蠱惑
目を覚ますと辺りは暗い闇が覆っていた。
「……まだ時間が経ってないのかしら?そんなハズは無いわよね」
ベッドから這いだし、居間を通りぬけベランダへ出る。月は出ているがゆっくりと流れる雲がかかっていて、その一部しか見えない。たしか眠る前に見たのは満月だったはずだ。
寝室へ戻り、寝ているアンの肩を揺する。
「アン、悪いけど起きてちょうだい」
「……お嬢様、どうされました?」
「頼んだ物は出してくれたかしら?」
「ええ、お嬢様が登校された後に寮長へ提出しておきましたが、何かありましたか?」
「確認したかっただけ。ありがとう」
しばし考え込む。
天気も変わってるし、アンが手紙を出してくれているので一日経過しているのは間違いない。
我が活動出来るのは夜のみか…。直接関わることが出来ないのはもどかしいが……ならば間接的にこちらへ堕ちるようにしむける……か。まぁ逆にその方がいいかもしれないわね。フフフ……。
指を鳴らす。
アンがビクッと痙攣したあと、意志の灯らない瞳をこちらへ向ける。
「今日、私はあなたに何か言っていたかしら?」
「マルストンという生徒会のメンバーが優秀でお嬢様の仕事が捗ると伺いました」
昨日は我が目覚めるまでの状況把握のため情報収集は苦にならなかったが、これからは頻繁に行う事になる。なんだかもどかしい……。
この体の昼の主人格が事細かに出来事をアンに伝えていればいいが、重要な事柄などが抜け落ちていては非常に困る。それでは計画の建てようがない。穴だらけの計画など崩壊する事が約束された建物を建てるようなものだ。何とか昼間の記憶を簡易に入手できるようにせねば……。
「我が肉体に宿る精神の精霊よ、偉大なる我が主アヴァールの十の眷属が一人ヴィペール・ディジエムが命じる!我が前に顕現せよ」
何も無い空間に気配が生じる。
『アヴァール……その御名をこの地で聞くことが出来ようとは……。精神に司る我らは形を持たぬ身故、御身の前に姿を顕せられないことをお許しください……』
音として発せられないその声が直接頭に届く。
「許す。その方に問う。我の昼間の記憶に干渉できないのは何故か?直ちに可能にせよ」
『共有出来るように、との仰せですか?記憶の統合をすると主人格は脆弱なヒト故、精神崩壊を起こす可能性があり、またそうなった場合は昼間は廃人同様になり余人の介護がなければ生命活動にも支障を生じることになりますがそれでもよろしいですか?』
「……それは我もあまり望むことではない。我の側が主人格でないのも面白くないが……。なにか他に記憶を知る術はないのか?」
『一つだけございます。魔力を少々頂ければ私が媒介となり、夢に近い形でよければ日中の記憶の追体験に近いものが提供できるのではないかと。記憶の中の事なので時間経過を自由に操る事も可能であると考えます……なので数日に一回行えば問題ないかと。これは精神や頭脳に負担をかけますので毎日行えば睡眠不足による容貌の劣化、身体機能の低下など諸症状が現れますのでご注意ください……』
「忠告は覚えておくわ。では早速始めて頂戴」
◇
翌日の放課後、集め終わったリストの紙束を持ちノックをして生徒会室に入ると、テオドルフと目が合う。
「お、アルメリー。今日はなんのようだー?」
彼は仕事の手を止め席から立ちあがり、すぐそばまで近づいてくる。近い。近い。
「えっと、精霊祭招待状を参観される父兄へ送るため、各クラスへ出欠の確認を一応とりましたので招待状を送るべき方々に漏れがないか生徒会の皆様にチェックして頂こうと思いまして。これがそのリストです」
紙の束をすぐ傍のテオドルフに渡す。その際にちょっと指が触れあい少し頬が熱くなる。彼の方を見るといつもと同じで飄々としている。意識しちゃったの私だけ?
「あー、こういうの俺苦手なんだよな。セドリック頼む」
「テオドルフ、もう少しは貴族達に関心を持ったらどうだ、全く……」
「なんだよ兄貴……まぁそこら辺は周りの優秀な人材を頼ることにするぜ」
「ふむ、見せてみろ」
セドリックは紙の束を受け取りざっと目を通す。
「トラスコン家、タルブ家、ルベルジュ家……まだ卒業してないのか。もういい歳のはずだぞ?どこも三男や四女ばかりとはいえ甘えすぎだ。出席。コルマコン家、シュルバック家……記入がないぞ?ん、ああ担任教官から『バルナルド教授の遺跡調査に同行』と注意書きがされているな。親と直接合えないならば意味がないな。欠席……」
「流石だな、この学院にいる貴族連中全て頭の中に入ってそうだ!」
「その程度の事、この国の宰相を目指す私にとって造作も無いことだ」
彼は次々とリストにチェックを入れていく。
「セドリックにかかれば我々の出る幕はないな」
会長も表情を緩めて様子を見ている。
「ダブルチェックは必要だぞ。皆も私が見終わった分の確認をしてくれ」
そうこうしてる内に確認作業が終わった。
「ありがとうございました!」
流石、生徒会の面々だけあって仕事が早いわ。
「他に何か手伝う事はないか?今ならついでにやってやるぜ?」
「テオドルフ様~?何をおっしゃってますの。まだご自分の仕事が終わってませんわよ?あと、アルメリー、そろそろサロンの事考えてくれたかしら?」
あっ!?忘れてたーっ!ここのところ彼女に会えてなくてすっかり忘れてたわ……どうしよう。
顔面を蒼白にして、冷や汗を流しながら助けを乞うようにランセリアの方をチラチラ見る。
ランセリアはため息を吐きながら会話に入ってくる。
「アルメリー、もし他に入りたい所があれば遠慮無くそちらへ入っても構わないと言ったわよね。こちらのアレは、あってないようなものだし」
「なっ!?すでにランセリア様の所に入ってますの!?私が先にお誘いしたのに!」
「仕方ないじゃない、あの状況ではこの子を保護するにはそうするしかなかったわ」
「もしかしてヴィルノー様の火傷の件と何か関係ありますの?」
「……はい、同じ集団です。絡まれていた所をランセリア様の庇護下に入れて貰い助けて頂きました。なのでもう下手に手出しされることはないかと……」
「ヴィルノー!俺が見舞いに行った時には「問題ない」って何も教えてくれなかったじゃねーか!」
「当のアルメリー嬢も、もう心配ないと言っている。おちつけテオドルフ」
「そうだ、俺がアルメリーの護衛を……」
フェルロッテが笑顔だけどこめかみに怒りマークをつけて席から立ち上がる。
「テオドルフ様……?」
「お、おぅ……」
「そもそも、テオドルフ様が彼女に一時的にでもべったりくっついていた所為もあるのですよ?お陰であなたを慕う令嬢達から目の敵にされてしまったのですから」
「あの時はあれが一番手っ取り早いと思ったんだよ……すまねえ」
「そうですわ、私の方のサロンにもお入りなさいな。幸いランセリア様の所は今の所活動なさっておりませんし、派閥を形勢してるというわけでもなし。それに私の所はメンバーも少なくないですし常に誰かをあなたのそばに回して貰えるように上手く話をつけてあげられますわ」
「では、お言葉に甘えさせていただきます。フェルロッテ様」
スカートの裾をつまんでお辞儀をする。
「あ、ランセリア様。後でお時間を頂きたいのですがよろしいですか?」
「……分かったわ。では後で準備室へ寄るわね」
「ああ、一つ言わせてもらいたい。前から思っていたのだが……どうも皆、彼女と近すぎないか?生徒の模範であるべき我々生徒会のメンバーが特定の一生徒と親密になるのはいささか問題があるのではないか?」
「まぁそう堅い事言うなよセドリック。委員の仕事で頑張ってる彼女を皆で応援してるって事でいいじゃねーか。な?」
「しかしだな、テオドルフ……」
そこへ「パンパン!」と手を打ち鳴らす音が聞こえた。
「アルメリーさん用事は終わった?終わったよね?はーい、ではみなさんお仕事再開してくださーい!」
エルネットが大きな声で元気よく皆に発破をかけ、チェックの終わった紙束を集めて私に渡してきた。それを受け取ると、生徒会室から追い出される。
その後、手が空いてしまったので実行委員のスカウト係、ピエロ君の募集を手伝う。
完成すれば高さ数メートルにもなる予定の「精霊像を作る制作スタッフ」の募集だ。
声を張り上げて暗くなるまで募集活動をしたのだけど、本日の結果……応募人数0。委員長が欲しがってた人材はできれば「手先の器用そうな子」とか「荷物を運べる力持ち」なんだけど、それに拘らずとにかく人数が必要らしい。それなのに一人もゲットできなかった。
成果が出ず、疲れた足取りのまま催事準備室へもどる。
俯き加減に階段を上りきったところで声をかけられた。
「……遅かったのね」
顔をあげるとランセリアが泰然と入り口の前に立っていた。
「あっ、お待たせしてしまって申し訳ありません、ランセリア様!」
横でピエロ君が背筋を伸ばして直立不動になっている。彼の制服を軽く引っ張りこちらへ注意を向け、ハンドサインで準備室へ先に入っておくように促す。彼はこちらの意図を察してくれたのかバタバタと慌てて中に入る。
「……嘘よ。そんなに待ってないわ。こちらもつい先ほど終わった所。それで?用件は何かしら?」
「あー、あの、休日は空いていますでしょうか?」
彼女は手を口に当て、暫く何事か考えている。
「その日、特に用事はないわね……」
「よかった!ではその日お茶会を開きませんか?私達の最初の活動です!」
「あなた……本当に?」
「ランセリア様さえよければ!あ、メイドはついてきますけど……」
「分かったわ。それで……どこで行うつもりなのかしら?」
「あの、同意を得られてから決めればいいかなーとか思って……そうだ!この前教えて貰ったんですけど王都の繁華街に美味しいお店があるんですよ、そこなんかどうですか?あ、もし学院の外に出かけるのが面倒なら、天気が良ければ無駄に広い学院の敷地を探索して良さそうな場所を見つけたらピクニックするとかもいいかもですね!?」
彼女は少し考える仕草をした後、何かを思いついたように口を開く。
「そうね、あまり人混みは好きではないわ。あなた……練兵場は分かるわよね?宿舎からだと少し遠いけど、あそこの脇の林をちょっと入ったところに泉があるの。そこはどうかしら?」
木漏れ日がキラキラと反射し、輝く水面。そこで水と戯れるランセリア。うん、とっても絵になる……。
「いいですね!きっと素敵なお茶会になりそうです!では二の鐘(二限目の開始の大鐘の事。大体午前十時半位に鳴らされる。)ぐらいの時間に練兵場前で待ち合わせでどうでしょうか!?」
「ええ、それでいいわ。では次は休日に」
それだけ言うと颯爽と私の横を通り過ぎていく。
「お疲れさまでしたー!」
階段を降りていく彼女が見えなくなるまでお辞儀して見送る。
催事準備室へ入るとピエロ君がすごい勢いで寄ってきた。
「お、お前!気難しくて冷淡で、他人に対してまるで興味を示さない孤高の女王と言われる上級生のランセリア様となんであんなに親しげに話してんだ!?」
彼は信じられないものを見るような目つきでまくし立ててくる。どうやら教室の中から様子を見てたみたいだ。
「連絡係として生徒会室に通っている内に顔見知りになっただけよ?でも、あの方はそんな方とは思えなかったけど?ちょっと目つきがきつめなだけで、気品があって美しくて素敵な方ですよ?」
「ばかな……いや、噂の方が間違っていたのか?ならばチャンス!?俺もお近づきに……連絡係変わってくれ!!」
「ダメでーす。それに正気ですか?あの方は第一王子アルベール様の婚約者ですよ?」
「ああーっ!!そうだったー!」
「はいはい、バカな事は後でやってくれる?今日の活動報告を聞かせてくれるかしら?」
委員長に割って入られたので正直に報告をする。反省会のあと募集のための案を下校時間ギリギリまで皆で考えるのだった。
◇
頭に角を生やしお尻から大蛇のような太い尾を生やした女性が薄ら笑いを貼り付けた顔でこちらを見ている。何もない一面真っ白な空間に私と彼女の二人だけが浮いたまま、くるくると輪を描く様に揺蕩っている。彼女の顔が近づき通り過ぎる。彼女は私のそばを何度も通り過ぎてはその度に恍惚の表情を浮かべ、小悪魔のような笑みをこちらへ向ける。その顔は……アルメリーの……そう、私の顔にそっくり……。あなたはだあれ……?
「……様、アルメリー様ー」
「……はっ!?え?な、なに?」
マルストンが心配そうにのぞき込んでいる。
いけない。書類の作業中に寝落ちしてたみたいだわ。まだ日中なのにすごく眠い。最近ちゃんと眠れてないのかしら?
「戸締まりの為に催事準備室によったのですが、ぼくが中を見かけたら寝ている女生徒が残っていたので声をかけました。アルメリー様、委員会の皆様は帰られましたよ?お疲れですか?大丈夫?」
返事を返そうと何か言いかけた途端、再び意識が遠のいていく。フッと力が抜け、倒れそうになったが彼が上手く支えてくれた。
ふ、ふふふ……。此の所、精神と頭脳を酷使した甲斐があったわね。
彼女が一瞬、不敵な笑みを浮かべたのをマルストンは見逃がしてしまった。
「大丈夫ですか?アルメリー様?」
「問題ないわ。それより今の時刻を教えて頂戴?」
「えと、少し前に八の鐘(午後六時半ぐらい)が鳴りました……」
「ありがと。大体分かったわ」
こんなに早い時間に体の主導権を握れるなんてね……フフッ。この目の前にいるのはマルストンとかいう子ね。この子を我が美貌と手練手管でたらし込んで手駒にしてしまいましょう。
「目の下に隈が出来てますよ?早く帰って寝た方が良いのでは?それに目が少し赤く光ってる……ように見えたんですが夕日のせいだったのかな?」
「え、本当!?」
壁に据え付けてある鏡を見に行く。そこにはかわいらしい顔が映る。だが目の下にうっすらと隈が見えている。精霊に注意された容貌の劣化が起こっていた。そしてふと違和感を覚え視線を下げると、かつてはどんな男も虜にするほどの抜群のスタイルを誇り、自慢であった双丘は見る影も無くなっていた。着やせ……?であって欲しいと思い改めて服の上から手で直接触って見るが……無いことはないが、そんなには無い。呆然となりながら鏡の前で立ち尽くす。
「……では、鍵を閉めますのでアルメリー様も教室から出て貰ってもいいでしょうか?」
いつの間にか彼は出入り口付近まで移動していた。
この我と触れ合うぐらい近くにいたのに狼狽する素振りやなんの感心も興味も抱かないなんて!?
ショックに打ちひしがれている場合では無い。『今まで幾多の人間共の要人を惑わせ陥れてきた、この我の技を持ってすれば女にそれほど免疫の無いであろう男の子一人籠絡するなど容易いことよ』と言い聞かせ崩壊しかけたプライドをかき集め自分を奮い立たせる。
「ねえ、マルストン君?ちょっとこっちへ来て。いいことしない……?」
机の上に軽く腰掛け、媚びるようにしなをつくり、流し目を送り、誘うように妖しく指を動かす。
「い、いいこと……?」
ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた気がした。フラフラと近づいてくる。やはり男の子なのね。興味津々みたいでかわいいわ。
彼が近くまで来ると、スッと後ろに周ってもたれ掛かり包み込むように両手を胸元とお腹に這わせ優しく撫で廻しつつ、胸を背中に密着させ耳に息を吹きかける。すると彼は耳まで真っ赤になり、体は緊張のためカチカチ状態になっている。
「ねえ、私欲しいものがあるの……。聞いてくれる?」
耳に触れそうなくらい近くに顔を寄せ甘い声で囁き、胸を撫でていた片手を彼の腕へと這わせ何度か動かし合い、恋人つなぎにする。手の平からお互いの暖かな体温が触れ合いそれが興奮をかき立てていく。
彼は一切の抵抗らしい抵抗をせず、なされるがままにゆっくりとお互いに立ち位置や姿勢を変えていき、最後には彼を机に押し倒す形になった。
瞳を潤ませ、彼の目をじっと見つめる。
今にも蕩けそうな顔になっている彼はただ何度も頷くことしかできない。
「私の言うことをなんでも聞いてくれる人が欲しいの……」
「でも、ぼくなんかじゃ……そ、そうです!テオドルフ様や、ヴィルノー様ならアルメリー様の言うことなら聞いてくれるんじゃ……?」
「たしかに常識の範囲内で普通の事なら彼らも聞いてくれると思うわ?でも家の体面や騎士としてのプライドなどが邪魔してできないことだってあるじゃない?」
「そ、そうなのかな?よくわからないけど……」
「私があなたにして欲しいことはちょっと違うの。あなたの商人として頭を使った能力、そう財力や情報網や伝手を駆使してちょっと危ないモノでも手に入れてくれるそんな素敵な人が欲しいの」
「もちろん無料とは言わないわ?商人相手にただ働きさせるとか失礼だものね。報酬はちゃんと払うつもりだし、そ・れ・に……」
私から顔を寄せていき、ゆっくり時間を掛けてあわや唇同士が触れるかどうかというギリギリまで寄せた瞬間、人差し指を彼の唇にかるく添えて寸止めする。
「もし、この先がしたかったら、ね?わかるでしょ?」
焦らすように一呼吸おく。
「あなたは私の言うことを何でも聞いてくれる人になってくれる?それともならないかしら?」
「ぼ、ぼくはなりたぃ……いえ、ならせて下さい!!」
「まぁ嬉しい!マルストン素敵だわ!」
「私達は今日、新しい関係を築けたの。だからあなたにご褒美をあげないとね。私の手の甲へ口づけするのを許してあげるわ」
私が体を起こし手を差し出すと、彼も机から降りて片膝立ちの姿勢になり、うやうやしく手を取りその甲にキスをする。
「あぁ……アルメリー様の肌はなんときめ細かく美しいんだ。不肖未熟の身ですがぼくの出来ることであれば全力であなたの望みを叶えたいです」
「私達のこの関係は誰にも秘密よ?もし誰かから噂でも聞くようなことがあったら絶交よ。この先は絶対してあげないから!」
「ぼくは決して誰にもいいません!この関係は特別ですから!」
「ええ、あなたは……テオドルフ様、ヴィルノー様より特別なの。フフ……」
マルストンは興奮し、目を輝かせガッツポーズを決める。
年上の女子に囲まれ、かわいいかわいいと撫で回されることも多く女性に免疫が無いわけではないマルストンだったが、彼女らが彼に対して向ける好意はあくまで庇護欲や一時的な愛玩の対象としてだ。そう、子猫や子犬に向けられる感情と同じもの。女性からここまで個人として求められたことは今まで経験がなかった。
さらに『テオドルフ様よりヴィルノー様より特別』という言葉に二人に対して初めての優越感を感じ、彼の中で大切にしていた何かが壊れた。
「では、そろそろ出ましょうか。私、あまり遅くなって問題がおきるのも嫌ですから」
「そうですね。ではここは閉めておきますので、アルメリー様は先に退室なさっておいて下さい」
彼にあとの事を頼み、催事準備室を後にしたのだった。




