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第23話:永遠の境界

 

「ご協力ありがとうございました」

 

 制服姿の警官が紙片をバインダーに綴じて、玄関先に出てきていた主婦に頭を下げる。

 昼とはいえ真冬の風は冷たく、外套を着ていない彼女は肩を竦めた。

 

「では、戸締まりだけは気をつけてください。あとこれ、詐欺被害について書いてありますので、何かあったら遠慮なく警察に相談してください」

「近頃はいろいろ物騒で、お巡りさんも大変ねぇ」

「いえいえ、これも仕事ですから」

 

 和やかな雰囲気で会話しながら、警官は町内の地図を取り出した。

 

「寒いのにすみません。ちょっとお聞きしたいんですが、あの斜め向かいの逢坂さんの家って、今どなたが住まわれているんですか?」

「ああ」

 

 警官がこの辺りで一番の古家に視線を向けた。

 

「あそこは元々ここらの地主さんの家よ。昔は家族で住んでらっしゃったけど、皆さん亡くなられて。残ったお姉ちゃんがお嫁に行っちゃってからはずっと空き家なのよ。……もう二十、ううん、三十年近くになるかしらねぇ。まあ、あの家だけじゃなくて、この辺りも空き家が多くなっちゃってねぇ」

「……うーん、でも、おかしいな」

「何か気になる事でも?」

 

 主婦の目がキラリと光ったのに、警官が苦笑する。

 

「いえね。この巡回連絡のカードがずっと未更新のままなんで、確認したいんですよ。さっき家の前まで行ってみたら随分と綺麗でしたし、庭木の手入れもされてるみたいだったもんで」

「ああ、管理されてる方が時々来られてるわよ。中年の男性だったわねぇ」

「その人は?」

「町内会には入ってらっしゃらないから、詳しくは知らないのよねぇ。親族の方じゃないかしら?」

 

 警官はふんふんと聞きつつも首を傾げた。

 

「それじゃあ、直接行ってみます」

「いらっしゃると良いわねぇ」

「ありがとうございます。では、失礼します」

 

 そう言うと笑顔で礼をして、警官は古い家に足を向けた。

 

 

 

 

 

 キシ、

 

「ん?」

 

 気配を感じて玄関に向かうと、磨りガラスの向こうに人影が見える。

 濃紺のシルエットから、ひと目で警官だと分かった。

 

「逢坂さーん、いらっしゃいますかー?」

 

 引き戸を軽く叩く音に、ゆっくりと履物をひっかけ鍵を開ける。

 この家には呼び鈴が無いのだ。

 

 ギシ、ガララ……

 

 扉が開いた途端、真冬の冷気が流れ込んできた。

 

「はい、なんでしょう」

 

 出てきた青年を見て、警官は訝しげな表情を浮かべたが、すぐに表情を取り繕った。中年男性と聞いていたのに、若い男が出てきたからだ。

 年の頃は二十代中頃、癖の無い黒髪の綺麗な青年だ。すらりとした細身の体にレトロなスタンドカラーのシャツと黒のスラックスという姿に、浮世離れした雰囲気を漂わせている。

 浮かんだ疑問を押し込んで、警官は言い慣れた口上を述べた。

 

「すみません。この地区を担当している◯◯署の吉川と言います。ちょっとお時間をいただいても?」

「結構ですよ。……あ、よろしかったら座ってください」

 

 昔ながらの上がり框は高さがあって、座るのに具合が良さそうだ。

 吉川と名乗った警官は物珍しそうに玄関を一頻(ひとしき)り眺めてから、上がり框に腰を掛けた。

 

「寒かったでしょう。どうぞ」

 

 ほんのりと湯気が立つ焙(ほう)じ茶と茶菓子を持って、すぐに青年は戻ってきた。

 

「あ、いや、お気遣い無く」

「丁度飲もうと思っていたところだったんですよ」

 

 そう言って吉川の横に座ると、青年はふたつの湯呑の片方を手にして一口飲んだ。

 

「しかし、立派なお宅ですね」

「はは、古いだけが取り柄の家で」

「いや、綺麗にされてて、大事にされているのが分かります」

 

 吉川の言葉に、青年は嬉しそうに笑顔を浮かべる。

 実際に古さはあっても良く手入れされていて、木材の一本一本に年月を感じる丸みと艶がある。玄関も綺麗に掃き清められており、青年の靴らしき一足と普段履き用のサンダルが脇に並ぶだけで雑多な物は何も置いていない。

 

「家族の物はほとんど処分してしまったので、物が少ないんですよね」

 

 家を出たという娘の子供かもしれないなと、吉川は主婦の話を思い出しながらバインダーから用紙を一枚取り出した。それにペンを添えて青年に差し出す。

 

「すみません。巡回連絡のカードなんです。ここのお家の分が何年も更新されてなかったので……」

「ああ、そうだったんですか。すみません」

 

 青年は眉尻を下げながら用紙を受け取ると、さらさらと項目を埋めていく。

 吉川はさり気なさを装いながら視線を廊下の奥に走らせる。年季の入った磨かれた廊下にも埃ひとつ落ちていないし、土壁や漆喰の経年劣化はほとんど見られない。

 元の家の雰囲気を残したまま上手くリノベーションしたのだろう。

 

「こちらには通いで管理を?」

 

 長年の空き家がこの状態な筈が無いと思いつつ、吉川は確認の為に問い掛ける。

 

「いえ? 生まれてからずっと住んでますよ」

「そうなんですか?」

「ああ」

 

 青年は紙から目を逸らさずに頬を掻く。

 その仕草に最初感じた違和感が薄れる。外見はともかく、中身は至って普通の青年のようだ。

 

「男一人ですから、近所付き合いも無くて……誰か来ても気付かない事も多いんですよね。呼び鈴は前に壊れた時に外しちゃいまして……」

「それじゃあ、不便じゃないですか?」

「家族が帰ってきた時は合鍵を使うので」

「町内会にも入ってないとか」

「はは、詳しいですね。でも昔かららしいです。この家、町内会が出来る前からここに在るらしくって。そのままなんですよね。……はい、書きました」

 

 警官は受け取り、内容を確認する。

 ――逢坂晶(おうさかあきら)二十七歳。同居家族無し。

 特におかしなところは見当たらない。

 

「色々聞いてすみません。最近空き家が多くて、注意しているんですよ。浮浪者のたまり場になったり、失火も怖いですから」

 

 踏み込んだ事を聞いてしまった言い訳をすると、青年はぺこりと頭を下げた。

 

「それは、ご苦労さまです」

「いえいえ、仕事なので」

  

 吉川は返却されたカードをバインダーにしまって、湯呑に残った茶を飲み干した。

 

「では、戸締まりには気をつけてください。あとこれ、詐欺被害について書いてありますので、何かあったら遠慮なく警察に相談してください」

「わざわざどうも」

 

 立ち上がって礼をすると、青年も立ち上がった。

 

「では、ご協力感謝します」

 

 ギシ、ガララ……ピシャン、

 

「ふう……知らない人と話すの久し振りだから、緊張したな」

 

 警官のシルエットが消えてから鍵を閉め、晶は肩の力を抜いた。

 

 

 

 

 

 

 母の三回忌の法要を終え、式服のまま小椋は逢坂家に向かっていた。

  

 実家を処分してから久し振りに会った弟家族は、相変わらず幸せそうで何よりだった。弟の子供達はすっかり大人の顔になっていた。独り身の俺を心配してくれて、すっかり立場が逆転してしまった気がする。

 

(年だけ取っても、中身は変わんねーしな)

 

 ピューと吹き付ける北風が身に染みる。

 

「ううー、さむっ」

 

 この年になるとさすがに筋肉量が落ちてきて、寒さがキツイ。

 昔は冬に薄着でも平気だったのに。運動を続けていたお陰で、年齢の割に体力はある方だと思うが、それでも流石に疲れやすくなったと思う。寄る年波には勝てないってヤツだ。

 

 今日は晶の実家が俺の名義になって初めての訪問だ。いや、自分の家になったのだから、帰宅が正しいのか。

 仕事は役職定年を迎え、閑職に異動になった。もうのんびりしても許されるだろう。

 

 初冬の曇天に吹く風は肌を刺すようで、俺はコートの襟を立て、背中を丸めて玄関まで足早に近付いた。

 

「ん?」

 

(あれ? 鍵が開いてる?)

 

 鍵穴に鍵を刺そうとして、引き戸がギシ、と音を立てて少し開いた。

 

(やべ、まさか、鍵掛け忘れた?)

 

 慌てて扉の取っ手を引く。

 

 ギシ、ガララ……

 

 何十年も聞き慣れた音が聞こえて、あっさりと引き戸が開いた。

 

(やべっ、空き巣にでも入られてないだろうな!?)

 

 焦って足を踏み入れた。

 瞬間、硬かった足裏の感触が、弾力のあるものへと変わった。

 

 それに気付いたのは靴を脱ごうとして、上手くいかなかったからだ。

 俺は若い頃に愛用していたスニーカーを履いていた。

 

「えっ、……は?」

 

 何故、そんな事になっているのか分からなかった。俺は革靴を履いていた筈だ。

 訳が分からないまま、きっちりと結ばれた靴紐を解こうとして、手の甲に皺が無いのに気付いた。

 

「なんで……?」

 

 家の中を確認しなくてはという焦りと、理解出来ない現象への戸惑いで、軽くパニックに陥る。

 落ち着け、と言い聞かせながら、ゆっくりと自分の体を見下ろす。式服を着ていた筈なのに、ジーパン、Tシャツの上にコーチジャケットという格好に変わっていた。

 これも、俺が若かった頃の服だ。

 

 その時、ふわり、と香ばしい香りが漂ってきた。

 

「……小椋?」

 

 期待なんて、疾(と)うの昔に置いてきた。

 幻聴だ。そうに違いない。

 ドッドッドッ、と心臓が脈打つ音が鼓膜に響く。 

 

 キシ、キシ、キシ、

 

 ほら、聞き慣れた家鳴りの音だ。

 廊下の向こうから気配だけが近付いてくる。だけど、振り向くと何も無い。

 ……筈だった。

 

「随分と待ったぞ。遅かったな」

 

 そこに居たのは。

 

「……何で、若いままなんだ」

「はあ?」

 

 呆れ顔をした晶が、……三十年前と変わらない姿のままの、逢坂晶がそこに居た。

 

「何を訳の分かんねー事、言ってんだよ。お前と変わんねーよ」

 

 晶の目線を追うと、玄関の壁に取り付けてある姿見に目が行った。

 そこに映る俺は、あの頃と変わらない……若い姿だった。

 

「えええ……? ……あっ!」

「今度はなんだよ?」

「なんか、……目が良く見える! 老眼が治った? ……うわ、腰が痛くない」

「ジジくせえ事、言うなよ……」

 

 晶が居間に向かって歩いていく。

 その背中を追いかけようとして、一瞬足を止める。

 

(いや、待て待て。これって、どういう……)

 

 手のひらに汗が滲む。

 冷静に考えなくても分かる。これは現実じゃない。

 

 体が軽くて、どこにも痛みが無い。今なら全力疾走だって出来そうだ。

 恐る恐るもう一度鏡を見てみる。

 斑(まだら)にあった白髪が無い。顔には皺も染(し)みの一つも無い。

 

 キシ、

 

 晶も足を止めた。

 ゆっくりと振り返って、不思議そうな顔で俺を見詰める。

 

 その目を見ていると、疑念や不安がスッと消えた。

 

「早く来いよ。貰いもんの饅頭があるんだ。焙じ茶も入れたぞ」

「あっ、飲む飲む」

 

 キシ、キシ、キシ、キシ、キシ、

 

 二人分の足音が遠ざかっていく。

 その背後で、玄関扉がゆっくりと閉まった。

 

 ガララ……ピシャン。

 ……ガチャ。

 

 

「小椋、おかえり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 キシ、

 

「……ん?」

「どうした?」

「いや……」

 

 吉川はバインダーを開いた。

 事務机の上で開いたページには、色褪せた巡回カードが挟まっている。

 

「ああ、逢坂の家か。今年も更新出来なかったんだな」

「本人確認ですからねぇ」

「まあ、来年だな」

 

 パタン。

 

 閉じられたバインダーを見詰めたまま、吉川は眉を寄せた。

 

(……何か、話したような)

 

 ――湯気、……香ばしい茶の匂いと、……味。

 

「おい、日報どこだー?」

「あ、はい」

 

 吉川が振り返った時には、その疑問は跡形もなく消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

END

 

 

 

これにて完結です。

最後まで読んで下さってありがとうございました。

ホラーになるように頑張ったんですが、少しは怖かったでしょうか?(ドキドキ)

 

当初6万字だったのが、投稿しつつ修正・加筆をしていたら、いつの間にか8万字に……19話が23話になってしまい、その都度、作品情報を更新してました……(紛らわしい)

無事に毎日投稿で完結まで持っていけて良かったです。

 

少しでも面白いと思われましたら、評価、リアクション、感想などをお願いします~!

本当にモチベが上がって、大喜びしますので!

では、また別のお話でお会い出来たら嬉しいです♡

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