3 火蓋
サカモト村で迎えた二日目の朝。
小鳥のさえずりで目覚めた。
窓の竹格子からは朝の爽やかな日差しが部屋の奥まで照らしている。
こちらで身寄りのない俺は少女の厚意を断り切れず、そのまま家に泊めてもらった。
お礼代わりに薪割りや水汲みなどの力仕事を引き受けたが、現代暮らしではなかなか使わない筋肉を酷使し少々筋肉痛になっている。
疼痛にうめきながら起き上った俺は少女を探すが家の中にはおらず、玄関から外を見てみる。細道を進んで十メートルほど先、柵で区切られた敷地内の一角に聳える青々とした木の根本近くの地面にしゃがみこむ少女の背中を見つけた。
「おはよう」
「おはようございます」
すぐ後ろから呼びかけたが振り返らずそのまま少女は背中で受け答える。
佇んでいた場所は玄関から通りへ延びる細道から数歩横に離れた木陰の下に建てられた石の前。
つい昨日小山が築かれた場所だ。
「静かな朝ですね。よう眠れましたか?」
「・・・ああ」
「たまにはこうやって過ごすんもいいですね。小鳥のさえずりも聞こえて」
「・・・」
「旅人さんの生まれたところば、こげな静かなところですか。賑やかなところですか」
「そうですね・・・うるさいくらいにいろんな音や声が飛び交ってました」
「へえ、あたし村ん外出た事ないもんで、想像も出来んですが。まぁ・・・もう、村ん外には出られません」
俺に背を向けたままゆっくりと立ち上がる少女。
胸いっぱいに吸い込み、はあっと吐ききる。
「どんな場所なんでしょうね。水もきれいで、花もきれいで、人はみんな優しゅうて、毎日楽しゅう笑ろうて暮らせる場所ですかね」
澄み切った冷たい風が流れる。
遠くの山の木々の枝葉のこすれる小さな音までもが静寂を伝わって響いてくるようだ。
「ヨウライ、一度で良いけん行ってみたかった」
「・・・遠いんですか」
「人はみんな明るうて、建物は高うて夜も賑やか。見た事もないもんば市に並んで、帰ってきた人ばみんな、また行きたい、お前も来いって飛び跳ねながら言うんよ」
少女は痛々しいほどに笑いながら話した。
目を潤ませながら泡と消え行く夢を、不釣り合いな明るさで話し続ける。
いたたまれなくなって俺は、
「・・・行こうよ」
「うれしい。行きたいですね」
「行けるよ」
「そうですね、きっとそうですね」
「俺が連れてくよ。そこに」
「・・・」
「一緒に行こうよ。ヨウライ」
諦めきった彼女をこちらの世界に連れ戻そうと声をかけた。
風が落ち葉を転がす音。
しばらく空を見上げた彼女の肩が小さく震えた。
「きっと楽しいところなんだろうな。俺も行きたい」
「・・・」
「・・・俺、この世界で一人ぼっちなんだ。俺も君と同じ。一人なんだよ」
「・・・」
「うまく言えないけど・・・、変わるよ。きっと」
「・・・」
「だから、俺と行こう」
なんとか、彼女に元気になってもらいたい。
その一心で、言葉を投げ掛け続けた。
何度も脳内でリハーサルしたのに結局勇気が出せず実現できなかった卒業式の日の光景がふと蘇る。思いきってあの子を呼び出すことさえ出来なかった酸い記憶。
昔何度となく想像した校舎裏の景色と、今目の前の彼女の後姿を照らす木漏れ日が重なる。
「行ける、かなあ・・・」
「行ける。いや、行く。絶対に」
彼女が悲しむ様を見たくない一心で、心強い言葉を選んで訴え続けた。
少女は座ったまま目の前の石標を慈しむような手つきで何度も、何度も撫でる。
俺に背を向けたまま、袖口で頬を二度三度と拭っていた。
そして少女はやがてパンッと手を一度強く打ち鳴らし、すっくと立ちあがりこちらに向き直った。
「お腹空いたでしょう。ご飯にしましょう」
少女の苦しすぎる笑み。
なんでそんな全てを諦めた表情するんだと胸を締め付けられるような痛みが襲う。
そう一言言ったきり、半ば顔を背けながら足早に俺の横をすり抜け少女は家の中へと戻っていく。
少女が人知れず築いた石標の傍らには白い羽毛をふんわりと蓄えたたんぽぽが去る少女の背に手を振って何かを告げるかの如くゆらゆらと風に揺れていた。
◇
夜
「よし来い!来い!」
「来んな来んな!来んなーーー!!」
「よおおおーーーし!!」
熱気が包む空間。
幸運に立ち上がり狂喜乱舞する者。不運に膝を折り額を地に擦り付ける者。
数秒の緊張の末に訪れる天国と地獄が幾度となく繰り広げられる賭場。
夜も更け、外はすっかり静まった村長屋敷の離れの板葺きの小屋。
普段はなんでもない板張りの空間は新月と満月の夜になると鉄火場と化す。
灯明の火でゆらめく狭い空間の中には二十~三十人の農夫達でひしめき合い、その中には勝っているのか比較的余裕のある小奇麗な着物の男や負けが込んでいるのか切迫した表情の泥顔の男達が交じる。
入れ代わり立ち代わり、男たちは一様に玉のような汗を流しながら拳を震わせる。
「よっしゃ勝ったーーー!!」
「てめえふざけんなコラ!イカサマしやがったな!」
「なんだとやるか!!」
この場でたびたび起こる乱闘。
ニマニマとその無様な姿を眺めながら酒をたしなむ男がいた。
それは村長弟・シン。この賭場の支配人にして絶対的王者として君臨する男。
シンは頃合いを見て、喧嘩の末納得のいかない様子の男2人を座らせ、小上がりに乗りパンパンと手を叩く。
「お二人さん、夜はまだ始まったばかりだ。さあさ座った。今宵はまだまだ続くから。みんなじゃんじゃん楽しんでくれ!」
聞こえているのかいないのか。シンの呼びかけには軽く横目をくれるのみで健全な飲み会の時の様な明るい歓声が返ってこない。
村人たちは天国と地獄をその胃の中に飲み込んだ、胴元の硬貨袋に目を血走らせながら次々と虎の子を散らしていく。
―――ドドンドン。
表の戸が叩かれる音。
門番からの来客の合図だ。
「おい」
「はっ」
方々で勝負に興じていた男たちの喧騒が止み、戸の方へ視線が集中する。
シンが顎で合図すると、内戸役が閂を外し戸を開ける。
そこに現れた男は村では誰も見た事がない服に身を包んでいた。
村暮らしではありえないパーカーの白さ。
ジーパン一つとっても染物にしては綺麗に染め上がっている。
こいつはただものではない、と印象を植え付けるにはたったの五秒もあれば十分だった。
入り口の薄闇からはっきりと顔が見える位置に進み出でた時、ようやくシンはその顔を認めた。
「来たか。そん度胸ば買ってやろう」
「おう、高くつくぜ」
「ぬかせ、ガキ」
カケルが歩を進めるのに合わせて人波が真っ二つに分かれ、それはシンのもとへと続く道をなしていく。
シンまで残り二歩ほどの距離で止まり、真向かいに胡坐で座り込む。
「ほんじゃ、勝負と行こか――」
「ちょっと待ってくれ」
「・・・なんだ」
「提案がある」
「提案?」
シンの眉が吊りあがるのを特段気にしない表情で見つめながらカケルは続けた。
「この勝負、片方に圧倒的な勝ちの目があってはいけない。だから、殴り合いの喧嘩や殺し合いはやめてほしい。出来れば双方に五分五分の、それこそ運に任せるような勝負をお願いしたい。見ての通り俺は腕も体も細く、力であんたには到底太刀打ちできない。そんな、勝負と言えないほど圧倒的な差がある相手を叩き潰すのはあんたの男が上がらないだろう。ここは力に頼らない方法で勝負してもらいたい」
なめられないよう下手にへりくだりはせず、あくまで対等の立場を装って弱みをさらけ出し、譲歩を請う。
シンはカケルの提案に対して大きめにうんうんとうなずいて見せる。
「なるほど、確かにそん通りだ。お前の勝ちば薄い勝負は俺らも見てる奴らも面白うないわな」
「せめて、五分五分で成立する勝負をお願いしたい」
「・・・なら、これなんかどうじゃ?」
したり顔で手元の皮袋を掴み、中から2つの石を取り出した。
「わしらはこれを"石当て"と呼んじょる。袋ん中から白黒どっちかの石を引き、そん色で勝敗ば決める。勝ちも負けも2つに1つ。どうじゃ、こげんばよかろう」
「・・・これなら半々、確かに五分五分の勝負ですね。分かりました受けましょう」
「おう。ほんじゃあ決まりはそこのヤンから聞いてくれ――」
そばに居たヤンと呼ばれる手下の男が石当てのルール説明を始めた。
親・子は一戦交代、賭け金設定は毎回子の賭け金で決まる。
流れは親が初めに皮袋に白黒の石を入れシャッフルした後、子がいずれか片方の石を引く。
黒を引けば子の勝ち。白を引けば親の勝ち。
そして、あのあくどい観戦ベットルールも全く同じだ。
ルール説明を受け、板張りの床に五枚重ねの半畳が積まれた競技台を挟むように着席するカケルとシン。壁際の上座で不敵な笑みを浮かべるシンは余裕の態度である。
群衆は古代ローマの屋外型演劇舞台の観客席につくかの如く二人を半円状に囲む。
壁を背にするシンを見つめるカケルの瞳の中は湧き上がる闘志か否か、灯明の赤い炎が揺れている。
「六回勝負じゃ。親子入れ替えで行う。まずはお前が親じゃ」
畳台の上を押し滑らせ、皮袋をカケルの手元に差し出す。
持ち上げると袋の中でカチカチと石同士がぶつかり転がる音が聞こえる。
―――カチャカチャ。
カケルは渡された皮袋を振るとくぐもった石打つ音が聞こえてくる。
数秒ほど振り、そっと畳台に置いた。
「では、始めっとしようか!」
「「おおお!」」
湧きおこる歓声。
第一回戦のベットタイム、シンは畳台に布袋入りの掛け金を張った。
「まずは手始めに10000エルじゃ」
「なっ・・・」
「いきなり10000じゃと・・・」
日本円換算10万円相当のベット。群衆のどよめきが広がる。
初手、子のシンは親であるカケルに10000エルを賭けた。
ジャブにしてはいきなり飛ばす重たいものだ。
圧倒された群衆はやがてシンの方へと吸い寄せられ、幾重の腕が金山を形成していく。
結果、シンの張りは10000。
二、三十人の群衆のすべてがシンが勝つ方に張った。
群衆の張った金山はシンの張った10000エル入りの布袋の倍ほどの高さに及ぶ。
笑みを噛み殺そうと意地の悪い表情を浮かべる男たちがちらほらと見える。
そしてもっとも表情を表に出していた男は。
「ほっほう~。これはもしかすっと、もしかすっかも知れんなあ?はっはっは!!」
六十と四つの眼から伸びる視線が一点に絡み合う中、膝をポンと叩いたシンの手はカケルの持つ皮袋に伸ばされた。
次話18時頃投稿予定です。
19/6/4 加筆訂正・スペース改行追加等レイアウト修正




