第21話 だいぶ素直
レイチェルは固定具ハンガーの作業リフトを操作し、【ゼノス】のコックピットまで登ると中を見る。
「全く……」
先に外されたパネルを元に戻し、コックピットに座った。そして、正面モニターの下にある指紋式の承認に指をつけ、
「レイチェル・アークライト」
音声承認も同時に済ませると、コックピットの機器に光が灯る。機体が静かな躍動音が『技術格納庫』に響き出す。コックピットから固定具ハンガーの解除を操作したタイミングでヴァーミリオンが入ってきた。
「『ハイラウンダー』の機体は起動が楽で良いですね」
「セキュリティの事も考えてあるの。貴方の乗ってた機体もそうでしょ?」
「【ジャンクS】は誰でも動かせますよ」
と、レイチェルはヴァーミリオンに席を譲る様に場所を入れ違った。
「操縦桿についてるボタンがあるでしょ? ソレが基本的な指部の動き。操縦桿の引き押しの強弱で腕を動かして、足のペダルが脚部を――キャッ!?」
唐突に動き出した【ゼノス】が前に傾いた事でレイチェルは思わず落ちる。しかし、即座に片膝をついて差し出された手の平に乗せられる形で事なきを得た。
「きゅ、急に動かさないで頂戴!」
「普通に動かせって意味で説明してるんだと思いましたけど」
立ち上がると同時に【ゼノス】はレイチェルをコックピットに寄せる。
「だいぶ素直だな……遊びも殆ど無いし……癖もない。優等生過ぎて……馴れるまで少しかかるかも……」
コックピットに戻ったレイチェルは【ゼノス】の操作性を呟くヴァーミリオンの後ろに回る。
「初めて乗る機体ならしょうがないわ」
「いや、もう8割は理解しましたので」
コックピットハッチを閉まるとモニターに周囲の様子が映し出され、【ゼノス】は『技術格納庫』を歩き出す。
「…………」
レイチェルは歩行する際のコックピットが殆ど揺れない事に驚いた。コレは、脚部の長さと可動域を正確に把握し、地面に対して無駄なく持ち上げている証拠だ。
揺れが大きければ大きい程、パイロットにストレスがかかり、脚部は摩耗し地面を傷つける。
初めて乗る機体を数手動かしただけで、ヴァーミリオンは熟練パイロット並の技量をレイチェルに感じさせている。
「……貴方って本当に凄腕なのね」
「『アンダーラウンド』では資材が貴重なんです。ソレを考えれば自ずとこうなります。まぁ、雑に扱おうモノなら鉄拳が飛んできますが」
「それでも初めての機体を操作すればもっと乱れるモノよ?」
「そうですか? 僕には手足の延長にしか感じません」
そんな会話をしつつ、【ゼノス】は『技術格納庫』の端にあるゲートの前にやって来た。そこから先は発進ステーションへ繋がっている。
「ゲートを開けるわ。貴方は壊して進みそうだし」
「いえ。その必要はありません」
「? ……!」
と、見ている目の前でゲートが開き始めた。向こうから流れる空気が『技術格納庫』内に入り込む。
「なんで……」
あり得ない。このゲートは緊急時か主任クラス以上の許可が無ければ開く事は無いからだ。
やはり……内通者が居る。しかも、『スカイベース』でもかなりの高ランクの人間。
「……貴方に協力してるのは誰?」
「僕も正体は知りません。大体察してはいますが……推測を語るのは良くない事だと言われてますので」
「誰に?」
「僕の姉です」
【ゼノス】は扉を抜けると音を立てて閉まる。
発進ステーションは格納庫も兼ねており『パースロイド』の整備や武装の装着も同時に行われる。
「なんだ?」
「ありゃ、新型の【ゼノス】か?」
整備士の二人が休憩がてらコーヒーを飲みながら『アリーナ』の試合を観ていると、【ゼノス】が通過する。
「こっちに来るのは早朝の7時って話だろ?」
「まだ……5時間以上も早いぞ?」
整備士の二人は近くの内線から管制室へ連絡を入れた。
『こちら管制室。【ゼノス】のパイロット、応答せよ』
【ゼノス】のコックピットに通信が届く。レイチェルはソレに対応しようとするが、ヴァーミリオンに止められた。
「何も言わないでください」
「私なら誤魔化せるわ」
「必要ありません」
「強引に行けば追撃部隊が来るわよ?」
「それも問題ありません」
『聞こえているか? 【ゼノス】のパイロット。直ちに提示して機体から降りなさい』
発進ステーションを使うには管制室の許可が必要である。故に、今の【ゼノス】は袋小路に居るようなモノだ。
「拘束されるわよ」
「貴女はソレを望んでいるのでは?」
「もしそうなら、連れて行けなんて言わないわ」
レイチェルが真剣に対応しようとする様子にヴァーミリオンは正面を見たまま微笑む。
「大丈夫ですよ」
【ゼノス】は『スカイベース』の下部へ放出される発進ハンガーに近づいた。
『警告だ。直ちに機体を降りなさい。さもなくば、無傷で済ませる事は出来なくなる』
管制室に緊張が走る。【ゼノス】は明日に『主席』一族の前でお披露目する機体なのだ。
傷つける事は可能な限り避けたいが……何かしらのイレギュラーが発生しているのなら対応しなければもっと状況が悪くなる。
しかし、そんな警告を無視する様に【ゼノス】は発進ハンガーに立つと、左右の持ち手に捕まった。
『警備班! 【ゼノス】を捕らえろ! 抵抗するなら多少は損傷させても構わん!』
サイレンが鳴り響き、警備用の屋内『パースロイド』が【ゼノス】に迫る。
その時、停止していた発進ハンガーの点灯が赤から緑に変わった。
『! なに!?』
管制室の表示は【ゼノス】の乗る発進ハンガーが意図せずに正常起動しており、ばーい、と手を振る機体を降下射出した。
何が起こったのか。管制室と場に駆けつけた警備班はしばらく唖然としていたが……
即座に緊急スクランブルを発令。任務から戻ってきたばかりの『第14小隊』――通称“ハウリング”への出撃要請が出された。




