第21話 レイゼムの父と母
レイゼム様はあの時助けた少年だった。
あの夜から三日後、ご当主様の予定が空くとのことで、私たちはエデルワイト家の本邸に向かう。
別邸でさえ私の実家より大きかったのに、本邸は圧巻だった。
ディロイアル家の古風さとはまた違う、かといって華美ではなく、確かな威厳を醸し出している。
気圧されている私を、レイゼム様が優しくエスコートしてくれる。
「さ、入ろう」
「……はい」
大きな応接間に通された。
ふわりとしたベージュの絨毯が敷かれ、壁にはしっとりとした風景画が、棚には歴史のありそうな壺の数々が飾られている。ご両親は芸術に造詣が深そうだ。
そこにはレイゼム様のご両親がいた。
ご当主であるロスダム・エデルワイト公爵とその夫人であるアイーダ・エデルワイト様。
私はカーテシーを披露する。なんだかずいぶん久しぶりにやるような気がする。
「お初にお目にかかります。セルフィス・ルトゥーラと申します」
「ふむ、座ってくれ」
「はい」
促され、レイゼム様とともにソファに座る。
ロスダム様は鷲鼻で、シャープな目つきで、凛々しく威厳あるお顔立ち。アイーダ様は柔らかい美しいお顔で、コバルトブルーの瞳を持つ。
レイゼム様は母親似なのだな、と分かった。ただし、ロスダム様の目つきや貫禄などはレイゼム様に受け継がれている。
「君が、噂のセルフィスさんか」
ロスダム様が私を見据える。
目線は刺すように厳しいが、ほのかな温かみも感じることができた。
「美しい。むろん外見だけのことではない。自身の運命に押し潰されそうになりながらも、懸命に生きてきた、そんな女性の美しさだ。その若さでこういった美はなかなか出せるものではない。相当な苦労をしてきたのだろう」
私は黙って聞いている。
「ふっ、息子が恋焦がれるだけのことはある。魔法にしか興味がないような少年だったのにな」
「ち、父上……!」
レイゼム様が焦る。ちょっと「可愛い」と思ってしまった。
「経緯は聞いている。我がエデルワイト家は君の名誉回復のために全力でバックアップする――というわけにはいかん」
ロスダム様は苦い顔をする。
「君を嵌めたというディロイアル家も公爵家だ。嫡子のウォーゲンは息子と同年代、息子に魔法の才があるとするなら、彼には野心の才があるというべきか。今、上流貴族の中で最も勢いがあるのはディロイアル家と言っていいかもしれん。飛ぶ鳥を落とす勢いというやつだ」
ウォーゲンがそこまでだったとは。
しかし、今だから言えるけど、石化能力を持つ私を恐れずに道具として利用した手腕は、貴族としてはむしろ評価してもいいだろう。
「貴族は損得で生きる生き物だ。今、ディロイアル家を敵に回すことはあまりにも得策ではない。特に厄介なのは、ウォーゲンの抱える『黒刃隊』だ」
「ウォーゲンの私兵部隊だね」レイゼム様が言う。
「うむ、ステイク男爵家の子息シュラトをリーダーとした集団で、数は少ないがかなりの精兵揃いと聞いている」
ステイク家は剣術に長けた一族で、決まった領地を持たないが、傭兵業を生業としており、これまでにも数々の武功を挙げてきた。
それが今はウォーゲンの私兵のように振る舞っているという。もし立ちはだかったとしたら相当な強敵になる。
「我々が君に協力をし、もし君が名誉回復を果たせなかった場合、我々も罪人をかくまったとして、大きなダメージを負う。領民のためにもそんなリスクは負えない。どうか許して欲しい」
私は首を横に振る。
「いえ、ウォーゲンと決着をつけなければならないのは私ですから。そのお言葉だけで力になります」
私とて、エデルワイト家に迷惑がかかってしまうのは本意ではない。それにウォーゲンとの決着はやはり自分の手でつけたい。エデルワイト家の力を借りるつもりは最初からなかった。
すると、ロスダム様は――
「だが、息子の恩人に対して、せめてもの誠意は見せておきたい」
「誠意?」
「君に、私と妻を石化してみて欲しい」
「え……」
「君を大きく支援できぬ代わりに、これくらいのことはせねばな。君の石化能力を我が身に体験させて欲しい」
お世話になっている家のご当主様を石化。今の私は石化能力にだいぶ自信がついてきたけど、やはりためらいが生じる。
「お気持ちはありがたいです。ですが、もし万が一のことがあったら……」
「心配無用。誓約書は書いてある」
「私もです」
ロスダム様も奥様も『今この場に限り、私に何をされても罪に問わない』という誓約書を書いていた。
レイゼム様といい、エデルワイト家の方々はなぜここまでできるの。たかが、客人で罪人に過ぎない私に。
そんな私の思考を読むように、レイゼム様が教えてくれた。
「ウチの人間はみんなこんな感じなんだよ」
さらに、レイゼム様は私の肩にぽんと手を置く。
「今の君なら大丈夫さ。なにも心配していないし、心配ない」
「分かりました」
私はロスダム様とアイーダ様を石化した。
一分ほど経った後、元に戻す。
「いかがでした?」
私が尋ねると、ロスダム様はニコリと笑う。
「悪くない気分だ」
アイーダ様も微笑んでいる。
「ええ、もう少し味わっていたかったかも」
「うむ。セルフィスさんの石化訓練、我々も付き合いたくなってきた」
社交辞令という感じでもない。お二人とも、とても変わっている。
「ダメだよ、二人とも。石化訓練は僕に任せてくれよ」
「分かっているさ。そうしなければ、お前がセルフィスさんと二人きりでいられなくなるからな」
「ち、父上……」
からかわれて、私も火照ってしまう。
レイゼム様は石化される時にポーズを取るなどユーモラスなところがあったけど、それはロスダム様譲りなのかもしれない。
と、ここでロスダム様が真面目な顔になる。
「一度状況を整理しよう。セルフィスさんが名誉回復するには二つの関門をクリアする必要がある。一つは世間に自分に危険はないと示すこと、もう一つはウォーゲンの罪を暴くことだ」
おっしゃる通りだ。
これらはレイゼム様に説明されたこともある。
「君はこの領で心穏やかで過ごし、少しでも領民と触れ合って欲しい。彼らの信頼を勝ち取って欲しい。そうすれば、いずれ名誉回復したいという時に強力な武器になる」
「はい」
実際に、没落した貴族が民からの熱烈な支持を得て、お家再興を成したという実例は存在する。
「そしてもう一つの関門。ウォーゲンの罪を暴く。これは石化されたディロイアル公を見つけ出せれば手っ取り早い。もっともすでに破壊されてしまったのであれば、手遅れだが……」
「それはないと思うよ。僕の魔法でもあの石化は砕けない。かといってセルフィスが解除しなければ石化は元に戻らない。今もディロイアル公は石化しているはずだ」
私もレイゼム様と同意見だ。
「私もそう思います……。どこか人の目につかないところに安置しているのではないかと」
「であれば、それを探し出すことができれば、ディロイアル公は救出できるということだな。よろしい、その捜索は我々でやろう」
「よろしいんですか?」
「うむ。それぐらいの協力はできるし、我が家にもそういった専門集団はいる。彼らをディロイアル家領に向かわせよう」
「ありがとうございます!」
最後に、ロスダム様はこう言った。
「それにしても、お前たちの間に子供ができたら、どんな子になるんだろうな。レイゼムのような金髪か、それともセルフィスさんの血を強く受けて銀髪か……」
「え?」
「子供の名付け親はぜひ私に……」
「父上、気が早すぎるよ。僕たちはまだ付き合ってるわけじゃないんだ」
「そ、そうだったか。失礼した」
ロスダム様が咳き込む。奥様も笑っている。
「いずれにせよ、あまり時間はない。罪人の塔からセルフィスさんが脱獄したことはまだ知られてはおらぬようだが、発覚するのもそう遠くないだろう。できればその前に、石化されたディロイアル公を救出し、ウォーゲンの野望をくじかねばならぬ」
「はい。必ずや成し遂げたいと思います」
こうして面会は終わった。
本邸の外で、レイゼム様と二人きりになる。
「父上と母上も君のことを気に入ってくれたようだ」
「ホッとしています」
「僕は当然の結果だと思っているけどね」
「レイゼム様ったら……」
「じゃあ、別邸まで送るよ」
「よろしくお願いします」
別邸までの短い道のりも、私にとっては至福の時だ。
私はレイゼム様のご両親に気に入られることができた。ウォーゲンとマリンダに立ち向かう上で、あまりにも心強い味方だ。
同時に、お二人の期待に必ず応えねばならないと感じた。
ルトゥーラ家の娘として、そしてこの世で唯一石化能力を持つ人間として。




