第4章 7話 フェーレム商会
フェレルの街門をくぐる頃には、夕焼けが石畳を赤く染めていた。
ダンジョンの湿った空気から一転、街には屋台の匂いと人の声が満ちている。
「……やっと戻ったな」
シャルルが肩を回した。
ミリとビルトが一行の前に立つ。
「今回は、本当に助かった」
ミリが頭を下げる。
ビルトも続いて頭を下げた。
「ありがとうございました」
「結果的に何もしてないけどな」
シャルルが手を振る。
「それでも、ですよ」
ビルトは苦笑した。
「私ひとりだったら、まだ九層で素材集めてたと思います」
「それはそれで問題だろ」
シャルルが呆れる。
ミリがふと思い出したように言った。
「ちょっと待ってて」
「すぐ戻る」
そう言うと、通りの奥へ足早に消えていった。
シャルルがその姿を目で追う。
少し沈黙が流れた。
やがてビルトが口を開く。
「そういえば、きちんとした自己紹介がまだでしたね」
軽く姿勢を正す。
「私の本名は」
「ビルトルト=フェーレムと言います」
グレンの表情がわずかに動いた。
「……フェーレム?」
「まさか……」
ビルトは苦笑する。
「はい」
「私たちの親は、元々フェーレム商会という商会の会長をしていました」
レンは首を傾げる。
「フェーレム商会?」
「それって有名なんですか?」
ハルが横から言う。
「大商会の名前よ」
「この辺りじゃ知らない人の方が少ない」
ジキルが思い出すように言った。
「今は名前が変わっておったな」
「確か……」
ビルトが静かに口にする。
「イデル商会」
グレンの目が細くなる。
「……もしかして」
「はい」
ビルトは淡々と答えた。
「乗っ取りです」
「NMCという闇ギルドの連中に」
その名前に、レンの脳裏に過去の会話が蘇る。
闇ギルドの中でも、唯一、表に存在を認知されている組織。
新商会同盟。
通称――NMC。
「……あのNMCですか」
レンが言う。
「ええ」
ビルトは頷いた。
「私たちの両親は」
少し言葉を選ぶ。
「“悪魔と取引した”という罪で捕まりました」
ルゥが息を呑む。
「悪魔との……取引?」
「でっちあげですよ」
ビルトは肩をすくめた。
「根も葉もない」
「ただ――」
視線を落とす。
「両親の自宅から“証拠”が出てきた」
「証拠?」
レンが聞く。
「悪魔を呼び出す召喚陣です」
「使用済みのね」
グレンの指がわずかに動いた。
ルゥが小さく声を漏らす。
「そんな……」
ジキルが静かに言う。
「噂は聞いておる」
「ただ」
「おぬしらの両親が“やっていない証拠”も無いのじゃろ?」
ビルトは頷いた。
「ええ」
「だから」
「私と、妹のミリは」
顔を上げる。
「両親の無実を晴らすために動いています」
レンが言う。
「どうやって?」
ビルトは答える。
「とあるグリモアを探しています」
「グリモア?」
「《魔力解析》です」
ハルが目を細める。
「魔力解析……」
「それで召喚陣を調べるんです」
ビルトは続ける。
「誰が使ったのか」
「使用者を特定できる」
「それが分かれば」
「両親の無実を証明できます」
シャルルが腕を組む。
「……で」
「心当たりはあるのか?」
ビルトは答えた。
「フェレルのダンジョンです」
レンが驚く。
「さっきのダンジョン?」
「元々そのグリモアを持っていた研究者がいたんです」
「その人が」
少し間を置く。
「フェレルのダンジョンで命を落としました」
ルゥが小さく呟く。
「……見つかってないんですか」
「ええ」
「遺体も、グリモアも」
ハルが腕を組む。
「つまり」
「ダンジョンが取り込んだ可能性が高い」
ビルトは頷いた。
「ダンジョンは中で死んだ者を持ち物ごと取り込みます」
「そして価値ある物を“報酬”として出す」
シャルルが低く言う。
「……まだどこかにある」
「そういうことです」
レンが聞く。
「どこまで調べたんですか?」
「三十層近くまでは」
沈黙が落ちた。
「三十層?」
レンが目を丸くする。
「そこまで潜る冒険者は少ない」
ビルトは言う。
「それに――」
「お金もかかるのよね」
戻ってきたミリが言葉を継いだ。
袋を机に置く。
「だから今、資金を集めてるの」
「ビルトと二人で」
ビルトの表情がわずかに硬くなる。
「一つ問題があって」
「問題?」
「NMCです」
空気が張り詰めた。
「奴らも、この件に気付いているらしい」
「私たちが《魔力解析》のグリモアを探していることを」
ハルが低く言う。
「邪魔が入る……」
「可能性は高いでしょう」
ビルトは頷いた。
「もし奴らが先に見つければ」
「召喚陣の真相は永遠に闇の中です」
「ちょっと待ってください」
レンが話を止める。
「そういうのって」
「ご両親が捕まった時に、調べないんですか?」
ミリが応える。
「NMCがね」
「すでに、魔法陣を調べた鑑定書を提出していたから」
「ああ……」
「だから、再審査の依頼を、治安維持ギルドに提出するの」
「でも、見つからなくても」
「そのスキルが使える人が見つけられたら」
ミリが首を振る。
「何人か知っているよ」
「でも全員だめだった」
「NMCの標的になるから……」
「そんな危険なことできないって」
「……なるほど」
沈黙が流れる。
「あ、そうだ、シャルル」
「はい、報酬」
ミリが袋を開く。
「鋼化、で良いんだよね?」
シャルルは黙ってそれを手に取った。
「……ああ」
シャルルは大事そうにグリモアを懐にしまう。
シャルルが腕を組む。
「で?」
「話の続きは?」
ビルトは一行を見回した。
「三十層付近までは調査済み」
「でも、その下はまだ」
グレンが少し息を吐く。
「……なるほど」
「つまり、いま私たちにその話をしたというのは」
ビルトが少しだけ息を吸う。
「話が早いです」
「三十層より下」
「その探索に――」
視線が、レンたちに向く。
「手を貸してもらえませんか」
レンは少し考えたあと、ふと街の向こうを見た。
フェレルの外れ。
ダンジョンのある丘が、夕暮れの中に沈んでいる。
静かで、何も変わらないように見える。
それでも――
まるで何かを、待っているみたいだった。




