09 いつまでも仲の良い兄弟
ティアラが離れの窓辺から外を眺めていたのに目敏く気づいたイケメンこそが、ハルトリア公爵一族の長男にして大公国随一の色男を自称する『バジーリオ・ハルトリア』その人だった。
邸宅の玄関には寄らずに、まっすぐティアラのいる離れを訪れたバジーリオは、初対面にも関わらずティアラ一直線だ。
「やぁお目にかかれて光栄だよ、レディ。キミのあまりの美しさに女神がお迎えに来たのかと驚いたが、こうして手に直接触れられるところを見ると人間のようだ。僕の名はバジーリオ、ハルトリア随一の色男なんて呼ぶ人もいるけど、気軽に話しかけてほしい」
「は、はぁ。えぇと……ティアラと申します。あなたがジルのお兄さんのバジーリオさん?」
細身のスタイルに黒スーツ、ダークブラウンの髪、ジルと似ているようで僅か異なる目鼻立ち、バリエーション違いの兄弟といった風貌だ。決定的な違いといえば、鋭い眼光と低いトーンの声色が特徴のクールなジルに対して、兄のバジーリオの方は柔らかな目元に甘いトーンの話し方というところだろう。
遺伝子的には近いはずの兄弟だが、中身が違うと雰囲気までまるっきり変わるのがよく分かる。
「弟のジルが、お世話になったそうだね。何でも精霊国家フェルトでは、聖女の職に就いていたとか。あぁ弟が羨ましいよ……もし、僕の方が先にキミと出会えていたなら、迷わずプロポーズしていたのに」
「あはは……ジルも初めて会った時に、似たようなことを言ってましたわ。流石は兄弟ですね」
ジルも初対面のティアラに対して、異性を感じさせるようなニュアンスを含みながら接してきたが、兄の方はその比では無い。
「へぇ……あの弟が歯の浮くような口説き文句をね。僕の専売特許だったんだけど、うん。実は弟も、何処かで僕に憧れていたりして……。ところでティアラさん、ジルとはもう一緒に暮らしているの?」
「いえ、まだです。今日からこの離れで生活するので、緊張してしまって」
まだというセリフにバジーリオの耳がピクリと動き、先程よりも真剣な眼差しでティアラの手を握る。
「そうか……ジルとの愛が完成するか見極めるには、まだこれからなんだね。ティアラさん……もし、万が一でもジルとの仲が上手くいかない時は、遠慮せず悩みを打ち明けにおいで」
あまりの積極的な素振りにティアラが驚いていると、タイミングが良いのか悪いのか。ジルが仕事を終えて、離れに戻ってきたばかりだった。
「こ……の、バカ兄貴! まったく、レディを見ると話しかけずにいられない性質なのは知っていたが。弟の婚約者にまで、馴れ馴れしくすんなよ」
「やぁ! 愛しい弟よっ。人聞きが悪い言い回しは、よしておくれ。僕はティアラさんが辛くなった時、いざという時の避難場所になろうとしてるんだ。相談相手がいた方が、彼女だって心強いだろう」
一部始終を見守っていた爺やは、バジーリオの口説き癖に慣れているのか『相変わらず、お元気そうで何より』とにこやかに兄弟のやり取りを聴き流していた。何だかんだ言って親しげに会話をするジルとバジーリオは、仲の良い兄弟と言うことだろう。
やがて陽が降りてきて、一族の長であるハルトリア大公を乗せた車が到着する。実の父の到着に、ふざけ合っていたジルとバジーリオの空気が、一気に緊張したものに変わる。
「げっ……お父様が到着したみたいだぜ」
「あぁ……あの人、レディには優しいけど、僕達には厳しいからね。喧嘩しているように誤解されたら大目玉だ。まぁ僕としては、いつまでも仲の良い兄弟でいるつもりだけど」
(どう言うこと? 二人ともどうして、実のお父さんの登場に緊張しているの)
――ティアラを歓迎するための夜の食事会が、始まろうとしていた。