4 大差
シンの10000エルと、その倍ほどの観戦金額がかかった初戦。
このたった一瞬で最大日本円にして20万円相当の金額が奪われる可能性がある戦い。
・・・黒。
・・・黒!
・・・黒!!!
呪文のようにつぶやかれる周囲の男達の祈り。
熱気が増す小屋の中、シンの手がカケルの皮袋から石を一つ掴み、取り出す。
握られた手を開く。その石の色は――
白。
「なんだよぉぉぉぉ!!」
「くっそはずれたぁぁ!!」
群衆の悲鳴が木霊す。
子で白を引いたシンは負け。判定は親であるカケルの勝ち。
シンの賭け金10000エルに加え、観戦者が全員シンに賭けて外れたためその観戦掛け金19850エル、合計29850エルがカケルの手に渡った。
「むう、やるじゃないか」
苦しそうな顔でアゴ髭を撫でるシン。
カケルは表情を出さず、言葉を手でかわしながら獲得金を袋にまとめる。
・・・なるほど。そう来るか。
奴は一気に潰さず、搾り取りに来たか。
最初だけ勝たせて甘い蜜を吸わせ、最後にすべてを吸い尽くす。奴の常套手段だ。
周りの農民がどうかは分からないが、奴にとっては10000エルは小銭だ。痛くもかゆくもないだろう。
これはいわば撒き餌。たらふく食わせて、育ったところを釣り上げる。そんなところか。
今日一日だけで終わらせず、長期間にわたって俺を飼い殺しにしようって腹。
となると、奴が仕掛けてくるのは・・・。
・・・二戦目、親・シン、子・カケルの引き番でカケルはあっさりと黒を引いた。
9850エルの張りであったが、二戦二勝。トータル39700エルのプラスだ。
初戦に続き勝ちを拾ったカケルの手元には農夫たちの羨望の眼差しが突き刺さるがおくびにも出さない様子。
負けが込んだシンの眉は顰められているが―――。
・・・バカめが。
まんまと罠さはまりおった・・・!
内心では笑っていたのだ。
◇
「必勝法?」
「おうよ」
燭台の明かりが一つ。暗い部屋の中、周囲を警戒しながら肩を寄せ合って密談する男2人。
村では知らぬ者のいない兄弟だ。
「これ以上運さ頼るのは危ねえ。完全な勝ちばつかむ方法さ思いついたけ、教えるわ」
「なんじゃ、そん方法って」
皮袋から二つの石を取り出し、床に広げる。黒と黒の石。
「両方黒でねえか」
「この間の賭け、危なくって見てらんねがった」
「仕方ねえべ。白か黒か、二つに一つじゃ」
「それが、必ず黒引いて勝つようにすりゃいいんさ。子の引き番、白を引けば負けっちゅうところをこん秘策があれば絶対負けねえ」
「じゃが、石入れは親がやるんじゃろ?無理でねえのか」
「それがな、出来るのよ」
流れは親Aのシャッフル→子Bが引く→交代し親Bのシャッフル→子Aが引くの繰り返しで、子が引いたらそのまま石を袋に戻してシャッフルする形になる。
相手がシャッフルしたままの状態では当然白黒が1つずつ混ざっているが、黒石を握り込んだ手を袋に入れ、さも今引いたかのように黒石を見せる。
親・子交代で石をそのまま袋に戻しシャッフルする時に、戻したふりをした黒石を袋の中でもう一度握り込んで手を引き抜く。これで子の時は確実に勝てるのだ。
「それだけじゃねえ」
「ん?」
続いて広げられた二つの石。白と白の石。
「これは?」
「こいつぁ、親ん時に仕込むやつよ」
子の時に仕込んだ黒石を親・子交代のタイミングで抜く時、自身がシャッフルする動作に紛れ込ませて両方の石を白にすり替える。
その状態で相手に石を引かせれば両方白の袋の中から確実に白を引き、掛け金は全額勝ち取れる。
挑んだ大勝負は必ず勝ち、挑まれた一発逆転の目を無慈悲に奪い取る。
非道かつ合理的な必勝法。
「じゃが、これはさすがに見つからんかね」
「夜なんじゃろ?行灯じゃ暗いけぇ、大事ない」
「・・・そうじゃな。そうじゃのう!」
「そうじゃそうじゃ!はっはっは!!」
◇
ガキが。
勝たされたんも知らず、舞い上がりおって。
消沈する群衆の中、計画通りの負けを演出するシン。
一,二回戦はわざと負け、あえてカケルを調子付かせた。
悔しそうな表情を作っているが、油断すると綻びが出てしまいそうなところをぐっとこらえる。
三回戦、親・カケルのシャッフルが終わりシンの引き番。
群衆は一,二回戦の負けで動揺が広がっているが、シンにとっては些事。
シンは一発逆転の様相で大枚を畳台に張った。
「50000・・・!」
「何っ50000だと!」
「嘘だろおい!!」
湧きたつ群衆。
後ろの方で弱気になっている者も散見するが、八割前後の男達は最終的にはシンに追従した。
台上には50000エル。観戦掛け金はシン側2万余対カケル側1500弱。
周囲の反応を肴にしながら両手でぐわっと髪をかき上げ、そのままいやらしく前髪を横へ撫で払うシン。
踊らされているとも知らない格下を、負けを演出しながら手の平の上でなぶり殺す愉悦。
まだだ、今は我慢だ。これから。これから最高の時間が訪れる。
いつもの既定路線。想定内の予定通りの展開。
勝利の二杯目を夢見ながらずるずると泥水を飲まされる顔を想像しながら、眼前の獲物に悟られぬよう 苦しげな顔を装う。が。限界。
もう間もなく訪れる最高の瞬間。
袋に差し入れた手を引き抜き、シンのその手に握り込まれた石。
それは。
黒。
「「よっしゃああああ!!」」
「さすがじゃぁシンさぁん!!」
群衆の歓喜が爆ぜる。
賭け金50000エルに合わせて、観戦者への五割払戻不足額の差額約9000エル。約6万エルがたった数秒で吹っ飛んだ。
カケルのここまでの勝ちは全部消え、収支約2万エルのマイナス。
日本円にして約20万円のマイナスだ。たった三回、石を引いただけで。
快感。
脳内麻薬が大量分泌され夢見心地の男。
つい先程まで勝ちに浮かれていた男を崖から落とし、どん底に沈める恍惚。
―――まだ始まり。
これでは終わらない。借金漬けにしてこの村に一生鎖で縛りつけてやる。
死ぬまでわしらの養分となってもらおう。
シンは語らずともそんな思惑が透ける表情をしていた。
勝ちを吹っ飛ばしてのマイナスでカケルの手持ちがなくなり、カケルのそばに歩み寄った男は耳元に悪魔の囁きを呟く。
「貸しちゃろうか。100万」
「えっ・・・」
100万エル。日本円にして1000万円に相当する大金。
農村ではまずお目にかかれない大金。この地には分不相応な金。
「このまま終わりじゃまずかろうて。今のはたまたま運が悪かっただけじゃ。・・・次は分からんぞ?今みたいな大逆転が今度はそっちにも起こるかもしれん」
カケルの肩に手を回し、女をなんとか攻め落とそうとするようなねっとりとした誘い口で黄色い歯を覗かせる。
「なあに、勝って返せばよいじゃろ。まだ三回戦の終わりじゃないか。まだ半分じゃ、あと三回も戦える。100万張って勝てば、あん子の借金60万と負け分2万を取り返して30万以上の大勝ちじゃ。ここで男ば見せんで、あん子ば助けられんぞ」
金に訴え情に訴え、あれこれ手管を用いてカケルを引っ掛け土俵に引き留める。
自分の顔が今どんな醜い顔をしているかも構わず、カケルをおだて持ち上げる。
みるみる苦しそうな表情になっていく青年の口元に次の言葉を期待して、食い入るように見つめる。
「分かり、ました・・・貸してください・・・」
ニマァと吊り上がり曲げられるシンの唇。
暗い部屋の中その顔を見たものはいないが、この瞬間この世で最も醜悪な顔をした人間であっただろう。
大きく柏手を打ち、これまでより一つトーンの高い調子で呼びかけた。
「さあさ、皆の者!これから彼の雄姿ば見届けたってくれよ!」
次話18時頃投稿予定です。
19/6/4 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正