01 夢を描く祝祭デート
ティアラがジルの婚約者として、邸宅離れで暮らすようになった次の日から、大公国ハルトリアの風物詩となっている祝祭が始まった。丘の上の邸宅は、お祭りが行われる市街地からは車で五分ほど距離があるが、めでたい日を知らせる空砲の音が部屋にいても聞こえてくる。
「新婚初日から早起きで悪いけど、これから数日は祝祭の仕事で忙しいんだ。ハルトリア名物の長い祝祭だから、ティアラも調子の良い時に遊びに行くと良いんだろうけど……」
「うぅ……ごめんなさい、ジル。その、昨夜初めて夜を過ごしたから、思うように身体が動かないの」
シャワーを浴びてスマートに身支度を整えていくジルとは対照的に、ティアラは未だベッドの中で身動きが取れずにいた。顕わになった胸元を、素肌を恥ずかしそうに隠しながら、乱れた銀髪をかきあげて気怠そうに謝るティアラ。
昨晩過ごした初々しい婚約者の姿を思い返して、ジルは嬉しい反面申し訳ない気持ちで一杯になる。自らが与えた体温で清らかな涙を零すティアラは、ジルだけのものだ。けれど、つい勢い余って手加減が出来なかったジルのせいで、ティアラはしばらくベッドで休まなくてはいけない。
「オレのせいだよ、ゴメンな。祝祭は今日から二週間行われるから、ティアラの身体が治ったら一緒に遊びに行こう。旅の疲れも溜まっているだろうし……行ってくるから」
「うん、ありがとうジル。行ってらっしゃい……」
触れるだけの口づけを交わして、ティアラは再び眠りの世界へと誘われていった。
せめて、愛しい人に口づけをして見送ってくれるティアラに胸が熱くなる一方で、守るものが増えたことを実感するジル。
祝祭初日、領土の管理を務めるジルは、早朝から祭りの挨拶や見回りで大忙し。ティアラはというと、旅の疲れか、それとも『初めての夜』の疲れなのか……思うように身体が動かずその日は部屋でゆっくりと休むことに。
結局、魔力切れと旅の疲れも重なって。ティアラが自由に身動きが取れるようになるまで3日ほどかかり、その頃にはジルの仕事もひと段落ついていた。
* * *
「あっ……ジルお兄ちゃん、ティアラお姉ちゃん、ポメ、お早う! もうティアラお姉ちゃんの旅の疲れは取れたの?」
離れで軽食を済ませて邸宅の広間に顔を出すと、ジルの腹違いの妹ミリアがにこやかな笑顔でティアラの体調回復を喜んでくれた。純粋に旅の疲れで休んでいたと思い込んでいる十歳の少女ミリアに、真実を告げるわけにもいかず。
「う、うん。もう大丈夫よ、お早うミリアちゃん」
「お〜心配かけて悪かったな、ミリア。もう、ティアラは元気だぞ。ほら、今日もポメと遊ぶか? それとも今日は何か用事か」
「きゅうーん」
適当に誤魔化しておどけながら、ポメをけしかけるジルは、流石は歳の離れた妹の扱いに慣れていると言えるだろう。ミリアはポメをもふもふと撫でてから、今日のスケジュールについて語り出した。
「あのね、今日は魔法訓練の講師の先生達と他の生徒さんで、魔法風船飛ばしのテストを受けなきゃいけないの。良い成績が取れたら、お祭りの最終日に魔法風船ショーでお披露目するんだよ」
「へぇ、そいつは凄いじゃないかっ! 頑張ってこいよ」
「うん頑張ってくるねっ。お兄ちゃん達は、今日はデートかな? 愉しんでねっ」
ミリアを見送り少し静けさが戻った広間、するとジルは照れたような仕草でティアラを見つめた。
「……そういえば、オレ達ってまだデートってやつをしたことなかったよな」
「言われてみれば、そうかも」
「するか……祝祭のデート。まずはロマンティックに運河をゴンドラで」
そう言って笑うジルの手には、ハルトリアの運河を行くゴンドラのチケット。ティアラの祝祭デートは、どんな夢を描くのだろうか。