表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界樹の下でまた会おう  作者: 文鳥


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/40

第2章 15話 生還

 ユニーク個体が倒れた瞬間、坑道に満ちていた“圧”が、確かに薄れた。

 だが――代わりに、別の気配が膨れ上がる。

 ゴブリンたちが、騒ぎ始めた。


 統制を失った悲鳴。

 仲間を失った怒り。

 恐怖と殺意が入り混じった、濁った鳴き声。


「……まずいな」

 シャルルが、低く呟く。

 指示を出す者はいない。

 隊列も、役割もない。

 それでも――


「数だけは、十分すぎる」

 レンも、息を整えながら周囲を見渡す。


 倒れているゴブリンの向こう、坑道の枝道。

 物陰。

 割れた岩の影。


 ――まだ、動いていない影がある。


「……嫌な感じがする」

 ハルが声を落として言う。

「完全に、終わった空気じゃない」


 ジキルも、ゆっくりと首を振った。

「同感じゃ」

 拳を握り直す。


「通常のゴブリンなら、まだ押し返せる」

「じゃが――」

 視線が、自然とフーリーへ向いた。


 壁際に横たわる獣人は、胸を上下させるのがやっとだ。

 ヴェールは切れ、呼吸は浅い。


 今この場で、まともに守れる状態ではない。

「……あやつが狙われたら、終わりじゃ」

 その言葉は、誰にも否定できなかった。


 レンは、歯を噛みしめる。

 ここまで戦ってきた。

 救い、倒し、勝ち取ったはずだった。


 それでも――

 “最後に生き残る”には、まだ足りない。


 ゴブリンの一体が、仲間の死体を踏み越えた。

 次の一体が、それに続く。

 意思はない。

 だが、本能が背中を押している。


 ジキルの視線が、闇の奥へ走る。

「まだ、レッドキャップやグリーンベレーが潜んでおったら――危険すぎる」

 誰も反論しなかった。

 勝った戦いで死ぬわけにはいかない。


「もうここには用はない」

「早く撤退するぞ」

 シャルルが、短く告げる。


 次の瞬間。

 グレンが動いた。


「失礼」

 低く言って、フーリーをそのまま抱きかかえる。

 巨体の腕に、獣人の身体がすっぽり収まった。


「グレン、任せる!」

「必ず、連れ出します」

 盾を前に突き出し、

 グレンは後退しながら道を作る。


「《光縛》!」

 ハルの魔法が、突進してきたゴブリンを止める。


「《風刃》!」

 レンが、追撃を断つ。


 ジキルは最後尾で、にらみを利かせる。

 魔力を抑えつつ、

 “まだいるかもしれない何か”に備えて。


 シャルルが違和感に眉をひそめた。

 倒したはずの敵の中に、どうにも合わない“空白”がある。


「……おかしい」

 思わず漏れる。


「どうしたんだ?」

 レンが返す。

「無い」

「無い?何が?」


「さっき倒した」

「グリーンベレーの弓が無い」


 シャルルが先ほど戦っていた場所を見る。


「ゴブリンで弓をまともに使えるのは」

「進化個体だけだ」


「……潜んでおる可能性があるの」

 ジキルが、低く言う。


「この状況で武器を回収か……」

「別のレッドキャップがおるかもしれん」


 ――限界は、近かった。


 統制を失ったはずのゴブリンたちが、再び数を集め始めている。

 悲鳴にも似た鳴き声。

 壁伝いに、影が増えていく。


「……数が減らん」

 ジキルが、息を荒げる。


「いや」

 シャルルは、フーリーに視線を向けた。

「減らせん、が正しいな」


 下手に動くとフーリーが狙われる可能性が高い。

 後は撤退だけだという状況で、進展しない。


「来るぞ!」

 シャルルの声。

 ゴブリンの群れが、波のように押し寄せる。


 ――その時だった。

 坑道の奥。

 今までとは違う、重い足音。

 だが、それはゴブリンのものではない。


「……止まれ」

 低く、よく通る声。


 次の瞬間。

 ゴブリンの先頭が、吹き飛んだ。

 鋼の盾。

 熟練の一撃。


「……お前ら、やっぱり無茶してるな」


 松明の光の中に現れたのは――

 酒場で会った、あのベテラン冒険者だった。


 その背後。

 重装の戦士、弓を構えた斥候、詠唱を始める魔術師。

「間に合った、ってところか」

 ベテランが、周囲を一瞥する。


「……随分、奥まで潜ったな」


「助かる」

 シャルルが、短く言った。


「話は後だ」

 ベテランは、前を向く。


「ここからは、俺たちが道を作る」

 号令。

 一斉に、ベテランパーティが前へ出る。


 弓が唸り、

 魔法が炸裂し、

 盾が、ゴブリンの突進を叩き止める。


「今だ!」

「続け!」


 道が、開く。


 グレンがフーリーを抱えたまま、走る。

 レンたちが、それに続く。


 背後では、まだ戦闘音が続いている。

 だが――

 確実に、追撃は抑えられていた。


 坑道の出口。

 冷たい夜風が、肌を打つ。


「……出たぞ!」

 その言葉と同時に、全員が外へ転がり出た。


 最後尾。

 ベテラン冒険者が、振り返る。


「残党処理と、おまえたちの魔石は拾っておく」

「先に街へいけ」


 こうして――

 彼らは、生きて巣穴を脱出した。


 フーリーは、かろうじて命を繋ぎ、

 仲間たちは、再び夜の街道へ向かう。


 背後で、ゴブリンの巣が闇に沈んでいく。

 ――助けは、確かに間に合った。


 治療院。

 白い布に包まれたフーリーの身体に、

 回復魔法の淡い光が幾重にも重ねられる。


「……ヴェールは回復しました」

「体の方も心配ありません」

 治療師が言った。


「数日は安静が必要ですが」


「……良かった」

 ナナが、深く息を吐いた。


 しばらくして。

 フーリーの耳が、ぴくりと動いた。

「……あれ?」

 かすれた声。


「……ここ……?」


「街だよ」

 ルゥが、すぐに答える。

「戻ってきたよ」


 フーリーは、ゆっくりと瞬きをし――

 それから、少し困ったように笑った。

「……迷惑、かけたな」


「馬鹿」

 ナナが、短く言った。

「生きててくれたら、それでいい」


 沈黙。

 だが、重くはなかった。


 外では、朝の鐘が鳴っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ