その10
もし私が秘書とか書記官だったら、そして今この場所でのことを記録しておけと言われたなら、きっと最初に「どーん」という擬音をつけたと思う。
向かったのは、玉座のある大広間ではなく、公的な応接室といった感じの場所。上品な緋色の絨毯に黒々としたテーブルやソファが映える、贅沢で風格ある部屋だった。他の調度品もクリーム色の生花も雰囲気にうまく溶け込んで、特別にあつらえたみたいだ。
ユージンの客室といい、魔王城にもこんな部屋あったんだなあ。前の魔王と闘った広間は、天井も壁も何から何まで、傷だらけ穴だらけでボロボロだったから、意外だったというか、安心したというか。
ユージンが客室よりさらに立派な扉を開けた瞬間、一斉に視線が突き刺さって、思わず腰のあたりを探りそうになった。そうだった。愛用の短剣、朝出る時に忘れてきたんだった。それ以前に、この服、武器を隠せるような構造じゃない。
手が震えたのを見抜かれたのか、ユージンが少し目を細めて私を牽制した。わかってる。わかってますって。大人しくしろっていうんでしょ。ただの条件反射だってば。
中は色んな種族のヒトたちが、ソファでくつろいだり、大きな窓べりにもたれかかったりして、思い思いに私を待っていた。
当たり前だけど、誰もかれもが人間の目には異様な姿をしていて、同じ部屋に集まると「どーん」と押し出されるような迫力があって、壮観というか、なかなかの物量だった。
その中の一体に、目が釘付けになった。
竜。
竜がいる。
え、なんで?
黄色い竜が絨毯の上で猫みたいに丸まって、気持ちよさそうに寝息たててる。ブフーっと鼻が鳴るたびに、盛大にカーテンが揺れてる。
牛の二倍くらいのサイズで、爪も鱗も傷がなくてぴかぴかしてるから、多分子供だと思うけど、ちゃんと見るのは初めてだから自信がない。
竜って、魔界でもあまり見かけない種族なのだそうだ。
一体、一体が他の種族とは比べ物にならないくらい大きくて強いから、他の種族のように群れる必要がなく、他の種族への興味を持たない。だから、魔王になることもなくて、わざわざ人間界に来ることもない。魔族だけど、完全に別枠扱い。
実際、魔王討伐の旅の間も、はるか上空を飛んでるところを遠くから眺めたくらいだった。まさか今になって、こんな間近で遭遇するとは思わなかった。
ていうか、何しに来たの? 竜って魔王とかどうでもいいんじゃなかったの?
その巨体で、どうやって城の中に入ってきたんだろう。誰も気にしなかったのかな。いやいや、そんな馬鹿な。
ちらっと様子をうかがうと、ユージンも顔が固まってた。
どうすればいいのかと視線がさまよって、ソファーにちょこんと埋もれてた長老と目が合った。気にするな、という風に首を振られた。すぐ後ろでシバが不機嫌そうに腕を組んで、竜をにらんでる。
…よく寝てるし、子供みたいだし、うん。ちょっと一旦無視しようかな。
気を取り直したのか、さっきまで慇懃無礼のお手本みたいだったユージンが、動揺なんてしてませんって顔で、すっと白い手を出して、馬鹿丁寧に私を部屋の中へと促してくる。背中がぞわっとして、すごく気持ち悪い。これなら雑に扱われてた方がましだ。
頬がひきつるのをこらえて、できるだけ普通の足運びを意識して、皆の前まで進んだ。
実は、ユージンの部屋を出る前に、どんな風に振る舞うべきか聞いたのだ。具体的に言うと、人間のお姫様というものを観察する機会が今まで少なからずあったので、それを真似た方がいいか、と。
返ってきた答がこれだった。
「付け焼刃は見る方がいたたまれないので、やめてください。ああいうのは特殊技術です。あなたが動作をなぞったところで、猿真似にもならない。普通でいいです、普通で。」
もうほんとね、十七歳の女の子に言う言葉じゃないよね!
そもそも、「せめて、もう少し可愛らしく歩けませんの? それではまるで下級の不良兵士ですわ。」って故郷のお姫さまに叱られた私だ。まさしく、その通り。大正解。
魔王討伐の旅に出るまで五年間、心身を鍛えるためと言われて、下級兵士の中に放り込まれてたから、日常の細々した動作がどうしても移ってしまうのだ。「普通」ってわからない。難易度高い。もっと具体的に目標を設定してほしい。
クルルさんはクルルさんで、ちょっと跳ねたような足運びだから参考にできないし。あれ、種族の特徴なんだろうか、それともクルルさんの特徴なんだろうか。
一人でうんうん悩んで、結局、少しだけ歩幅を狭くした。
嫌だなあ。足元が変な感じ。視線が追いかけてくるのを皮膚で感じて、鳥肌立ちそう。
ユージンが扉を閉めて、姿勢を正した。
「大変お待たせいたしました。」
「ええ。本当に、ずいぶんと待たされたこと。」
いきなり吹っかけたのは、ソファーで長老と向かい合わせに腰掛けた美少女だった。
「皆、城の異変に気がついて、すぐに集まったのだけど。あなたの部屋からここまで、とっても距離があるのねえ。私、知らなかったから、お茶を四杯もいただいてしまったわ。」
美少女がわざとらしく首をかしげて、頭につけた黒いリボンがひらっと揺れる。絵になっている。
「申し訳ございません」
高慢に振舞っても、笑い方が嫌みっぽくても、綺麗な子は綺麗だ。それで、私の目には十二、三歳くらいの女の子に対して、ユージンがそういう言葉遣いをするってことは、この子も魔界では相当な立場なんだろう。
それにしても、絹のような銀髪と、銀糸のレースをたっぷり使った深緑のドレスが、お人形みたい。首が細くて、顔が小さくて、頰はゆで卵みたいにつるんとしてる。魔力も強い。この部屋の中でなら、竜を除いて、唯一ユージンと張り合えるくらい。
生まれ持った素材が違うってこういうことかーと、のほほんと眺めてると、ユージンが意味ありげにこっちを見た。
「こちらの準備に少々手間取りまして。」
ぎゃっ、この流れで矛先が来た。




