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きみは小さな居候  作者: むめみつき梅
座敷わらしと春の庭
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23話

 何している、と聞かれて、素直に答えるような性質ではない。

 男わらしは、逆に聞き返した。

「チビ助、おまえこそこんなところで何している?」

 質問したのに返ってきたのは質問で、しかも、チビ助呼ばわりだ。

 いくら温厚な惣一でも、これにはさすがにカチンとくる。

「チビ助? チビ助って僕のこと?」

 小学五年生になって、身長はまた伸びた。

 新しいクラスでも、後ろから数えた方が早いくらいなのだ。

「僕の名前は、チビ助なんかじゃないよ」

 しかし、相手の反応はというと「ああ、知ってる」とあっさりしたものだった。

「おまえは貞蔵の孫の惣一だ」

 しかも、名前までズバリ言い当ててきた。

 そのことに、惣一は驚くべきだったのかもしれない。

 しかし、この若いお兄さんが祖父を名前で呼んだことのインパクトの方が強過ぎた。

「えっ、お兄ちゃん、うちのおじいちゃんの知り合いなの?」

「ああ、貞蔵のことはよく知っている」

 まるでクラスメートを呼ぶような気安さで祖父を語る若者を、惣一はまじまじと見つめた。

 見たところ、中学生くらいだろう。

 その若さで、何故か、着物を着ている。

 少し丈が足りてないようにも見えるが、着せられている感がないあたり、随分と着なれた感じだ。

 和服の似合う中学生。

 益々もって不思議な少年だ。 

 このお兄さんは何者なのかと考えて、惣一が思いつくのは、祖父の囲碁友達、くらいのものだった。

 囲碁を介してならば、年の離れた知り合いがいたとしても不思議ではない。

 それに、囲碁を打つくらいなのだから、普段から和服ということもあるかもしれない。

 理屈が通るよう、小学生なりに考えたのだが、それを確かめるよりも先に、「それで? 惣一、おまえはこんなところで何をしてるんだ?」と問い返されてしまい、惣一はアワアワと庭に逃げてきた理由を語った。

 葬儀場から菅原家に戻ってきたのだが、人の出入りは未だバタバタと激しく、居間には見知らぬ大人ばかり。

 子供の惣一には身の置き所がなかったのだ。

「家の中は大人ばっかりで、つまらないから」

「ああ、大人ばっかりだとつまらないな」

 同意してもらえるなんて思ってもみなかった惣一は、わずかに目を見開いた。

 このお兄さんも自分と同じように退屈していたのだ。

 そう思ったら、途端に親近感が湧いた。

 よくよく考えれば、喪服も着ていない、しかも木に登っているなんて、かなりの不審人物だ。

 しかし、このときは、疑心よりも自分と年の近い少年を見つけた嬉しさの方が勝っていた。

「そうだよね、つまらないよね?」

「ああ、つまらないな」

「だから、僕、庭でけん玉の練習をしようと思ったんだ」

「なにっ、けん玉!?」

 葬儀にけん玉を持って来るなんて、不謹慎かもしれない。

 しかし、惣一はこのとき、けん玉に夢中で、どこに行くにも持ち歩いていた。

「うちの学校、五年生になると、『昔の遊びクラブ』に入らないといけないんだ。クラブは選択制でね、けん玉、お手玉、ベーゴマ、百人一首の中から選ぶんだよ。それで、僕はけん玉クラブに入ったんだ」

 惣一が熱心に説明している間に、男わらしはするすると木から下りてきた。

「やりたい、俺様もけん玉、やりたい!」

 惣一も確かにけん玉にハマっている。

 とはいえ、最新のゲームじゃあるまいし、けん玉にこれほど食いつくなんて、ちょっと変だ。

「うわぁ、けん玉だ。うわぁ、うわぁ、いいなあ」

 キラキラした目が迫ってきて、惣一は思わず後退りしてしまう。

 その拍子に相手の、履物も履いてない、むき出しの足が目に入った。

「お兄ちゃん、裸足で庭に下りちゃったの? 叱られるよ?」

 年下の惣一がやんわり注意しても、相手は「そんなことどうでもいいから、けん玉だ、けん玉。けん玉で遊ぼう」と、全く話を聞いちゃいない。

 惣一は、もじゃもじゃ頭をポリポリと掻いた。

「あのね、これは遊びじゃないんだ。真剣なんだよ」

 来月、けん玉クラブでは試験がある。

「童謡の『うさぎとかめ』を歌いながら、大皿と中皿に交互に玉をのせなければいけないんだ。一番を歌いきるまで、玉を落っことしちゃいけないんだ」

 どうしても受かりたいのだが、これが案外、難しい。

「何回練習しても、最初の『もしもしかめよ~』のところで失敗しちゃってたんだ。そうしたらね、六年生の先輩が、大皿と中皿にウサギとカメの絵を描いてくれたんだ。上手くなるおまじないだ、って言ってさ。そうしたら、『歩みののろい~』のところまで続けられるようになったんだ」

 惣一は少し得意げに、けん玉をかざして見せた。

 大皿にはウサギが、中皿にはカメが、それぞれマジックで描かれている。

 それだけのことでメキメキ上達したのだから、この少々不格好なイラストには本当におまじないの効果があるのかもしれない。

 男わらしはそれを聞くと、その技が見たいと言い出した。

「見たい、見たい。やってみせてくれ」

 せがまれて、惣一は『うさぎとかめ』を歌いだした。

 そのテンポに合わせて、球を大皿から中皿に、そしてまた大皿に。

 小気味良く木の音を響かせていた惣一だったが、やはり『歩みののろい~』の部分で、失敗してしまう。

 まだまだ練習が必要なのだ。

 しかし、この日はもう練習にならなかった。

 年上の少年が「俺様もやりたい!」と言ってきかなかったからだ。

 仕方がないから、けん玉を貸してあげたのだが、彼は玉を大皿に乗せることすらできない。

「お兄ちゃん、もっと膝を使わないと」

 自分だって練習しなければならないのに、結局、この日はほとんど教える側にまわるはめになった。

 自分の練習時間を削った甲斐はあり、この年上の少年はみるみる上達した。

 大皿から中皿に玉を移動させることができるまでになり、あともう少し時間があれば、惣一を軽く追い越しそうな勢いだった。

 しかし、そんな時間はなかった。

 家の中から、惣一を呼ぶ母親の声が聞こえてきたからだ。

「惣一、惣一! もうあの子ったら、どこに行ったのかしら」

「あっ、お母さんが呼んでる。僕、もう行かなくちゃ」

 すると、目の前の少年は捨てられた子犬のような顔になった。

 言葉にせずとも、その顔いっぱいに『まだ遊んでいたい』と書いてある。

 惣一だって、遊んでいたいのはやまやまだが、母親を無視し続けるわけにもいかない。

「えーと……、あのさ……、お母さんが心配するからさ……」

 けん玉を返してもらおうと出しかけた手を、惣一はためらった末に引っこめた。

「僕はもう行くけど、そのけん玉はあげるからさ、もうちょっと練習を続けたらいいよ」

「えっ……いいのか?」

「うん、いいよ。僕はまた新しく買ってもらうから」

 本当のことを言えば、おまじないのかけられたけん玉に替えはきかない。

 試験には、このけん玉で臨みたかった。

 しかし、あげると言ったときの喜びようを見て、惣一は確信してしまった。

 彼はきっとけん玉も買ってもらえない境遇なのだ、と。

 そう考えれば、寸足らずな着物にも合点がいく。

 きっと成長に合わせて買い替えてもらえないのだ。

 けん玉くらい譲ってあげてもいいじゃないか。

 惣一は子供心に、そんなことを考えていた。

 しかし、相手は少し戸惑った顔で、「惣一が俺様にけん玉をくれて……、俺様は惣一に何を返せばいい?」などと言う。

「別に何も返さなくていいよ」

 この何も持っていなさそうな少年から、何かもらおうなどと考えてもいない。

 なのに、少年は「何も望みがないのか」と困惑顔だ。

「何もないよ。だって、僕の今の望みなんて、けん玉が上手くなりたいってことくらいだもん」

 惣一が言うと、少年はパッと顔を輝かせた。

「そうか、わかった! けん玉が上手くなりたいんだな。じゃあ、俺様、いっぱいけん玉の練習する!」

 何が「わかった」のか、何が「じゃあ」なのか、惣一には少しもわからなかったが、けん玉を受け取ることに納得してくれたようなので、安心して母のもとに

戻ることにした。

 玄関から入る途中で、庭の方で「次に会うときは、俺様も上手くなってるからなあ!」と叫ぶ声が聞こえてきた。

 具体的に、次、というのがいつになるのか、全くイメージできなかったが、惣一は大きな声で「うん、わかった! 僕ももっと上手くなっておくよ!」と、返事したのだった。



「ああ、懐かしいなあ」

 今、感慨深げにアルバムをめくるのは、立派に成長した菅原惣一だ。

 もじゃもじゃ頭に、少し照れたような笑い方。

 写真の中の惣一少年と、殆ど変るところはない。

 ただ笑ったときに浮かぶ目尻の皺が、時の流れを感じさせる。

 その時の流れに、小さな出会いなんてものは押し流されてしまうのだろうか。

 あのとき交わした約束も、何ひとつ、覚えていないのだった。

 あの日から、男わらしが毎日毎日、けん玉を練習していたことも知らず。

 惣一がいつ来るか、来る日も来る日も待っていたことも知らないのだった。



 二代目当主となったのは惣一の叔父の康男で、男わらしが夢枕に立ってお供えを要求すると、彼は先代同様、男わらしに尽くしてくれた。

 おかげで飢えを覚えることはなかったが、康男が生涯独身を貫いたため、男わらしの毎日は少し寂しいものとなった。

 でも、いつかまた惣一がやって来る。

 男わらしはそれだけを楽しみにして、待っていた。

 待って、待って、待ち続けているうちに、康男も年老いて、病の床に臥せるようになっていた。

 床に臥せる時間が長くなればなるほど、康男と男わらしが夢の中で語らう時間も長くなる。

 夢の中で、二人はたくさん話をした。

 現実世界での体調と反比例するように、夢の中の康男は元気になったが、二人とも、この時間がもう長くないことを知っていた。

『この体ではもうお供えもできません』

 悲しそうに康男が訴えるのを、男わらしは首を振って制した。

『お供えなんて、いらない』

 この頃には、台所を勝手に漁ることを覚えていた。

 腹が減れば、自分で好きに食べることができるのだ。

『だけど、私がいなくなったら、誰があなたのお世話をするのでしょう』

 尚も言い募る康男に、男わらしは『それなら……』と言った。

『それならば、次の当主はおまえの甥っ子の惣一にしてくれ』と。


 そうして、惣一は男わらしの前に三代目当主として現れた。

 すっかり背は伸び、ほんの少し声が低くなっていたが、何も変わらない。

 紛れもなく、男わらしが再会を待ちわびた、あの惣一だった。

 しかし、男わらしが心躍ったのも束の間、喜びはすぐに落胆に変わった。

 惣一は何も覚えていないどころか、男わらしを見ることもできなくなっていたのだ。

 それだけではない。

 夢の中で意思疎通を図ることもできないのだ。

 こんなことは初めてで、男わらしはすっかり動揺してしまった。

 何故だ、何故なんだ。

 しかし、すぐに思い当った。

 ああ、これは罰なんだ、と。

 けん玉を失くしてしまった自分への罰なのだ、と。


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