たりないさんにん
「あれだけ言ったよね?結月ちゃんはヤバい匂いがするって」
「はい。すいません」
俺は今、千紘にハンマーでボコられたのち正座で説教を受けている。千紘がおれを満足するまで殴打した後、標的にしたのは吸血により意識が飛んでいる結月だった。
流石に俺以外に暴行を振るわせるわけにはいかないので、俺が体を張って止めたのだがとんだ災難だった。
不幸中の幸いだったのが凶器が鈍器だったので大量の出血を免れたことか。吸血衝動はあるが、まだ許容範囲だ。
「それで、血を吸ったんだよね?」
「いや、それはこの部屋の惨状を見てわかるように我慢できなかったんだ!」
部屋中血の海のこの現状ならきっと千紘もわかってくれるだろう。
「えー?お兄ちゃんの事だから、どうせ千紘ちゃんの着てるナース服とか転がってる哺乳瓶で邪なこと考えてて、されるがままだったんじゃないの?」
は?なんだ、その洞察力。変なところで冷静なの何なんだ。
「い、いや。そんなことないぞ?」
しかし、千紘はすべてを見透かした様に微笑む。青筋を浮かべながら。
「私、まだまだ足りないなー?もっかいぶつ?」
ドンッ!!
そう言って千紘がハンマーを床に打ち付けた時だった。
「んんっ、、、あれ私なんで、、、、、?」
結月が目を覚ました。
「結月気が付いたのか!」
「私は、、何を?」
どうやら結月はこの一連の騒動を憶えていないらしい。めんどくさくなるな、と思ったがそれも杞憂だった。
「え!? そうだ!私!」
結月はこの部屋の惨状を見て思い出したようだ。すると結月は突然泣き出した。
「ごめんね。 ごめんなさい。とし君! 私は、、私は、、!」
俺はもうそれだけで許してしまいそうだが、黙っていないのが千紘である。
「はぁ?泣くくらいなら最初からやんないでよ!意味わかんない!そんな涙に私は騙されないよ?私のお兄ちゃんをこんな目に遭わせておいてただじゃ済ませないよ?」
千紘はハンマーを振り上げる。おいおい、さっきまでお兄ちゃんの顔を原型が分からなくなるまで、シバいてたのどこの誰ですか?と、言いたいがそこをこらえて千紘を制止して結月に問いかける。
「待て。千紘。取り敢えず話を聞こう。結月は一体どうしてこんなことしたんだ?」
「えっとね。それはね?小学生の時とし君、運動会の徒競走でこけてケガしたよね?」
「ああ、たしか結月に手当てして貰ったっけ」
確か痛くてちょっと泣いてて吸血鬼の血の特性の事とか忘れてたわ。我ながら恥ずかしい限りだ。
「その時にね、とし君の傷を近くで見たら、なんかどうしてもとし君の血が欲しくなっちゃって手当てに使ったガーゼとかコットンを持ち帰ったんだ」
「うわっ結月ちゃんきっもー」
おい千紘。ならお前、今朝俺の血を拭き取った布巾持っていたよな?あれ返せよ。
「そうだよね。変だよね。私。それで、そのガーゼとかずっと使ってたら使いすぎて擦り切れちゃって新しいのが欲しくてとし君を呼んだんだ。リンちゃんって人見知りだから引っ搔くと思ったの」
そこまで血に魅せられて長年それだけで我慢してきたのならとても優秀だ。今回の件、結月は、血に魅せられてしまった被害者なのではないのだろうか。
「でも新しいのが手に入ったら、もう自分を抑えられなくて!! 気が付いたらあんなことを、、、、本当にごめんなさい!」
結月が土下座する。俺は相変わらず何か言おうとしている千紘を制止すると、結月に駆け寄り彼女を抱きしめた。
「やめてくれ結月。これまでよく耐えてきたな」
「は?お兄ちゃん何してんの?私そんなことされたことないんだけど? ねぇ殺していい? 殺していいよね?」
しかし、俺は何も言わない。ただ真剣な眼差しで千紘を見つめた。
「ふ、ふん。どうやらそういうやつじゃないみたいだから許してあげるけど次はないよ?」
俺は軽く千紘に返事をすると結月に告げる。
「結月。俺からもお前に話さなくちゃいけないことがある」
「へぇ?」
俺は涙で顔をくしゃくしゃにしている結月に千紘に吸血鬼である事とその特性、千紘とも同様のことがあり、今の関係に落ち着いていることを話した。
「え!? それじゃあ」
「ああ、全部吸血鬼の血のせいだ。結月は悪くない」
「そっか。でもね、やっぱりそれだけじゃないよ。とし君、これだけは信じてほしいんだけどね」
「なんだ?」
結月は深呼吸をすると、瞳に貯めた涙を空中に投げ出し、悲痛な叫びを上げた。
「私はずっと前からとし君のことが好きなの! 愛してる!」
「はぁ!?この期に及んで告白ぅ?許してもらうだけじゃ足りないの?あり得ないんだけど?」
いや、千紘も同じパターンで告白して来たよな? お前何個ブーメラン投げれば気が済むんだよ?
もしブーメランが具現化したら死んでますよ?千紘さん。
「分かってる! 分かってるよ? 私にはもうとし君と結ばれる資格もないし、もしかしたら思いを告げる資格だってないのかもしれない! でも、でもこれだけは聞かせて?」
潤んだ瞳でこちらを見てくる。それはまるでケガをして捨てられたあの動画の猫を彷彿させるものだった。
「とし君は私のこと嫌いになった?」
何て言えばいいんだ。俺は返答に困った。どうすればだれも傷つかないのだろう。そんな難題に答えなどあるはずもなく、悩みに悩みぬいた俺が取った行動は俺の素直な感情をこの場で吐露することだった。
「嫌いになった? そんなことはない。 むしろ前よりも好きになったよ」
「え?」
「俺にとって結月は、唯一の友達。親友。少し気になる可愛い近所の女の子だった今日までは、、、でもさ、、」
「ええ?」
「今日のは何て言うかバブみがすごくて、、、、、、、興奮した」
分かる。言いたいのは分かる。お前はヤンデレが好きなんじゃないのかって。けどさ、
ヤンデレだけじゃ俺は足りない。