の授業を受けたが、礼儀作法は生徒の中でも見惚れるぐらい完璧で、刺繍もとても上手だった。今度教えて貰おう。



最初の頃は近づくと嫌がった彼女だったが、一週間近く一緒にいると彼女も私のことを好ましく思ってくれているようで自然に距離も近くなっていき、ついには体が触れ合うぐらい近づいて言葉を交わすこともできるようになっていった。




                ◇




「最近、あの子他のクラスの子と仲が良くなったみたいね」

「相手はあのリザベルト様よ?たしか……まともに人としゃべれないあの人?」

「私、二人が楽しそうに喋ってるとこ見たことあるわ」

「クラスから浮いた者同士、気が合っただけなんじゃじゃないの?」

「えー、そうなのかなー?最近いつも一緒だよ-?」




「精霊祭の実行委員に入ったんだって。放課後に準備とかで色んな所で見かける事があるわ」

「結構頑張ってるのね……?少し見直したわ」

「ふーん、そうなんだ」




「……もしかして、アルメリーさんって悪い噂が多いけど、実はいい人なのかな?」

「もう少し様子を見ましょう?それが本当なら私、態度を変えても……」

「いきなり手の平をひっくり返したように彼女への対応をかえたら私達、バカみたいじゃない」

「それもそうね。でも……何かいい切っ掛けでもあればその時に考えましょう?」




最近、教室の中や移動中の廊下、大食堂で昼食中にこういった噂話が直接ではないものもあるが時々耳に入ってくるようになった。心なしかクラスメイトの私を見る眼にはかつての険悪な雰囲気が若干薄れている気がする。



午後の座学の授業中、物思いに耽る。ランセリアには豪語したものの……会長と直接会う方法がまったく思いつかない。授業ではほぼ上級生と関わる事が無いし。

委員会に入ったお陰で生徒会へのアクセスができるようになったとはいえ、会長の側から用事が無い限り私に声が掛かることは無く、例え用事があったとしても他の方々が一旦受付ける事になり直接話すことはやっぱりできない。それにプライベートな事を聞こうというのだ。人目があるところで話せる訳が無い。どこかで二人きりに……って、どうやってそんな状況作るのよっ!


あぁ……誰か相談相手が欲しい。相談相手……。横を向くと真剣に授業を聞いているリザベルトが目に入る。思わずサムズアップ。それに気がついたのかこちらに顔を向けるがキョトンとして顔を傾げていた。

そんな彼女に私はニコッと笑顔を返したのだった。

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