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世界樹の下でまた会おう  作者: 文鳥
第三章 化け物とヒーロー
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第3章 16話 孤児院の朝は。

 翌日の朝。


 孤児院の朝は、

 あまりにも、穏やかだった。


 庭では子どもたちが走り回り、

 洗濯物が風に揺れている。


 その日常を、

 門の重たい音が断ち切った。


 ――ごとり。


 シスターとセリルが顔を上げる。

「……どなたですか?」


 門の外に立っていたのは、

 身なりの整った数人の男たちだった。


 清潔な外套。

 磨かれた靴。

 腰には武器。

 だが、抜く気配はない。


 商人のようにも見え、

 慈善団体の使者にも見える。


 中央の男が、穏やかに一礼する。


「おはようございます、シスター」

「先日は、“迷子のお子さん”の件で」


 その言葉に、

 シスターの指が、わずかに強張る。


「私たちは」

「孤児院のような場所に、ささやかな支援をして回っている者です」


 後ろの男たちが、箱を運び出す。

 中には、保存食、包帯、薬草、衣類。


「……これは……」

 シスターの喉が鳴る。


 必要なものばかりだった。

 今すぐ役立つものばかり。


「孤児院の運営は、大変でしょう?」

「子どもたちの食事も、衣服も、治療費も……」

「私たち、そういう“善意の支援”をしている者でして」

 男は、やわらかな声で言う。


「困っている場所を、見捨てられない性分でしてね」


 シスターは、返す言葉を探す。

 疑わしい。


 だが――

 子どもたちの前で、

 露骨に拒むこともできない。


 その背後から、

 小さな足音が聞こえた。


「……シスター?」

 ユーノだった。

 眠そうな目をこすりながら、

 門の方を見る。


「この人たち、だれ?」


 男は、すっと膝を折った。


「おはよう、坊や」

「迷子になっていた君を、助けたおじさんだよ」


 子どもの目線に合わせ、

 声の高さまで調整している。


 ――演技が、上手すぎた。


「……ありがとう」

 ユーノが、小さく頭を下げる。


 その仕草に、

 男の目が、ほんの一瞬だけ細まる。


 それは“優しさ”の目ではなかった。

 獲物を見る目だった。


 だが、誰にも見えない角度だった。


「よかったら、これも」

 男は、袋を差し出す。


 中には、

 甘い焼き菓子。


 子どもたちが、ざわつく。

「……お菓子……?」

「わあ……」


 シスターは、慌てて前に出る。

「……ありがとうございます」

「ですが、これ以上は……」


「いえいえ」

 男は、にこやかに遮った。


「“遠慮”は、美徳ですが」

「“子どもの前”では、あまり良くありませんよ」


 やんわりとした言葉。

 だが、

 その裏に含まれた圧に、

 シスターは気づいた。


 断れば――

 “子どもを悲しませる大人”になる。


「……お気遣い、感謝します」

 結局、受け取ってしまう。


 男は、満足げに頷いた。


 そして、

 視線は“自然に”、セリルへ向く。


「それで――」

「今日は、あなたに“お礼”を伝えに来ました」


「……私に、ですか?」


「ええ」

「突然、驚かせてしまいましたから」


「子どもを無事に返せて、安心しています」


 柔らかな言葉。

 だが、

 視線は、明らかに値踏みだった。


「あなたのような方は」

「街にとって、大切な存在です」


「孤児院を支え」

「困っている人を放っておかない」


 褒め言葉が、

 すべて“囲い込むための言葉”に聞こえた。


「ですから――」

「あなたに、少し“協力”していただきたい」


 シスターが即座に言う。


「……この子を、危険なことに関わらせるつもりですか」


「いえいえ」

 男は、すぐに首を振る。


「危険な仕事ではありません」

「誰かを傷つけることでもない」


「ただ……」

「力を“役立ててほしい”だけです」


 その瞬間だった。

 シャルル達が、裏から出て来て、何気ない口調で言う。


「……NMC も」

「最近は、孤児院支援なんてやるようになったのか」


 空気が、ほんの一瞬、止まる。

 男の眉が、ぴくりと動いた。


「おお、あなた方もいらっしゃいましたか」

 男はゆっくりと全員に目をやる。


「……何を勘違いしているのか知りませんが」

「我々は、そのような組織ではありません」


「そうか」

 シャルルは肩をすくめる。


「じゃあ」

「どこの団体だ?」


 男は、わずかに間を置いた。

「我々は――」


 そこで、

 ジキルが、低く被せた。

「……シャガル、じゃろ?」


 男の言葉が、

 ぴたりと止まる。


 ほんの一瞬。

 ほんの一瞬だけ、

 “固まった”。


 その反応で、十分だった。

 だが、男はすぐに表情を作り直す。


「……なんでしょう、それは?」

 あくまで、知らないふり。


 だが、

 背後の男の一人が、

 ほんの僅かに視線を逸らした。


 それだけで、確信できた。

 ――当たりだ。


 グレンが、兜の奥から言う。

「図星か?」


 男は、ふっと息を吐いた。

「我々は、本当に“支援団体”です」


 言葉は柔らかい。

 だが、声の温度は、少し下がった。


 視線が、再びセリルへ向く。


「あなたの力は」

「眠らせておくには、惜しい」


「……お断りします」


 セリルの声は、小さかったが、はっきりしていた。


 男は、残念そうに眉を下げる。

「……困りましたね」


 視線が、

 ゆっくりと庭で遊ぶ子どもたちへ移る。


「善意は」

「受け取る側が、応えてくれないと」

「意味を持たないものです」


 後ろの男が、

 小さな袋を取り出した。

 ――ユーノの手袋。


 シスターの顔色が変わる。


「……子どもというのは」

 男は、穏やかな声で言う。


「本当に、すぐ迷子になります」


 直接的な脅しはない。

 だが、

 意味は、はっきりしていた。


「明日に、また来ます」

「その時までに」

「“支援”を受けるかどうか」

「決めておいてください」


 男は、そう言い残し、踵を返した。


 門が閉まる。

 孤児院には、

 再び子どもたちの声が戻る。


 だが――

 誰一人として、

 さっきまでと同じ気持ちではいられなかった。


「どうする?」

 シャルルが、低く言った。


 門の向こうから、

 男たちの足音が遠ざかっていく。


 子どもたちの笑い声が、

 まるで“何もなかったかのように”庭に戻る。


 その落差が、

 余計に胸に刺さった。


 ジキルが、ゆっくりと息を吐く。

「……尻尾を掴ません連中じゃな」

 苦々しげに吐き捨てる。


「ここまで露骨に揺さぶっておいて」

「最後まで、名も正体も出さん」


 シャルルが、鼻で笑った。

「用意が良すぎる」

「素人じゃねえ」


「……シャガルである可能性は高い」

 ジキルが、低く続ける。


「反応が、完全に“知っている側”のものじゃった」


 レンが、拳を握る。

「……でも」

「証拠がないと、動けないんですよね」


「そうじゃ」

 ジキルは頷いた。


「疑いだけでは」

「ギルドも、国も、動かん」


 一拍の沈黙。

 シャルルが、ぽつりと言った。


「……アジトに、潜るか?」

 空気が、一瞬張り詰める。


「証拠を掴めばいい」

「連中が“何者か”」

「誰に、何をさせようとしてるのか」

「それが分かれば――」


「ギルドを動かせる」


 ジキルが、ゆっくり頷いた。

「……明日の“約束の時間”に合わせるか」


「向こうが、孤児院に来る間に」

「こちらは、巣を暴く」


 シャルルの口元が歪む。

「二正面作戦だな」


 役割分担は、自然と決まった。

「……グレンとセリルは」

 ジキルが言う。


「孤児院に残れ」


 グレンは、即座に頷く。

「承知しました」


「……シャルル」

 ジキルの視線が向く。


「おう」

「俺が潜る」

「こういうのは、得意だ」


 ルゥが、不安そうに見上げる。

「……ひとりで、大丈夫?」


「だから」

 シャルルは軽く肩を回す。


「お前に手伝ってもらう」


「シリィの《気配遮断》を」

「俺にかけろ」


「お前は、外で《盗み聞き》」

「連絡役だ」


『ふふん、任せなさい』

 パッと出てきたシリィが、胸を張る。


 レンとハルが、顔を見合わせる。

「……俺たちは?」

 レンが聞く。


「孤児院の影で待機じゃ」

 ジキルが言う。


「子どもに何かあれば、即応戦闘」


 ハルが、真剣な顔で頷く。

「……今度こそ」

「“守る側”でいる」


 最後に、ジキルが踵を返す。

「わしは、ギルドに行く」

「“証拠が出た瞬間”に」

「一気に踏み込めるよう、根回しをしておく」


 全員の視線が交差する。

 明日は――

 向こうの“善意の顔”が、

 本性を晒す日になる。


 そして同時に、

 こちらが“牙を隠したまま”

 噛みにいく日でもあった。

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