第1章 3話 転移者
夜もすっかり更け、夕食を取ることになった。
時間は分からないが、外に明かりがないため、辺りはかなり暗い。
シャルルは石で作られた竈の前に立ち、短く何かを唱える。
すると、組まれた薪に火が灯った。
火の上に鉄製のフライパンのようなものを置き、すでに切り分けられた
――元は何の動物だったのか分からない肉と、きのこ、山菜のような野菜を放り込んで炒めていく。
「手伝おうか?」
そう声をかけると、シャルルは軽く首を振った。
「いや、いい。座ってろ」
やんわり断られたので、素直にテーブルへ戻る。
料理は数分で完成した。二人は特に何か言うこともなく食べ始める。
作法が違うのだろうと思い、私は心の中で「いただきます」と念じてから、皿に手を伸ばした。
味付けは驚くほどシンプルだったが、不思議と悪くない。
気づけば、あっという間に平らげていた。
「今日は疲れただろう」
そう言って案内された部屋には、
木で作られた簡易なベッドと机が一つずつ置かれていた。
荷物を床に置き、ベッドに腰掛ける。
夕食を取った部屋の明かりが消えたのを確認し、こちらの部屋のランプも消そうとする。
仕組みが分からず少し手間取ったが、あちこち触っているうちに灯りは消えた。
そのままベッドに横になり、目を閉じる。気づけば、意識は深い眠りに落ちていた。
*
翌朝、目を覚ますと、夕食を取った部屋に二人の姿があった。
「おお、起きたか。今ちょうど起こしに行こうと思っとった」
シャルルは、長い銀色の髪を束ねながら言う。少し眠たそうだ。
鍋をかき混ぜながら、祖父の方が顔だけこちらに向けた。
「そういえば、名を名乗っとらんかったな。ワシはジキルじゃ」
「ジキルさん……はい、よろしくお願いします」
唐突な自己紹介に応じつつ、肉と野菜の入ったスープを飲みながら、ふと思い出したことを口にした。
「そういえば……知り合いの転移者って、どんな方だったんですか?」
「名前とか」
「おお、そうじゃの」
ジキルは少し考えるように視線を泳がせた。
「名はシキと名乗っておった」
「ワシの息子――シャルの父親じゃな」
「それとパーティを組んでおった」
木製のスプーンで、シャルルを軽く示す。
「息子の名はセオル。大層入れ込んでおってな」
「絶対に元の世界へ帰してやる、と息巻いておったよ」
「そのシキさんは……どこから来たとか言ってましたか?」
「直接は聞いておらんが……」
「確か……ニホンという国から来たと言っておったな」
「日本……」
思わず呟くと、ジキルがこちらを見る。
「なんじゃ、知っておるのか?」
「はい。私も、その日本から来ました」
その言葉を聞いた瞬間、
「本当か!?」
ジキルは勢いよく立ち上がった。シャルルの手も止まり、こちらをじっと見ている。
「……そうか。同郷、か」
小さく独り言を漏らしたあと、ジキルは改まった表情で向き直った。
「もし、おぬしが元の世界へ戻れたら、シキの子孫に伝えてくれんか」
声が低くなる。
「シキは最後まで立派に戦い、死んだこと」
「そして、シキによって救われた命があることを」
「……はい」
喉が少し詰まりながらも、頷いた。
「あの……シキさんは、どうして亡くなったんですか?」
「そうじゃな……」
ジキルは少し間を置いた。
「詳しくは知らん。ただ、セオルと妻のシェイナ――」
「こいつの母親じゃな。その二人を護って死んだ、と聞いておる」
シャルルは手に持ったスプーンを、ただ黙って見つめていた。
「……シャルルの、ご両親は?」
「……ああ、死んだよ」
シャルルが短く答える。
「俺が生まれてすぐだ」
「シキを殺した悪魔――レヴィアタンによって、な」
「レヴィアタン……」
「そう。この世界を支配している七体の悪魔の一体じゃ」
元の世界の記憶の中で、七つの大罪を司る悪魔の名がよみがえる。
「支配……?」
話を理解しきれずにいると、
「……そろそろ、やめないか」
シャルルが静かに言った。
ジキルも小さく頷き、止まっていた食事を再開する。
重たい空気は、それ以上深まることはなかった。
「そういえばさ」
食事の片づけをしながら、シャルルがこちらを向く。
「転移者って、系譜を多く持ってるんだろ。シキから聞いたって、じじいが言ってた」
「ああ、うん。狩人と――」
「……あー、悪い」
言いかけた私の言葉を、シャルルが遮った。
「今のは俺が悪かった」
意味が分からず見返す。
「系譜ってのは、力の根幹だ。基本、表に出すのは一つ。もう一つは黙っとくのがセオリーなんだ」
「なるほど……」
「パーティ組む相手には話すけどな。さっきのは、ちょっと浅はかだった」
そう言われても、今さら隠しても仕方がない。
「大丈夫だよ」
そう言って、持っている系譜をすべて伝えた。
「おお、五つもか」
シャルルの声に、ほんの少しだけ優越感を覚える。
「スキルは?」
「あるらしいけど、分からないんだ」
「あー、まだ見てねえのか」
シャルルは頷いた。
「じゃあ町に行こう。ギルドに石板がある。あれ使えば分かる」
「石板……」
その言葉を聞いて、思い出す。
部屋に戻り、荷物を持ってきて、袋の中から大きな石板を取り出した。
「使い道の分からない石板があって」
「ほお……」
肩越しに覗き込むように、ジキルが言う。
「まさしく賢者の石板じゃな」
「貴重なものなんですか?」
「どこのギルドにもあるから珍しくはないがの。個人で持っとる者は、そう多くない」
「これでスキルが分かるんですか?」
「おう、ばっちりだ」
シャルルが、私より少しだけ嬉しそうに言った。




