その9
どうにかこうにか着替え終わり、髪もとかしてもらい、簡単な化粧などもしてもらい。
疲れ果てて、元の部屋に戻った私を待っていたのは、この一言だった。
「女性の着替えは時間がかかると言いますが、またえらくかかりましたね。」
優雅に本など読んでいたユージンさんに、思わず投げつけるものはないかと周りを見渡した。残念、花瓶しかなかった。あれ、すごく高そうだから、投げちゃだめなやつだ。
「しかも、これだけ時間をかけて、それですか」
嫌味っぽく首を振るユージンさんに、今度は迷わず花瓶を投げつけた。難なくキャッチされた。くそ。
最終的に、服は自分で選んだ。というか、どういう服がいいか具体例を挙げて、クルルさんに一緒に探してもらった。
生成りのシャツと、膝下丈の茶色いスカート。黒いブーツ。シャツがちょっと小さくて、肩や胸周りがぱつぱつなのは、クルルさんと私の妥協点。
えらいヒトと挨拶するのに、さすがにこれは地味すぎるか?、と思ってブローチを付け、「女の子にはリボンが必要なんです!」と言い張るクルルさんに根負けして、頭に細いリボンをつけられた。
これでも結構考えたのだ。
何かあった時のために仰々しいのは避けようとか、かと言って、下手に胸当てとか籠手とかつけてると「ヤル気満々です」ぽくてマズいかなとか。
ただ、いざ着替え終わってから鏡を見ると、これで「魔王」名乗るのって、詐欺通りこしてイタい人だ。
それはわかってるけど、なにしろこの七年間おしゃれとは無縁だったから、どう軌道修正したらいいのかわからない。
もともと可愛らしいのは柄じゃないから、ものすごく落ち着かないけど、「それでは、こちらはいかがですか?」とクルルさんが趣味全開の衣装を差し出してきかねないので、考えるのをやめた。
諸々すべて、元凶はこのヒトの采配ミスである。
それを、この男。
もう「さん」付けで呼ぶのやめよう。ユージンでいい、ユージンで。
「ところで、今何時くらいですか。お昼ご飯ください。」
よくよく考えれば、私は魔王で、ここは魔王城。これくらい、わがままにはならないはずだ。
ぐーぐー鳴ってるお腹を抱えた私に、ユージンが投げてよこしたのは、お茶請けの残りのビスケット一枚だった。
「馬鹿言わないでください。客をどれだけ待たせるつもりですか、新米魔王のくせに」
「食べ物投げる奴が言うな!」
食べるけど! …あ、美味しい。生地がザクザクしてて、ドライフルーツも入ってる。噛めば噛むほど、ってタイプだ。テーブルの上に同じの残ってるけど、この時間まで手つかずってことは、もうもらっちゃってもいいよね。
元の場所にどすんと腰掛けると、すまし顔のクルルさんからすかさずお茶が差し出された。最初にもらったのとは違う、お花の香りのお茶。うーん、至れり尽くせり。素敵。
魔王って悪くないかもなー。だって、いきなり伝説の弓を渡されて「魔王倒してこい」とか言われないし、体力つけるために城の外周百周走れとか言われないし。ええ、もちろんあてこすりです。
「いいですか。今日は本当に顔合わせだけです。誰かに質問されても、口は開かないでください。私が対処します。…聞いてますか、魔王陛下?」
聞いてる、聞いてる。もぐもぐ。
「年頃の娘が意地汚い…」
すごく嫌な顔された。せっかく美形なんだから、もう少し美形らしい顔すればいいのに。
「口開かずに、にこにこしてたらいいんでしょ? 楽勝」
魔界から凱旋した日も、「お前は大人しくしてろ」って皆から言われて、えらい人とのおしゃべりやらスピーチやらは慣れてる方々に任せっぱなしだったからね。
なにしろ私は「勇者の相棒」であって、「勇者」ではなかったから、無理に口を開く必要がなかったのだ。おかげで大変楽だった。
あれと同じと思えばいい。
という話をすると、ユージンが遠い目で「駄目だ、わかってない」とつぶやいた。失敬な。
「あれと一緒でしょ。勇者一行は、あっちこっちの国の出身者の寄せ集めで、魔王討伐後はそういう国のハツゲンケンがどうしても大きくなるから、凱旋直後から勢力争いは始まってるっていう」
どういう理屈かぴんとこないけど、魔王を倒した瞬間から、仲間が敵になるのだ、と説明された。
「人間界も殺伐としてますね」
「あれ、違うの?」
「むしろ、状況がまったく違うのに、どの辺りでそう判断したんですか。」
そうか、状況が違うのか。難しいな。
あ、こっちのクッキーはプレーンだ。もぐもぐ。
「前はどうだか知りませんが、今回はあなたが主役です。」
ごっくん、と喉を大きな塊が通っていく。
主役。って柄じゃないんだけど、私。
「皆があなたを見るために集まっています。皆があなたに注目します。あなたの人となりを知ろうとして、無理にでも口を開かせようとするでしょう。」
それでも黙ってろ、と。違うか。余計なことをするな。邪魔するな。空気読め。うまく立ち回れ、ってことか。
少し冷めたお茶を一気に飲み干した。
うん。
「まあ、なんとかなるでしょー」
というか、ここまで来ると、もうなるようにしかならないというか、私の手には余るというか、どうにでもなれというか。苦労するの私じゃなさそうだし。あ、やばい、クッキーのかけらがブラウスに。
へらりと笑うと、ユージンがぐりぐりと眉間をもんだ。
「若いうちからそんなだと、しわが取れなくなるらしいよ」
「誰のせいですか」
いや、ほんと眉間のしわは癖になりますよ。