第2章 20話 語られぬ影に備えて
洞窟の外に出ると、すでに戦いは終わっていた。
「――終わってたか」
シャルルが呟く。
剣を収めたグレンの足元には、縛り上げられた盗賊が二人。
抵抗の気配はなく、呻き声だけが微かに漏れている。
「取り巻きは、これで全部じゃな」
ジキルが周囲を見回す。
その少し離れた場所。
地面に転がるバグスは、意識はあるものの、完全に力を失っていた。
身体を覆っていたはずの《ヴェール》は切れている。
「……あの攻撃で生きているとは」
グレンが苦笑する。
「加減はした」
ジキルは目を逸らして言った。
「治安維持ギルドに引き渡す」
ジキルは淡々と言った。
「抵抗もできん状態じゃ。問題あるまい」
バグスは何も言わず、ただ空を睨んでいた。
*
街へ戻る道すがら、レンが歩を緩める。
「……そういえば、治安維持ギルドって、冒険者ギルドとは違うんですか?」
「そうですね」
グレンが答える。
「国をまたいで機能する組織をまとめて“ギルド”と呼ぶことが多いです」
「冒険者ギルドは依頼と仕事の管理」
シャルルが続ける。
「治安維持ギルドは、賞金首の設定や犯罪者の裁定を行う」
「“ジャッジ”と呼ばれる実働部隊も持ってる」
「商業ギルドは商い」
「生産ギルドは製造や採取」
「通貨ギルドは金の管理じゃな」
ジキルが指折り数えた。
レンは納得したように頷く。
(銀行のようなものか)
「あ、」
ハルが補足する。
「全部が“ギルド”って名前なわけじゃないよ」
「教会とか」
「あとは、賢人会」
「……学者たちの集まりで、賢者の石を研究してるの」
レンは、その言葉にわずかに反応した。
(学者……)
*
街の入口で、シリィがふわりと浮かび上がる。
『……ティーユを探してくる』
『無事に戻れたか、確認しないと』
「お願い」
ルゥが小さく手を振る。
次の瞬間、シリィの姿は淡い光となって消え、精霊界へと戻っていった。
*
治安維持ギルドへ向かう途中。
シャルルが、縛られたまま歩かされているバグスに声をかけた。
「洞窟にいた、仮面の男」
「どういう関係だ」
バグスは、答えない。
「あいつの素性を知りたい」
シャルルが畳みかける。
「……ああ」
ようやく、短く答えが返ってきた。
「素性も素顔も知らん」
「金で雇った」
「……そんな危険なやつを」
「手元に置く理由がないとは思えないが」
バグスは、再び黙り込んだ。
視線を逸らし、それ以上口を開こうとしない。
その後、質問を変えても、バグスは口を割らなかった。
視線を伏せたまま、沈黙を守る。
「……これ以上は無理だな」
シャルルは判断し、追及をやめた。
*
街に戻ると、行動は分かれた。
グレンは捕えた盗賊、死亡した盗賊、バグスを連れて治安維持ギルドへ。
他の者たちは冒険者ギルドへと向かう。
受付奥。
ジキルはリディの前に立ち、事の顛末を簡潔に報告した。
「……仮面の男?」
リディが眉をひそめる。
「何か知らないか?」
シャルルが聞く。
「知らないが」
「最近、闇の方でよく聞く名前がある」
「闇ギルド、か」
シャルルが反応する。
「シャガル」
リディはそう告げた。
「素性はまったく分からないが」
「その配下か、関係者の可能性はあるね」
場に、重い沈黙が落ちた。
*
しばらくして、グレンが戻ってくる。
ジキルに、小袋を手渡した。
「報酬です」
「バグスが二小金」
「取り巻き二人は、それぞれ一大銀」
「シャルルが倒した一人は……死亡扱いで二銀」
(日本円で二百万と二十、二万くらいか……)
「結構な額だな」
レンが目を丸くする。
「まあ、見つけるのが大変じゃがの」
ジキルは肩を竦めた。
*
「……妖精の倉庫はどうします?」
ルゥが聞く。
「どちらにせよ」
「シリィが戻るまで保留じゃな」
ジキルが答える。
ジキルは真剣な表情でハルとレンを見る。
「仮面の男」
「強かったそうじゃの」
二人は、自然と背筋を伸ばした。
「……レベルを上げる必要がある」
ジキルは断言した。
「レベル?」
レンが聞き返す。
「収受したエネルギーを、賢者の石に捧げ」
「スキルの段階を引き上げる」
「……なるほど」
レンが疑問を口にする。
「それって、こまめにしなくて良いんですか?」
「うーん、そうじゃの」
ジキルは少しだけ間を置いた。
「今までは、まだ早かったというのもある」
「特にお前はな、レン」
「必要なのは、技より先に」
「ヴェールそのものの性能を上げるスキルじゃ」
「ヴェールそのものの性能……」
「《攻撃の加護》とか」
「持っておるじゃろう」
レンは《凡者の知恵》を発動して前に取ったメモを見る。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
・・・・
A「攻撃の加護」ヴェールの攻撃が上がる
「魔道」ヴェールの魔力量、魔力が上がる
「自動回復」自動修復と魔力回復が上がる
「鉄壁」防御と魔力耐性が上がる
「走破」敏捷とスタミナが上がる
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ああ、これ」
「そうじゃ」
「体が追いついておらん状態で」
「ヴェールの数値だけ上げると、戦いづらくなる」
「……そんな状態で戦えば、下手をすれば、死ぬぞ」
レンは、ブレイブでの感覚を思い出していた。
力はあるのに、空回る――あの違和感。
「だが」
ジキルは続ける。
「今は、だいぶ“馴染んできた”からの」
「頃合いじゃ」
*
「行き先は?」
レンが聞く。
「独立都市フェレル」
ジキルが答えた。
「ここセルトゥールから少し行った先じゃ」
「フェレル諸国連合の中心都市で」
「賢者の石がある」
レンは、静かに息を吐いた。
――また、一歩先へ進むのだと。
「明日にでも出発する」
ジキルはそう告げた。
*
夜。
ルゥを、ナナとフーリーのところまで送り、
一行は宿屋へ戻った。
それぞれの思いを胸に、静かに休息へと入る。
次の戦いに備えて。




