第20話 アイスが作れる娘
「レイチェル・アークライト」
レイチェルは暗闇の広がる空間の入り口にある端末にそう告げた。
『音声確認。点灯します』
次の瞬間、近くの電灯がつき、次々と奥へ広がる様に残りの電灯も空間を照らしていく。
道を作るように『パースロイド』の固定具ハンガーが並ぶ『技術格納庫』では設計した機体を組み上げたり、不具合のある機体を調べたりする事も日常的に行われる。
更に、飛行機関の改良や、武装の開発設計なども同時に進められていた。
「【ゼノス】はどれですか?」
「……案内するわ」
レイチェルを前に歩かせる形でヴァーミリオンは後ろから続く。彼女が助けを呼ぶ動きを監視する為だ。
「随分と研究熱心ですね」
「『スカイベース』では『パースロイド』は無くてはならないモノよ。研究するのは当然でしょ」
都内の作業はもちろん、天候調査や外壁作業でも重宝している。
「エネルギー兵器は必要ないのでは?」
「『スカイベース』に所要できる物資と燃料は限られてるの。ソレを少しでも減らして、人を迎える為に“形のある物”をなるべく減らしているのよ」
「ふーん。そう言うことなら頑張ってください」
ヴァーミリオンは会話の内容は特に気にしていない。レイチェルの意識を会話へ向ける事で他への関心を無くすように仕向けているのだ。
その道すがら固定具ハンガーの一つが目に入った。そこには骨格のみで佇む一機の『パースロイド』。
「……この機体は?」
「【スカイコール】」
「機体名ですか?」
「ええ。この機体は『機械同調計画』とは別の方向性を考えられたの」
「別の方向性?」
「人が進化した事を証明する為の機体」
「随分と大袈裟な話ですね。誰に証明するんです?」
「さぁ。この機体は『技術格納庫』で最も昔から存在してるの。私が生まれるずっと昔からね」
コックピットだけは作られている機体――【スカイコール】はまだまだこれから組み上がると言った様子に見えるが――
「…………」
ヴァーミリオンは、その機体の周りに工具や資材がまったく置かれていない様子に開発が止められている機体だと察する。
「【ゼノス】はアレよ」
と、レイチェルはその先にある固定具ハンガーへ視線を向ける。そこに佇む機体――【ゼノス】は静かに機動の時を待っていた。
無駄な装甲板の無いシンプルでスマートな外見は【ジャンクS】と比べて細身に見える。
背部には『飛行機関』をサポートするスタビライザーが装着され、二対のアイセンサーは【ソルジャー】に類似した外見をしていた。
「……何とかなりそうだ」
ヴァーミリオンは近くの時計を見て、時間内に目的の機体を見つけられた事に安堵。
「レイチェルさん、近くの椅子に座ってもらえますか?」
「……【ゼノス】は今日、最終テストが終わったばかりよ。設計者として動くことは保証するけど、逃げ切れる保証はしないわ」
「時間が無いんで、三度目は言いません。座ってください」
「…………」
レイチェルは近くの椅子に座ると、ヴァーミリオンは背後に回り込み、近くのケーブルで彼女の両腕を椅子と固定する様に縛る。
ヴァーミリオンは固定具ハンガーの近くに置かれた工具バッグをいくつか取ると【ゼノス】に歩み寄り、機体に触れる様に見上げる。そして、脚部装甲の凹凸に手をかけて、するすると登り始めた。
そのまま脇腹部に備え付けてある緊急解放のボタンを見つけると解放。胸部の装甲が外に持ち上がる様に開いた様を確認し、コックピット内へ入る。
その様子をレイチェルは椅子に縛られたまま見ていたが、梯子もなしにコックピットに入る様は、普段からソレに慣れている様だった。
それでも起動にはパイロットのIDが必要だ。コックピットに座るだけで誰でも起動出来るのなら、苦労は――
すると、コックピットから何か落ちてきた。
「?」
レイチェルは目を凝らして落ちたモノを見ると、ソレはコックピット内のパネルだ。見上げると、次々と落ちてくる。
「――ちょっと……ちょっと!! ちょっと!!! 何をやってるのよ!!!!」
「何ですか? 声を張り上げないでください」
彼女の叫び声にヴァーミリオンはコックピットから顔を出す。
「貴方、コックピットで何をやってるの!?」
「なにって、起動する為に配線の組み替えを変えるんです」
「はぁ!? ちょっと……止めなさい! キャッ!?」
レイチェルは思わず立とうとして椅子ごとうつ伏せに転んだ。その様子にヴァーミリオンは嘆息を吐くと、固定具ハンガーを軽業師の様に降り、椅子を立ててあげた。
「……ありがと」
「別にいいですよ。口を塞ぐんで」
そのまま、近くのウエスを取るとレイチェルの口を塞ごうと――
「私が起動するわ」
その言葉にヴァーミリオンは手を止める。同時に時計を見た。
「簡潔に理由をお願いします」
「開発者にとって、目の前で機体を壊されるのは我慢できないの」
「貴女が通報しない保証は?」
「出来ない。だから、私も連れていきなさい」
その言葉にヴァーミリオンは初めて目を丸くした。しかし、それも一瞬で元に戻り、
「一度ハッチを閉じたら、『スカイベース』内で開く事は絶対にありませんよ?」
「ええ。わかってる」
「下手をすれば貴方は離反者として『スカイベース』を追われる事になるかも」
「そうなったら、地上で適当に整備士でもやるわ」
「本気ですか? 『ハイラウンダー』としての今の暮らしを手放すと?」
「そうなっても問題ない様に必要な技術を手にしてきたの」
「後悔しても僕は関与しませんよ?」
「私の人生よ。“後悔”かどうかは貴方が決める事じゃない」
レイチェルの真っ直ぐな瞳をヴァーミリオンはじっと見る。そして、
「もう一つだけ聞いてもいいですか?」
「何かしら?」
「アイス、作れます?」
「作れる……けど」




