2 白黒
朝起きてご飯食べて、働いて。
日沈んだらご飯食べて、寝る。
そげん毎日繰り返して十数年。お父もお母も平和に暮らしてた。
兄ちゃん姉ちゃんと、鶏のジロー、狩猟犬のゴンも、家族一緒に毎日楽しく生きとったんよ。
先代の村長が死ぬ時までは。
代々村長は村長さん一家で継いでいくものやったとに、なしてか今回は村長ん位ば話ん流れでなしくずしに賭けで決めさせられてしもうた。
賭けに勝って新しく村長になったゴウさんは荒事とは無縁の村に賭博を広めた。
賭けを知らない純真無垢な村人たちは新村長一家によかごと食い物にされたんや。
収穫量の取り分ば減らされ、家畜ば売らされ、畑ば売らされ、家族ば売らされ、家まで売ったのに、
「ここで勝てば全部戻ってくる」
「今勝負させんでいつ勝負するんや」
そうそそのかされてお隣さんも、前の村長さん一家も命まで売り買いされた。
お父もお母もやさしいから、ゴウさんに直談判しに行ったんだ。
そうしたらなしてかゴウさんの弟・シンさんと賭けばすることになってしまって。
「これまでの勝ち分を全部やろう」
「村長も譲ろう」
もともとお父は困ってる人さ見ると放っとけん人だったから、他の村人たちんためにそん勝負ば受けてしもうた。
気づいた時にはもう遅かった。
最初から仕組まれとったんや。勝ち目なんてこれっぽっちもなかった。
絶対に負ける勝負に引きずり出されて、山と、畑の8割、家畜全部とお父お母兄ちゃん姉ちゃん。みんな持ってかれた。
犬のゴンなんて、「オヤジいんかったら意味ねえ」って寄ってたかって殴り殺されたんだ。
鶏のジローも今日殺されて、残ったのはこん家とわずかな畑だけ。
これまで何か罰当たりなことしましたか。盗みはもちろん余計な殺生はまったくしとりません。恨まれることはしとらんはずです。
なんに、これはあまりにもご無体な仕打ちです。
あわれと思うならどうにかしてください。
それすらも叶わぬなら・・・。
あたしは、どげんしたらいいとですか・・・神様、仏様・・・。
◇
一宿一飯の恩義。そう言えば綺麗だけど、それだけじゃないんだよ。
単純に放っておけなかった。それはきっと、初恋の子になんとなく似ていたから。
中学時代、俺は彼女と幸運にも3年間同じクラスだった。ただ、残念なことにそれだけだった。
クラスの中で俺と彼女は最初から属するグループとカーストに差があった。
彼女は誰からも好かれる完璧な部活少女。俺は他の男子とふざけ合って日々を浪費している路傍の石。
そげん高嶺の花の彼女と事務的でない会話を交わすことはたぶんなかったと思う。
告白すらも出来ず、遠い異世界に飛ばされて永遠に再会が叶わなくなった今、俺は隣で眠る少女に未練がましく同じ影を見ている。
笑顔しか見せなかったあの子が泣く顔は、きっと今朝見たあの顔なのかもしれない。
その悲しそうな表情を見た俺は考える隙もなくあの男の前に飛び出していた。
―――あの大男、背が高いだけでなく全身にがっしりとした筋肉がついていた。
プロレスラーや格闘技経験者さながらの体躯。膂力もなかなかのものだろう。
体力勝負の戦いでは分が悪い。あっちのフィールドに引きずりこまれちゃかなりまずい。
必ずと言っていいほど体力を必要としない、ほぼ運に頼らざるを得ない対戦形式にもつれ込むことが第一手。
時間は、明日丸一日とあわよくば明後日の半日間程度。
その間に傾向と対策を練り、奴らの鼻を明かす算段を立てなければ。
翌日
「石?」
「はい、こんな感じの石です」
朝の陽光の中、板張りの居間で少女と二人向かい合って座る。
床に置かれた白黒二色の石。碁石大の大きさで磨かれたように円く、片方は墨を塗ったり、たき火で煤をつけたものが使われている。
村長一家が持ち込んだ賭けの道具で、少女の両親を地獄に落とした魔の手だ。
賭けの方法は、親が皮袋に二色の石を一つずつ入れ、子が袋の中から石をどちらか片方一つだけ引く。その石が黒なら子の勝ち、掛け金の倍を受け取れる。白なら親の勝ち、子の掛け金をそっくり受け取れる。
そして、この賭けの観戦者は親・子どちらが勝つかの予想を賭けにして一口10エルで参加することが出来る。
観戦者同士の賭け金は的中者の均等割り。切り捨てられた端数は対戦勝者の賞金に加算される。
確率は二分の一。
しかし、村長一家はここぞという時の勝負には強い勝率を出していたという。
「あん人らは運だけは強いんです、ここ一番って時は」
「なるほどね」
裏返し持ち替えながら石をしげしげと眺める。
「そんだけやったらまだよかったんです。お父が勝負する直前になって賭けの決まりば変わって」
「いきなり?」
「勝ち負けがさらにはっきり出るようになったんです」
観戦者参加制度がついて以降、ルールがあやふやでその掛け金の処理対応に迫られていた村長一家は奇しくも少女の父との対戦を控えた二日前に、富める者はさらに富み、窮するものをさらに追い詰めるようなルールの改悪を行った。
観戦者同士で勝敗予想をし供託された賭け金は的中者に均等分配されるが、極端に不的中者が少なく均等分配が行えない場合、対戦敗者が観戦的中者への5割払戻の不足額を負担する決まりとなった。
(例:総掛け金200Eに対し的中が190Eの場合、不的中の10Eと合わせて5割払戻95Eの差額85Eを負担する)
そのくせ観戦的中者がゼロの場合は観戦掛け金が対戦勝者の総取りとなるから始末が悪い。
つまり、対戦掛け金の多寡よりも観戦掛け金の多寡で本人のリスクマネジメント関係なく傷をさらに深くされてしまうのだ。
「お父が勝負ばする時、みんなシンさんが勝つって言ってシンさんに賭けて。本当にそげん通りになって、そん勝負で・・・お父は・・・」
「その時、お母さんは?」
「お母は途中から何度もやめようって言うとった。でも、村のみんなのためやって聞かなくって・・・。シンさんが「今勝負せんと旦那と会えんくなる」、「今ならまだ間に合う」「今のはたまたま、次は分からん」ってまくし立てて、引けなくなって、お母も・・・」
―――外道。
人とは思えない鬼の所業。
握りしめた拳の中の石が手の平を突き刺すのに構わず、怒りに任せ握り込む。
「・・・みんな、最初は勝つんよ。それも、それなりに大きく」
「・・・」
「でも、だんだん勝てなくなって、やめようとすると「今は流れば来とらんだけ」、「また最初みたいに大勝ち出来る」、「あんたは運ば強いからきっと勝てる」って誘われて、それでどんどん負けが膨らむんよ・・・」
一度労せずして勝つ喜びを知ってしまったら、次もと思ってしまう人間の性格を巧みに逆手に取った悪だくみ。
あえて最初に勝たせて、後でごっそり搾りとり骨の髄までしゃぶりつくす。
そんなあくどいやり方に俺は憤った。
やつらのやり口はきっと明日も変わらない。
俺にも同じことを持ちかけるだろう。それを知って待ち受けたそぶりは相手に感付かれるから、あくまでも自然な流れで進める。それこそが勝利への定跡。
人を人とも思わない悪逆非道どもめ。
あの下衆どもを、明日、この手で沈める。
次話18時頃投稿予定です。
※作中の方言に関して、実在する日本国内の違う地域・時代同士の方言が複数混在する場合がありますが、架空の世界の架空の方言であるフィクションだという認識で、温かい気持ちでご覧下さると幸いです。
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