第1章 2話 シャルル
状況が飲み込めず、その場に固まっていると、十メートルほど先の木陰から声がかかった。
「大丈夫か?」
声の主は、両手を挙げて敵意がないことを示しながら、こちらへ歩いてくる。
声質からして、若い男だろう。
「……ああ、助かった。ありがとう」
近くまで来た男にそう言い、差し出された手を取って立ち上がる。
「少し前から様子を見てたんだ。さすがに、あれは本当にまずそうだったからな」
男はそう言ってから、私を上から下まで一瞥した。
「ヴェールが切れた、ってわけでもなさそうだな」
「……ええと、その……ありがとう」
説明すべきことと、伏せるべきことの線引きが分からず、言葉が詰まる。
「急に人の気配を感じたから来てみたんだが――あんた、何者だ?」
核心を突く問いに、喉が鳴る。
「えーと……その……」
「まあ、話したくないなら無理に聞かねえけどな」
そう言いつつも、男の視線は鋭い。
「ただ、素性の知れないやつを――」
「待ってくれ」
思わず、言葉を遮った。
一呼吸置き、覚悟を決めて話す。
転移者であること。つい先ほどこの世界に来たばかりで、スキルの使い方も分からなかったこと。
言葉が追いつかず、早口になりながらも、できる限り正直に伝えた。
「……なるほどな」
男は少し間を置いてから、あっさりと笑った。
年齢は十六から十八歳くらいだろうか。
黒が混じった銀色の長髪を後ろで束ねている。身長は私よりやや低い。
もっとも、今の自分の身長感覚自体が曖昧だった。
「そういや、おまえの名前は?」
「柊木 連。レンでいい」
「了解。レンだな」
男は親指で自分を指す。
「オレはシャルル。ただのシャルルだ」
「森で、じじいと一緒に狩人をやってる」
苗字がないらしいことを考えていると、シャルルは間を置かず続けた。
「とりあえず家に戻ろう。行くとこないだろ?
「ついて来い」
そう言いながら、灰になったゴブリンの残骸から、黒く透き通った石を拾い上げる。
「で、これ見て分かるか?」
首を横に振ると、シャルルは苦笑した。
「やっぱりな。【収受】も知らねえってことか」
石を渡される。中を覗くと、淡い光が不規則に揺れていた。
「胸の前に持って、【収受】って唱えろ」
言われた通りにすると、石から緑色の光が滲み出し、私の体へと吸い込まれていく。
「……っ!」
腰を抜かしながら思わず息を呑む私を見て、シャルルはケタケタと笑った。
「まあ、詳しい話は家に戻ってからな」
光を失った石は、まだ使うと言われ袋にしまった。
「じゃ、行くぞ」
そう言って歩き出したシャルルの背を追い、森の入り口近くにあるという家へ向かう。
道中、シャルルは何度も立ち止まり、周囲を確認しながら進んだ。
モンスターとの遭遇を避けているのだろう。
おかげで、一度も敵に出会うことなく、小屋が見えてきた。
「じじい、帰ったぞ」
木製の扉を開くと、中から声が返ってきた。
「おお、やはりおったか」
作業台に矢を置き、振り返った男は、じじいと呼ぶには少し若々しい。
シャルルをそのまま年を取らせたような顔立ちだった。
「急に人の気配がしてな。シャルに行ってもらっとったんじゃ」
「で、どうだった?」
老人の問いに、シャルルはあっさり答える。
「予想通り、転移者だった。本人もそう言ってる」
困惑している私を見て、老人は穏やかにこちらへ向き直った。
「安心しなさい。我々は敵ではない」
よく通る、落ち着いた声だった。
「あ……初めまして。レンと言います」
頭を下げる。
「すみません。転移者って……珍しくないんですか?」
「存在自体は知られておる」
「珍しいかといえば、珍しいな。ワシが会ったのは、おぬしで二人目じゃ」
「大半の人間は、一生会わずに終えるがの」
「どうして分かったんですか?」
「それは……少し説明が難しいの」
言葉を濁されたため、話題を変える。
「最初、言っていいか迷ってて……」
「それで正解じゃ」
「やっぱり、巻き込まれたり?」
「人によるの。英雄もおれば、極悪人もおった」
「後者に被害を受けた国は、転移者を忌避する。英雄に救われた国は、友好的……」
「まあ、そんなもんじゃ」
「じゃあ、黙っていた方が……」
「無理に言う必要はない」
老人は穏やかに笑った。
「信頼できると思った相手にだけ、話せばよい」
「ありがとうございます」
少し、胸のつかえが取れた。
「ところで、おぬしはなぜ転移を?」
「前に会った転移者も、目的があると言っておったが……」
「はい。息子を助けるためです」
「管理者――神様が現れて……」
「転移して戻ってくることが息子を助けることに繋がる」
「そう言いました」
「……なるほど」
老人が続きを言おうとした、その前に、思わず声を上げる。
「その……前に会った転移者は、どうなったんですか? 帰れたんですか?」
「……そうじゃな」
一瞬の沈黙。
「死んでしまったよ」
曇った表情を見て、それ以上は聞けなかった。
その間、シャルルは黙々と何かを準備していた。
「しばらく、ここにいろ」
老人が言う。
「この世界に慣れるんじゃ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「ゴブリン一匹倒せねえようじゃ、元の世界に帰る前に死ぬぞ」
湯気の立つ三つのコップを持ったシャルルが、笑いながら言った。




